マントを着けて
「ははは! 今にでも大空へ舞い上がりそうな気分だ!」
チナが言った。彼女は大きな赤いマントを着けている。
「なーにを一人で舞い上がっているのだか」
隣を歩くプラが言った。
「ん? アタシはまだ舞い上がっていないぞ」
「舞い上がっているわよ。気分が」
「ああ、そっちね」
「で、その薄汚い布切れは何?」
「……マントに対する当たりが強いな。何って、ファッションだよ、ファッション。イケてるだろ」
「ええ。頭がどっかにイケてるわね」
「……アタシに対する当たりも強いな」
「それはいつものことでしょ」
「そりゃそうか。じゃ、なくてだな!」
「何よ?」
「せっかく活きのいい、マントを着けているんだ。あれをやる他ないだろ」
「……活きのいいマントって何よ。そして、あれってどれ?」
「……わざわざ、言わなきゃ分からんか。お前も堕ちたもんだな」
「じゃあ、言わなくていいわよ」
「うそうそ。言わせて」
「……ハリーアップ」
「えーオホン……何ってお前、ヒーローごっこに決まってるだろ!」
「……わざわざ一呼吸置いてまで、言いたかったことがそれ?」
「うん」
「わっ! 一片の曇りもない真っ直ぐな眼差し!」
「ふふふ、綺麗だろ?」
「あっ、右目に目やについてるわよ」
「え? ……ホントだ。何だよ、しまらねぇな」
「そんなふざけたもの着けている奴が何言ってんのよ」
「たわけ! こんなもん着けている、からこそだ。マントと言えばヒーローの象徴。そいつを着用した以上、このアタシにヒーローごっこをする以外の道は残されていないんだよ!」
「いや、別にそんな八方塞がりな状況じゃないでしょうよ。だいたいだれがそんなアホみたいな宿命を決めたのよ」
「アタシだ!」
「……ただの自業自得じゃないの」
「それでいいのさ。自らの身にムチを打ってこそのヒーロー。人に優しく、自分に厳しく。それがヒーローの条件だ」
「あっそう」
「……お前はもうちょっとアタシに優しくしてくれ」
「いやよ。私はヒーローに興味ないもの」
「なら丁度いい。お前は怪人役をやってくれ」
「……分かったわ」
「そこはノるのかよ!」
「何よ。人に優しく、自分に優しくがヒーローの条件なんでしょ?」
「違う違う、人に厳しく、自分に優しく……ん? あれ、違うな、人に……なんだっけ?」
「何でもいいわよ。とっとやりましょう」
「お、おう」
「えー、じゃあ……ワッハッハッ! 私が悪の怪人、プラプーラだぁ! 今日こそこの町を……」
「お姉ちゃん、あれ何ー?」
プラがそう言いかけた次の瞬間、彼女の背後で声がした。
「え?」
プラが振り返ると、そこには二人の少女の姿があった。
「ねぇ、お姉ちゃん。あの女の人、何してんのー?」
「こら! 見ちゃいけません! 行くわよ……」
二人の少女は足早にプラのもとから離れていった。
「……」
「……」
「……なぁ、プラ」
「は、ははは! 私を助けてぇ! ヒーロー!」
顔を真っ赤にしたプラの叫びが大空に響いた。