対魔物にて
「……おい、プラ。どうするよ」
「どうするって……やるしかないでしょう、チナ」
森の中を進むプラとチナの二人は、かつてない程の危機的状況に陥っていた。
なんと、二人の目の前に一体のスライム状の魔物が飛び出してきたのだった。
「やるしかないか……よし!」
「あら、気合十分ね。それじゃあ……行くわよ!」
「おう!」
森中にチナの気合の入った声が響いた……響いただけだった。
「……ちょっとチナ、何やっているのよ。景気よく戦闘を開始したんだから、攻撃かなんかしなさいよ」
「攻撃? この状況で何を呑気に冗談を言っているんだ。アタシの辞書に攻撃なんて言葉はないぜ」
「そう、きっとその辞書は落丁本ね。ほら、アホなこと抜かしてないで、武器かなんかを取り出して戦うのよ」
「武器だぁ? お前、このアタシがそんなもの持っているように見えるっていうのか?」
「ええ」
「なぜそう思う?」
「だってあんた、言葉使いからして戦闘狂っぽいんだもの」
「……心外だな。言葉使いで人を判断するなと、教わらなかったのか?」
「そりゃ初耳。育ちが悪くてごめんなさいね」
「わぉ。こりゃまたお気持ちのこもっていない謝罪だこと」
「気持ちなんていう目に見えない物は込めようがないでしょ……というか、ホントに何にも持ってないの?」
「ああ、アタシにあるのは勇気だけさ」
「その台詞、この状況だと一ミリも頼もしく聞こえないわね。困ったわ、あんたが持ってないんじゃお手上げね」
「諦めるのが早すぎるぞ。お前は持ってないのかよ、武器?」
「頭脳派の私がそんな物騒な物、持ってるわけないでしょ」
「……聞き捨てならないな、今の言葉。まるで「頭脳じゃない派」が存在するかのような言いぶりじゃないか」
「あら? 察しがいいのね。あんた、意外と頭脳派?」
「自分の察しのよさが恨めしいよ。それと、後で一発お見舞いするからな、覚えとけよ」
「その一発は今この場で、目の前の青団子に向けて披露して頂けると嬉しいんだけど」
「いいけど、見物料は高くつくぜ」
「いいけど、私の生活費はあんたの生活費でもあるのよ」
などと、言い合いをする二人を前にしびれを切らしたのか、魔物は突如二人に飛び掛かった。
「おっと、あぶねぇ!」
「あら、危ない」
二人は魔物の攻撃を軽やかにかわした。
すると、攻撃をかわされた魔物はバランスを崩して、地面につんのめった。
「っ! 今だ、隙あり!」
一瞬の隙を見逃さなかったチナが叫んだ……叫んだだけだった。
「ちょっと! せっかくのチャンスに何やってんのよ! 攻撃しなさいよ!」
「そいつは無理なお願いだ。さっきも言ったが、アタシは武器を持っていないからな、ワハハ!」
「なぁにを誇らしげに……しかたない、こうなったら最終手段よ」
「この期におよんで手段だと? 聞かせて頂こう」
「しらばっくれないで、あなただってそれは理解しているつもりでしょ」
「お見通しか、それじゃあ……」
「行きますか」
そう言うと、二人は呼吸を合わせて魔物に背を向けると、全速力で疾走を開始した。
一瞬で姿を消した二人を目の当たりにした魔物は、ないはずの口が開いてふさがらないような様子だった。
「……ぜぇ、はぁ……我ながら見事な幕引きね」
「……げほっ! げほっ! ……ああ、完全勝利ってやつだな」
二人が膝を抑えながら言った。
「厳しい戦いだったけど、おかげでまた一つ賢くなったわ」
「と、言うと?」
「「逃げるが勝ち」っていう、素晴らしい言葉を覚えさせてもらったからね」
「……同感だ。アタシの落丁本にも、しかと書き留めておこう」
二人は脇腹を抑えながら森を後にした。