夕日に向かって
「綺麗な夕日だな」
丘の上から夕日を見つめるチナが言った。
「ほんとね」
同じく夕日を見つめるプラが言った。
「……やっぱ、人間誰しも夕日を見ると、体が勝手に走り出したくなるよな」
「……」
「……あれ? ならない?」
「……あのねぇ、人類皆そうだったら、町のそこらじゅうで土煙が上がって、せっかくの夕日が見えなくなってしまうじゃないの」
「なるほど、そりゃ盲点」
「夕日に見とれ過ぎよ」
「冗談。アタシが見とれてるのは……お前だけだぜ」
「気色わる」
「同感だ。身体中から鳥肌が雪崩のように出て来ているよ」
「雪崩れ、ね。きっと夕日の熱で溶けたのね」
「おいおい、アタシがお熱なのは……お前だけだぜ」
「「気色わる」」
「ちょっと、他人の台詞に被せてこないでよ」
「すまん。あまりにも気色悪すぎてな。おかげで身体中の皮膚がフライドチキンだ」
「恥ずかしさの熱で、カラッと揚がってんじゃないわよ」
「いやいや、アタシがアガってるのは……お前だけだぜ」
「いや、全然意味わからないんだけど」
「考えるな、感じろよ」
「とうとう、思考停止ですか。あんたの人生もアガリね」
「勝手に他人の一生に幕を下ろすな! スゴロクは出目ピッタリじゃないとゴールにならないぞ」
「要するにゴール前を行ったり来たりしているってことね。ただの死に損ないじゃない」
「いや、別の見方をすれば、それは不死であるともとれる」
「さしずめ、あんたは全身鳥肌の不死鳥ってとこね」
「ほう、うまいこと言うな」
「……鳥扱いされたことは怒らないのね」
「ああ。今のアタシの頭は夕日でいっぱいだからな」
「そりゃ、好都合」
「うむ。しかし、やはりこの衝動は抑えられないな。悪い、ひとっ走りしてくる!」
そう言うとチナはプラを置いて夕日に向かって走り出した。
「……どこまでいくつもりなのかしら?」
そして数分後。
「……あっ、帰って来た」
プラが言った。
「ぜぇ、はぁ……ただいまぁ」
チナが息を切らしながら言った。
「お帰りなさい。はい水」
「どうも……ぷはっー生き返った!」
「蘇生早々悪いけど聞かせてちょうだい。どこまでいくつもりだったの?」
「それがゴールがないから、危うく死ぬまで走り続ける羽目になるとこだったよ。綺麗な花にはトゲがあるとはこのことだ」
「あら、そうでもないわよ。日が沈みきってしまえば、そこがゴールになるわ」
「それまで走り続けよと?」
「お任せするわ」
「ごめんだよ。それに走りながらじゃ、せっかくの綺麗な夕日がブレてだいなしだしな」
「……都合のいい言い訳だこと」
二人は夕日を見上げながら再び歩き始めた。