湖畔にて
とある湖畔に二人の少女の姿があった。
「……おい、プラ。釣れそうか?」
チナが尋ねた。
「いいえ、釣れそうもないけど、チナ……というかその問いかけ何回目よ。いい加減、耳にタコができそうなんだけど」
プラが答えた。
二人は釣りの真っ最中だった。
「いくらタコでも、お前の耳にできたものは食べれないなぁ……なぁんて呑気な事を言ってる場合じゃないぞ!」
「もうなによ。急に大声出さないでくれるかしら」
「大声を出したくもなるさ! いいか、このままボウズだったらウチらの昼飯、晩飯、明日の朝飯はピカピカの綺麗なお皿だけになっちまうんだぜ!」
「残念ながらそのお皿も大して綺麗じゃないけどね。で、なんでそれを私だけに言うわけ? あんたも同じく現在進行形でボウズじゃない」
「だってアタシ、釣りなんてやるの初めてだもん。ビギナーズラックなんてのはおとぎ話さ、初心者がいきなりお魚さんとマッチングできる訳がないだろ?」
「何よそれ、まるで私が釣り経験者みたいな言い方ね」
「え、違うのか?」
「ご明察。今日は私の記念すべき釣り人デビューデイよ」
「そいつは笑えない冗談だな。二人仲良く釣り人の卵って訳かよ。それじゃあ一体誰がこの湖から美味しいごはんを釣り上げるって言うんだ?」
「誰ってそりゃあ……誰かしら?」
「おいおい、しっかりしてくれよ。ここにはアタシら二人しかいないぜ」
「そんなの承知の上よ。だからこうしてド素人がでかい水たまりの前で、釣り人の猿真似する羽目になっているんじゃない」
「水たまりねぇ、間違えてアメンボ釣り上げたりしないでくれよ。煮ても焼いても食えないからな」
「アメンボでもボウズよりはましよ。それが嫌なら、無駄口叩かず釣りに励むことね」
「励む? 具体的にどうすんのよ?」
「さあ、知らないわ。自分で見つけることね」
「そりゃごもっとも」
二人は再び湖とのにらめっこを開始した。
「……ねぇ、チナ。釣れそう?」
数分後、プラが尋ねた。
「いいや、全然……ってその台詞さっきタコができるほど聞いたって言ってなかったけ? 今度はアタシをタコまみれにするつもり?」
チナが答えた。
「いくらタコでもあんたにできたものは食べられないわよ」
「それもさっきアタシが言った」
「しょうがないでしょ。こう何時間も状況に変化がないんじゃ、同じ台詞の一つや二つ、吐きたくもなるわよ」
「どういう理屈だよそりゃあ。無駄口叩かず釣りに励もうぜ」
「それさっき私が言った」
「あれ? そうだっけ?」
それから数時間後、日がすっかり沈んだ湖畔に一匹の腹の虫の鳴き声が轟いた。
「あっ、やべぇ」
チナが言った。
「どうしたの?」
プラが尋ねた。
「今気付いたけど、昼飯たべてねぇわ」
「気付くの遅すぎでしょ。というかこのままだと夕食もなしよ」
「マジか!? 急いで釣り上げないと!」
「あせるのも遅すぎ。まあ、焦ったところでどうにかなるものでもないけど」
それから数時間後、二人と湖のにらみ合いは引き分けで終わった。
「……なあ、プラ」
「……何よチナ」
「アタシ分かったよ、この湖には元々魚なんて一匹もいやしなかったのさ。今日、ボウズで終わったのは私達のせいじゃない、魚一ついないこの湖がいけないのさ」
「そりゃまあ、随分と傲慢な台詞だこと。でも、まあ元気出しなさい。朝食に使った木の実の残りがあるわ、それでなんか作ってあげる」
「何ぃ!? そりゃホントか?」
「ええ、ただし、あんたも手伝ってよ。一日中座りっぱなしだったから、体が石になっちゃってしょうがないんだから」
「はいはい、分かったよ」
二人は湖畔をあとにした。
しばらくして、誰もいなくなった湖の上で一匹の魚が跳ねた。