水たまりに遭遇して
「……天空の涙の成れの果てか」
チナが足元の水たまりを見つめながら言った。
「……詩人ね」
同じく水たまりを見つめるプラが言った。
「あ? シジンってなんだ? 原始人の略か?」
「知らんのかい! ……せっかくの褒め言葉がうたかたのごとく散ってしまったわ」
「シジンだな」
「意味を知らんくせに使わんでよろしい」
「冷たいな。この肌を突き刺す寒風のように」
「……流石になんかむかついてきたわね、その口調」
「さしずめ、食べ過ぎた後の胃のように?」
「だからやめろや!」
「分かった分かった、でどうするよ? この大海のごとき巨大な水たまりを」
二人の目の前には、広範囲にわたる巨大な水たまりが立ちふさがっていた。
「……結局、言ってるじゃないのよ。どうもこうも、普通に進むだけよ」
「進む? この大海のごとき巨大な水たまりの中をか?」
「……同じ例え二回はダサいわよ。進むのに何か問題でも?」
「おおありだ。靴が汚れちまうだろ、まるで……えーと、何だ?」
「果てしない人の欲望のように?」
「おお、それいいな」
「……つい、乗っかってしまったわ。じゃなくて、靴が汚れたら何だっていうのよ?」
「何だってってお前、靴汚れるのいやじゃないのかよ?」
「ええ。靴は汚してなんぼの物よ。汚さないのは靴に対して失礼よ」
「そ、そこまで言い切るとは……価値観の相違と言うやつか、こればかりは致し方ないな」
「さあ、問答はこれぐらいにして、先に進みましょう」
そう言うとプラは水たまりに片足を入れかけた。
「待て、待つんだ!」
チナが叫んだ。
「な、何よ? いつも以上にでかい声出して」
プラが足を戻しながら言った。
「いつも以上には余計だ! ……じゃなくてだな」
「え?」
「その水たまりをわたるということは、このアタシを見捨てるということと同義なのだぞ」
「はぁ。それで?」
「それでって……お前、アタシを見捨てるのか」
「……」
「……」
「……仕方ないわね」
そう言うと、プラはチナに近づき、その背を向けた。
「……プラ?」
「ほら、何をボサっとしてんのよ。早く乗りなさい。私があんたをおぶってわたれば万事解決でしょ」
「プラ……お前……」
「まったくもう、今回だけよ」
「……プラ」
「何よ?」
「……流石にそれは恥ずかしいよ。それやるぐらいなら普通にわたった方がましだ」
そう言うとチナは水たまりの上を歩き始めた。
「……」
「うえー、この感触よ。まさに最悪ってやつだな」
「……最悪なのは……」
プラは助走をつけると、水たまりの淵から跳躍した。
「お前じゃい!!」
プラのドロップキックがチナに決まった。
チナの全身は、褐色の大海に叩きつけられた。