陽気に当てられて
「ふわぁ……むにゃむにゃ」
森の中を歩くチナがあくびをした。
「……むにゃむにゃって口に出す人初めて見たわね」
隣を歩くプラが言った。
「そうか? こうも陽気な気候じゃ、むにゃのひとつぐらい顔を出したくなるものさ」
「……ふたつ出してたけどね。まあ、今日はやけにポカポカしてるのは確かだけど」
「だろ? ポカのひとつぐらい言いたくなるだろ?」
「……ふたつ言ったけどね……ふわぁ」
プラもあくびをした。
「おっ、あくびが引っ越ししたな」
チナが言った。
「……どうやら中々見る目のあるあくびさんの様ね。あんたより私の方が優良物件と見抜くなんて」
「なんだと? こいつは負けてはいられないな……ふ、ふがぁあ」
「……いや、そんな無理矢理あくび出そうとしなくていいから」
「……それもそうだな。まったく、余計な体力を使ってしまったな。人騒がせなあくび様だ」
「あくび様も、あんただけには言われたくないと思うけど。というか、怠惰の権化であるあんたには、いい運動になったんじゃないの」
「おい、いつ私は七つの大罪の一角になったんだ」
「今からよ」
「……急すぎる辞令だな。まったく劣悪な人事部だ。八つ目の大罪に加えてやりたいぐらいだ」
「勝手に人の業を増やさないの。これ以上罪を重ねたら、人が人でなくなるわ」
「それは逆だな。罪を背負ってこその人だ。罪という名の荷物を背負っていない奴の方が異端だろ。荷物も持たずにどうやって人の道を歩き続けられるものか」
「そう。荷物の持ち過ぎで、身動きがとれなくならなければいいけどね」
「ふぅ、やれやれ。荷物を持たなくても、持ち過ぎてもダメか。人の生とはまったく難儀なものだな」
「要するに重要なのは、各々で適量の荷物を見定めるってことね。ゼロかイチかではないのね」
「適量ね。やはり難儀なものだ。この世のどこにその量を測定するハカリがあるものか」
「そこは目分量でどうにかするしかないのよ」
「アバウトだな。まあ、それぐらいしか手段はないか」
「そうよ。さて、荷物のように重たい話はこれくらいにしましょう。せっかくの陽気が台無しよ」
「そうだな。アタシとしたことが、いささか無粋な話題をふってしまったな」
「あんたが無粋なのは今さらでしょう?」
「相変わらず、手厳しい。まあ、そういう不変もまた粋か」
「何よ、斜に構えちゃって。そんなのあんたには似合わないわよ」
「そうだな、斜めった姿勢じゃ歩きにくくて仕方ないからな」
「そうそう。まっすぐに、ね」
二人は木漏れ日の中を、肩を並べて歩いた。