珍 騒 動 奇 譚 !!
「芽衣子ー、二階に行くならついでに、お母さんたちの部屋のクローゼットから、お母さんの礼服出しといてー」
私が階段を上がってる途中で、背後から母の声が追いかけてきた。
「はーい」
父と母の部屋のドアを開けると、夏の蒸された空気が襲ってくる。窓を開けてクローゼットの扉を開き、目当ての服を取り出すと、今度は防虫剤の匂いが私を襲った。
「お母さーん、明日この服と一緒に車に乗るの、嫌なんだけどーーっ!!」
「えーっ! そんなにーー?」
階下に向かって叫ぶと、母が慌てて階段を駆け上がってきた。
「本当だ! こりゃ酷い! この間パパが会社関係の法事に行ったときに、ついでに出しておけば良かった。 ……洗う。洗っちゃう! 手洗いして脱水弱めにして、タオルドライするー!」
おつです、母よ。スイッチが入って一人盛り上がる母をその場に残し、私は自室へと退散した。
明日、父と母と私の三人家族は、父の生家である、超ド田舎のお祖父ちゃんの家に行く。それは何故かと言うと、ひいおじいちゃんの法事があるからだ。
私が幼稚園児の頃に亡くなったひいおじいちゃんのことは、あまり覚えてはいない。ただ愉快な人だった、ということは何となく覚えている。
中学生になるまでは夏休みと冬休みには、お祖父ちゃんの家に泊まりで遊びに行っていた。そこに集まった従兄弟たちと、毎日遊び回ったものだ。今回久しぶりに、ゆっくり会える。それぞれ中学・高校と進学するにつれ、部活などで忙しく、なかなか会う機会が無かったのだ。
父の実家は高速道路を降りてから、更に一時間近く下道を走る。その道の両側は、ほとんどが田んぼか畑だ。
実はこの道は結構好きだ。車の窓を少し下げると青々とした田んぼから、稲の甘い匂いが車内にとび込んでくる。田んぼを渡る風が、海の波のように稲穂をはためかせる。それを眺めるのが好きなのだ。
何処かに、幼い頃の自分や従兄弟たちが隠れているような気がして、懐かしいような、寂しいような不思議な気分になる……。
「こんにちはー。お邪魔しまーす」
朝早く家を出たのに、着いたのはもう夕方に近かった。
「めいちゃん、遠いところをよく来てくれたねえ。さあ、上がってー」
「おばさん、ごぶさたしてまぁす」
「久しぶりだなぁ。すーっかり、お姉さんになっちゃって」
知ってる、これはリップサービスってやつだ。なにしろ私ときたら、陸上部の為に髪を短くし、毎日の練習のお陰で真っ黒に日焼けをしているんだから。それでもやはり、お姉さん扱いしてもらえるのは嬉しく、くすぐったく感じるものである。
「ありがとうございます」
一応、お礼を言う。
「幸子さん、すみません。ご無沙汰しております」
車庫入れを終え、旅行鞄や手土産などを抱えた父と母が来たので、家の中へ先に上がらせてもらう。
大人って普段電話で話していても、いざ会うと、長い挨拶を交わす。上がり込んでからも正座で向き合い、畳に手をついて、お辞儀合戦を幾度も繰り返す。不思議で仕方がないが、どれだけ仲がよくても田舎では、これが礼儀ということなのだろう。もちろん、日本中全ての田舎がこうだとは限らない。けれどここではそうなんだ。
私は『挨拶』はそこそこに、泊まるときにいつも借りる部屋へ荷物を運んだ。親の荷物も何往復かして片づけ、やり終えるとそのままペタンと畳に座った。
窓から入ってくる風が自宅とは全然違う。私の住んでるところだってそんなに都会じゃあない。だけどここは、緑の匂いが濃くて落ち着く。
「よっ、久しぶり!」
「義人! 久しぶり」
くつろいでいたら二つ上の従兄弟、義人が顔を出した。彼も真っ黒に焼けている。
「サッカー部焼け?」
「おう! そっちは陸上だっけ?」
私たちは従兄弟の中でも足が早く、鬼ごっこやカンケリ等では競いあったものだった。彼は従兄弟たちの中で一番気が合う。二人で他の親戚たちの到着を待ちながら、思い出話や近況を語り合った。
翌日お坊さんが帰ると、皆でお墓参りをした。そして、その後は大宴会になった。
幼い従兄弟やはとこは、お腹がふくれればすぐに飽きる。誘って庭に出て探索したり、虫探ししたり、あるいは他の部屋でお絵かき等をした。
暫くそうして遊んだが、歳上の従姉妹たちが片付けを始めたので、手伝おうとしたら花火があるという。宴会が延びに延びて、昼ご飯と夜ご飯がぐだぐだになり、いつの間にか空も夕焼け色になり始めていた。
義人が小さい子を集めて「後で花火をするから、早めに俺とお風呂に入る人ーーっ」と、しゃがんで人差し指をつき出した。子供って遊んでくれるお兄ちゃんが大好きなものだ。みんなが『この指とまれ』した。
「芽衣子、女の子はそっちで頼むな」
「オッケー」
私はニカッと笑って、親指を立てて見せた。
宴会をしている部屋のすぐ前に、長い縁側があり、その前が庭になっている。小さい子たちは縁側で、足をぷらぷらさせながらスイカにかぶりつき、種を飛ばしていた。最近若奥様になった従姉妹のお姉さんが、小さい子たちの面倒を見ながら、花火班の私たちのお目付け役もしてくれる。
花火にいぶされた蒸し暑い空気の中、涼しい風が吹き抜ける。花火が途切れる度に、蛙や虫の鳴き声が聞こえてきた。私たちは夢中になって、花火を楽しんだ。
夜半。吸い込み過ぎた花火の煙で、のどがいがらっぽくて目が覚めた。水でも飲もうと寝床を抜け出す。台所へ行くには縁側を通るのだが、途中の仏間の前に人影があった。
「あれ、義人? なにしてんの?」
義人がビックリしたように振り返り、人差し指を口にあて、反対の手でおいでおいでをした。
「?」
私が近づくとジェスチャーで仏間を覗けという。……覗いてびっくり! 思わず悲鳴をあげそうになった。
祭壇の前に青白い光がプカプカ浮いていたのだ!
