草むらにて
「……何もないな」
草むらを歩くチナが言った。
「何もないことはないでしょう。視界いっぱいの草があるじゃない」
隣を歩くプラが言った。
「そりゃ草むらだからな。アタシが言いたいのは草以外何もないってことだ」
「それだと何か不都合があるのかしら?」
「退屈じゃないか。目に写るものに変化がなければ、会話もはずまない」
「要は何か変化があればいいのね、任せて頂戴」
そう言いうとプラは突然口笛を吹き始めた。
「……どうした突然。気でも触れたか?」
チナが尋ねた。
「し、失礼ね! あんたが何か変化を望むから、奏でたくもない旋律を奏でたというのに!」
「確かに変化を望んだのは事実だが。いきなり演奏会を始められても困る。第一、口笛などどこでも吹けるじゃないか」
「何が言いたい訳?」
「アタシが望んでいるのはこの草むらでしか味わうことのできない変化なんだよ。口笛なんぞじゃこの渇きを消し去ることはできないのさ」
「大袈裟に言ってるけど、要するにただのわがままじゃない」
「誰がわがままボディだって?」
「そっちじゃないわよ……いや、そっちもそうじゃないけど」
「え……」
「……いやいや! 急にそんな絶望に打ちひしがれた表情しないでよ! 私が何か悪いことを言ったみたいじゃないの!」
「言っただろ! 現在進行形で! アタシのハートは豆腐並にもろいんだぞ!」
「そう。なら、マーボ豆腐の具材を作るてまがはぶけたわね」
「畳み掛けてくるねぇ。もう、豆腐だか大豆のカスだかわかんなくなっちゃったよ」
「わかんないのはあんたの言ってることよ。ここでしか味わえない変化って何? 例を出してみてくれない?」
「例? んー……」
「ない、と」
「早い早い! 早押しクイズでももうちょっとシンキングタイムもうけるわ!」
「人生は常に直感勝負。立ち止まって考え込んでる暇はないわ」
「そりゃ随分と世話しのない人生だこと」
「世話しのないあんたに言われたくないわ」
「そりゃごもっとも。どうりで口が渇くはずだ」
「お望みであればその渇き、私の旋律で消し去ってあげるわよ」
「おいおい、だから口笛はもう……」
チナがそう言いかけた次の瞬間、草むらに綺麗な草笛の音色が響き渡った。
「……どう? これなら文句ないでしょ」
プラが言った。
「ああ。だが……」
「何よ?」
「聞いているだけじゃ退屈だ。セッション、よろしいかい?」
「ご自由に」
広大な草原に綺麗に重なりあった草笛の音色が響き渡った。