猫耳を着けて
「……」
森の中を歩くプラ。その表情は酷く歪んでいた。
「……」
同じく森の中を歩くチナ。その頭には猫耳を装着していた。
「……ストレートに聞くけど。今日のあんた、頭おかしいわよ」
「失礼な! 誰がバカだ!」
「いや、そうじゃなくてその着け耳のことよ」
「ああ、そっちか。中々かっこいいだろう」
「……相変わらず独特な感性してるわね。そこは普通かわいいじゃないの?」
「アタシはそんな軟派な理由で猫耳を着けたりしない。着けるからには、猫という生物に最大限の敬意を払う」
「はぁ、その敬意の到達点がかっこいい、だと?」
「ああ、頭頂部に尖った物がついていると、強そうに見えるだろ」
「……何よその理由。そういう理由なら、シカの角かなんかでもいいじゃないのよ」
「いいや、シカの角はちょっとでかすぎるからな。こんぐらいが手頃な所かと」
「そこは妥協するのね。猫にもシカにも敬意ゼロじゃないのよ」
「まあまあ、細かいことは気にしなーい。代わり映えのない日常にちょっとしたスパイスって奴さ」
「それにしては刺激が強すぎる気がするのだけれど。で、いつまでその状態のつもり? もうすぐ街に着くのよ。そんな姿で店に入ったら、それこそ頭おかしいと思われるわよ」
「そうか? まあ、この強そうな見た目を目にした連中は、恐れをなしてアタシのことを避けて通るだろうな」
「ポジティブにもほどがあるわ。というか全然強そうに見えないからそれ。むしろ、そんなもん着けて浮かれている時点で隙だらけよ」
「あえて隙を見せることでこう、なんか返り討ち的な……」
「言い負けてんじゃないのよ。着けたからには胸を張りなさいよ!」
「うう、何だよやけに猫耳に対して当たりが強いな。過去に猫耳着けて痛い思いでもしたのか?」
「だれがするか! 普通に考えて、猫耳着けてる奴は強そうに見えないって言ってんのよ」
「そうか?」
「……まあ、人前でそれを着けられるハートの強さは認めるけど」
「ほう、肉体よりも心が強く見えるか……そっちの方がかっこいいな!」
「……余計なこと言っちゃった」
そして、余計にノリノリになったチナは猫耳を装着した状態で町の店内をうろついた。子ども達からは声をかけられたが、大人からはいささか冷ややかな視線を受けることになった。
「うう、今日は非常に恥ずかしい思いをしたわ……」
宿のベッドに横になったプラが言った。
「何いってんだ。子ども達の人気者になれて最高の一日だったじゃないか」
「あんたはよくても。横にいた私は冷たい視線の雨で蜂の巣になったのよ! ……もう寝るわ、おやすみ」
「おう、おやすみ」
「……」
「……」
「……ねぇ、チナ?」
「……何だ?」
「その……猫耳、似合ってたわよ」
「……」
「……チナ?」
「……ぐー……ぐー」
「……やっぱ今のなし。蜂の巣の穴が一つ増えたわ」
二人は眠りに就いた。