私たちはソレに見つからないように小声で話した。
「なっ! 何あれっ!!」
「俺も分からん。通りかかったら嫌に線香の香りがしてさ。それで覗き込んでみたら……」
二人で震えながら見ていると、光は徐々に形が変化していく。ゆっくりと蹲っている人の形になっていくのだ。そしてその人影は仏壇の前の床を引っ掻きながら、「うー、うーー」とうなり始めた。
「あっ、あの声! もしかして、ひいじーちゃんかっ!?」
義人が叫ぶ。
その瞬間、靄のような人物が振り返り、ぐわっと目を見開いた!!
「ぎゃあーーーーーーっ!!」
「うわーーーーーーっ!!」
私たちは叫び、同時に気を失った。
次の日起きると、てんやわんやの大騒ぎになっていた。私は寝ぼけた頭で「こういうときのノリって、纏まりがいいな。流石は一族だ」と思った。
昨日宴会をしていた部屋へ入ると、義人が質問攻めになっていた。
「だから床を引っ掻いてたんだって! 何回も言ってるじゃん!! なっ、芽衣子、お前も見たよな!?」
私は内心、「うへぇ」と思いながら頷いた。伯父さんが「じゃあ一度、縁の下を見てみるか」と言い、ひいおじいちゃんの弟の長男である別のおじさんが、「まさか隠し財産、ってことはなかろうねぇ」と、笑いながら言ったもんだから、そこから更なる大騒ぎになった。
誰が見に行くかで意見が割れ、次第に話し合いが殺伐としていく。
「うちの息子に行かせよう!」
「いいや、おまえんとこの息子は潔癖症の上、恐がりじゃろう! 縁の下なんぞ、入っていけるわけがなかろうが」
仲がいいのか悪いのか、話し合いは歯に衣着せぬ物言いになり、どんどん雲行きがおかしくなっていった。
「義人、芽衣子、お前らスポーツやってて細いんだから、お前ら行ってこい!」
小中学生が自分たちも行く、と騒ぐけど、真っ暗なこと、何があるか分からないこと、野ネズミやヘビ等がいたら危険なことを伝え諦めさせた。
「ほい、これ持ってけやぁ」
建築業のおじさんが車から、ヘルメットとヘルメットに付けるライト、軍手を二つずつ出してくれた。私たちは汚れてもいい服装に着替え、皆の興味津々といった目線が集まる中、縁側から屋敷の下へと潜り込む。
四つ這いになって、膝と手のひらを地面で擦られながら奥へと進んだ。ときどき大きめの石を踏むと布越しでも結構痛い。ライトの光が行き渡るように首を振りながら、土臭い中を用心しながら進む。光が届いたところにいた名も知らぬ虫たちが、慌てて物陰へ引っ込んだり顔を目掛けて飛んできたりして、その度にギョッとする。
「義人ー、なんか見えるーー?」
外からの光が届かない所まで来たので、前を行く義人に尋ねた。
「ちょっと待って、何か聞こえる」
「マジでっ?」
「丁度仏壇の下辺りだな。…………ハクビシンだ! ハクビシンの赤ん坊がいる!!」
「えっ、本当に? 見せて!」
見ると確かに、額から鼻にかけて白い筋のある、ちんまいのが三びきうごめきながら鳴いていた。
「お前ら、親は?」
「義人、話しかけてる場合じゃない。……そう言えばこの家に来るとき、畦道の脇に何かが倒れてたんだよ。一瞬だったから猫か犬だと思ってたんだけど……」
「……連れていこう」
「うん、それが良いと思う。私の見たのが親じゃなかったなら、子供の匂いを追って、そのうち親も来るでしょ」
義人はヘルメットを脇に置き、狭い中で苦労しながらTシャツを脱いだ。そして、その上にそっとハクビシンの赤ちゃんたちを乗せた。
「じゃ、戻ろ?」
「そうだな、他におかしなところも無さそうだし、これが原因だったんだろうな」
ハクビシンの赤ちゃんたちがいるので、そーっとゆっくり、来た道を戻った。
縁の下から這い出ると、上から種が飛んできた。小さい子たちがおやつにグレープフルーツを食べていたのだ。
「お兄ちゃんたち、戻ってきたよー」
