トンボを捕まえようとして
「んー……こんな感じかな?」
川沿いを歩くチナが、自信の人差し指で円を描きながら言った。
「ごめん。何がどんな感じなのか全然分からないのだけど」
隣を歩くプラが言った。
「ん? 何って、練習だよ、練習」
「練習? ……まさかあんたの辞書にそんな言葉が記載されていたとは」
「あのなぁ。どれだけアタシの事を横着者だと思っているんだ、お前は」
「どれだけ? 普通の人間の10倍は横着だと思っているけど」
「10倍って……それもう別の生き物だろ」
「あら、ということは新種の生物発見ね。発見者である私には名前をつける権利があるわ」
「おいおい、勝手に他人のことを生物学界のビッグニュースにするなよ。だいだい、アタシにはもう名前がついている」
「あら、誰かに先を越されていたのね。残念」
「どこで残念がってるんだ。というか、アタシに何て名前をつけるつもりだったんだ?」
「聞きたい?」
「うん?」
「……ごめん。特に考えてなかった」
「……お前も大概、横着者だな」
「ふん、あんたほどじゃないわよ。で、話を戻すけど、何の練習をしていたの」
「ああ、そういう話だったな。こいつはズバリ、トンボを捕まえる練習だよ」
「あらまぁ、乱獲ってこと? おまわりさぁーん!」
プラが口元に手を当てて叫んだ。
「おい、やめろやめろ! こうするとトンボが目を回すって風のうわさで聞いたんだよ。第一、こんな何もないところにおまわりはいない」
チナが冷や汗を浮かべながら言った。
「だったらわざわざ止めなくたっていいでしょうに。で、見ず知らずのトンボ様のお目目を回して、あんたは何がしたいの?」
「何がしたい? うーん……その先は特に考えていなかったな」
「はぁ、要するにイタズラをしたかっただけなのね。なんともまあ、矮小な人間性してるわね」
「うぅ、何も言い返せない。そうだな、アタシは自分自身の好奇心を満たす為だけに、トンボの目を回そうとしていたのだな」
「そういうことね」
「すまなかった、プラ。明日からは心機一転、心を改めて生きることにするよ」
「……なんか随分と大袈裟なこと言ってるけど。あと、さらっと、明日からにしてるんじゃないわよ」
「……バレてたか。目ざとい奴だ」
「当然よ。トンボの目は回せても、私の目は回せないわよ」
「とほほ。お前の前じゃ余計なことはせず、とんぼ返りが懸命だな」
二人のそばをアキアカネが横切った。