蜘蛛の巣や泥まみれの私たちに、母たちが慌てる。おじさんたちはビールを片手に(朝からかよ!)、私たちの話を聞こうと集まって来た。
「多分、これが原因じゃないかと……」
義人がTシャツをお祖父ちゃんにつき出した。Tシャツの膨らみがモゴモゴ動く。か弱い鳴き声が聞こえる。お祖父ちゃんはそれを開くと頷いて、「あー、確かに。ひいじいさんは生前狸が好きで、……ホレ、そこにもあるじゃろ? 置物を集めてたからのー」と言った。確かに庭のそこここに、狸の置物がかくれんぼしていた。狸はアライグマに似ていて、アライグマはハクビシンに似ているのだ。……って、何の三段活用!?
おじさんたちは「なあんだ、そんなことか」と言ったり、「おう、お疲れさん」と言ったり、「本当に金目のもんは、無かったんかー?」と言ったり、好きに言いたい放題だ。
「まあ取り合えず朝ごはんを食べなさい、今お風呂を作って、……」
おばさんがそう言いかけて止まったので、見上げたら固まっていた。
「ひっ……!」
ひっ?
皆でおばさんの見ているものを見る……。
仏間のど真ん中に、色の薄い、ひいおじいちゃんがいた。祭壇の前の果物に、覆い被さるようにしている。見ていると、ゆっくりとこちらを振り返り、顔を歪めて、私たちの方に腕を伸ばそうとしてきた。
「……あぅ……。あ、スイ……、グ…………プ……ツ、もろ……」
悔しそうにそう言うと、スーッと消えていった。
「うわーーーーーーっ!」
「ぎゃあーーーーーーっ!」
「うおおおおっ!!」
「いやあーーーーっ」
阿鼻叫喚とは、こういうことを言うのだろうか? 義人と私は二度めの邂逅だが、……騒がしい親戚たちに出遅れて、何の叫びようも無かった。
「なまんだぶ、なまんだぶ」
「ばか! それはウチの宗教じゃないだろうが!!」
「しかたねぇよ、ソイツは嫁さん家に婿入りしてんだから」
もう、わけが分からない。
そんな中、義人が片手をパーにして反対の手をグーにして手のひらをポンッと叩き、「分かった!」と大きな声で言った。
「何が分かったんだ!」
「どうした、何があった!?」
義人は何かの説明会の人のように、両手を上げて皆を制するとこう言った。
「ひいじいちゃん、果物が食べたかったんじゃね?」
これにはおばさんたちが返答する。
「だって、ちゃんとお供えしてるのに……」
「いや、だからさ。ひいじいちゃんって、スイカには塩、グレープフルーツには砂糖、モロコシには醤油をかけて食べるのが好きだったじゃん」
私と二つしか違わないのに、よく覚えてたものだ。皆は一様に頷きながら、義人の解説を聞いている。すると、お祖父ちゃんが何か合点がいったのか話をし始めた。
「うーむ、確かに晩年は入院してたから、好きなものを好きなようには、食べられんかったな」
「でしょう? それでさ、ひいじいちゃんが中心になって、縁側でスイカの種飛ばししてたじゃん。ひいじいちゃん、強くてさー。皆凄い、凄いってひいじいちゃんを誉めてたじゃん? だから、種飛ばしが出来なくなっちゃって、悔しいんじゃないの?」
おじさんおばさんも、いかにも閃いた! というような顔になった。
「あー、なるほどー……」
「じゃあ、久しぶりにやるか!?」
「おう! やるべ、やるべ!!」
「スイカ、あるだけ持って来てくれっ!!」
良い意味でも悪い意味でも結集力のある、ノリの良い一族である。
こうして、スイカの種飛ばし大会が急遽開催された。私と義人は井戸で顔と手足を洗って、上がりかまちに座り、お握りとお味噌汁と漬け物で食事をとり、かわりばんこに入浴してからの参加になった。
何人かずつで並んで種飛ばしをしていたが、毎回飛ばしている人の後ろから種が飛んできて、その種は他の誰の種よりも遠くへ飛んでいった。
セミたちは大合唱で、いつまでも声援を贈ってくれていた。
おしまい