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志願の資格【scene8】

8


 ルッチはくしゅんとくしゃみをした。ちょうどレトとともに城門をくぐったところだった。

 「大丈夫ですか?」レトが話しかけた。ルッチは鼻の下をこすりながら「ただのくしゃみだよ」と答えた。

 からめ手の門には、義勇兵に志願する者たちで混雑していた。魔族と戦おうという者が思っていたよりも多い。ルッチはそのことに気持ちが高ぶった。彼は魔族に対する恐怖心から、ひとが集まらないのではないかと危惧していたのだ。しかし、王国内には『勇者再誕す』の一報は広まっていた。その知らせに世間の意気は大いに上がっていたのだ。

 「これだけ味方が多いと心強いですね」レトもルッチと同じ気持ちらしく、声が明るい。

 「魔侯アルタイルがどれだけ兵を送り込もうと、これなら撃退できる」ルッチの声は自信があふれていた。

 城内もルッチが先頭に立って歩いていた。行き交う兵や志願者たちをかき分け、先へ先へと歩いて行く。

 「ルッチさんは、元兵士なのですか?」レトはルッチに遅れまいと早歩きで尋ねた。

 「俺が? なぜ?」ルッチは振り返った。

 「だって、こんな城内を迷いなく歩いているじゃないですか。ここって、敵の侵入に備えて、わざと入り組んだ構造になっているはずなのに、さっきから一度も迷うことなく進めていますよ」

 ルッチは慌てて立ち止まった。

 「そ、そうか? あ、あれだ。俺って、すごくカンがいいんだ。迷宮ダンジョン探索で慣れているからじゃないかな」

 「迷宮ダンジョン攻略者なのですか」

 「……まぁな。だから、こんな城は楽勝でわかるのさ」

 「そんなものですか」レトは納得したのか微妙な表情だ。

 城の奥まった一角に義勇兵志願者の受付があった。長テーブルに三人の兵が座って、並んでいる者たちを順に受け付けている。ルッチとレトは列の最後尾に並んだ。ふたりの前には大柄な男が立っている。背中には身体が隠れそうなほどの大剣を背負っている。ふたりの気配に気づいたのか、その男はくるりと振り向いた。

 「ああら、可愛い子たちが来てるじゃない。しかもふたりも」

 男は細長い顔に切れ長の目をしていた。目尻には紫のアイシャドーが見える。全体的に女性的な化粧をしているようだ。

 「嬉しいわね。あなたたちと一緒になれるのなら、来たかいがあったと言えるわね」

 男はずいっと顔を近づけて、細い目をますます細める。男は香水も身にまとっていた。ルッチは香水の匂いに当てられたようで、口の端をゆがめながらのけぞった。

 「れ、レトが可愛いっていうのはともかく、俺も可愛いってのは変だろ?」

 「そうかしら? きれいな肌してるし、仮面で顔はよく見えないけど、仮面の下にどんな顔が隠れているのか、想像するだけで萌えるわ」

 「それは期待外れになるね」ルッチはのけぞったままだ。「あまりに酷い顔だから仮面を着けているんだ」

 「ああら、謙遜だこと」男は口に手を当てて笑った。ルッチは後ろのレトに目をやった。

 「まずい。俺の苦手な手合いだ」

 「あら、そんな邪険にしないで。これからは戦友になるんだから。そうそう、あたしはガイナスよ。あなたがたのお名前を教えて」

 レトは頭を下げた。「僕はレトです。で、こちらはルッチさんです」

 ルッチは顔をしかめた。「あっさり教えるなって」

 ガイナスは再び笑った。

 受付はてきぱきと進められているらしい。列に並んでそれほど待つことなく、ルッチは受付の前に出た。

 「名前はルッチ。王都メリヴェール出身。得意な得物は剣。単身の冒険者です」

 ルッチは手短に申告した。兵士はじろりとルッチの仮面に目を向けた。

 「お前、なぜ仮面を着けている? 外して顔を見せろ」

 ルッチは首をかしげてみせた。

 「それは、ちょっとおすすめできませんね」

 兵士は不機嫌な顔つきになった。「何だと?」

 「いえね、俺、ある魔物とやり合ったときに顔をぐちゃぐちゃにされたんですよ。おかげで誰からも気味悪がられるような顔になりましてね。それで仮面を着けているんです。今回、志願した理由も、この顔のお礼をしたいってことなんです」

 「ま、まぁ志願理由はわかるが……」兵士は困惑している。どう扱うか判断しかねるようだ。

 「……そうですか。じゃあ、あなたの前だけで仮面を外しますが、気分を悪くして吐いても俺を恨まないでくださいね」ルッチはそう言うと、仮面の端に手をかけた。

 「わかった、わかった! 外さなくていい! 先へ進んでよし。仮の部屋は奥の臨時招集兵の待機部屋、『3の5』だ」

 兵士は慌てて手を振って、右手の奥を指さした。ルッチが申告した内容を記録用紙に書き取り、「次!」とレトに声をかけた。

 「へへ、どうも」ルッチは頭を掻きながら先へ進むと、兵士の見えないところでチロリと舌を出した。

 レトはルッチを見送りながら受付の前に立つと、ルッチにならって申告した。「レトと申します。出身はカーペンタル村。剣を扱えます。この前までレンガ職人の見習いでした」

 「なんだ、お前、経験者ではないのか」兵士はペンをくるくる回しながら呆れた表情になった。

 「義勇兵募集の条件には、経験不問とありましたが」

 「経験不問って言っても、それは経験が長いか短いか不問だという意味だ。まったく経験なしを不問にしているわけじゃないぞ」

 離れたところで様子を見ていたルッチは、自分の額に手を当てた。「あいつ、ほんっとに素直すぎるな……」

 「剣を扱えるなどと言ってるが、レンガ職人見習いで、いつ剣技が身につけられるんだ?嘘をつくにも、もう少しマシな嘘があるだろう」兵士は機嫌を損ねたようだった。頬杖をついて、しっしっと手を振って追い払おうとする。レトは動かなかった。

 「何だ、さっさと帰れ。村に帰ってレンガでも焼いているんだな」

 「僕は戦えます。勇者の力になります」レトは辛抱強く説得するように言った。

 我慢できずに、ルッチが引き返した。「なぁ、兵士さん」

 「何だ、お前、まだ行ってなかったのか」

 「彼は俺の連れなんですよ。剣の腕前はなかなかのものです。何とか受付けてもらえませんかね。そちらだって頭数は必要でしょ?」

 兵士は首を横に振った。「そんな話、信じられないだろ? 見た目だって、こんなに貧相じゃないか」兵士はレトの痩せた身体を指さした。

 「彼の言うことに嘘はないよ」

 奥から声がすると、ひとりの男が進み出てきた。落ち着いた風合いの甲冑に身を包み、腰から大きな剣を下げている。太くて濃い眉は顔つきを精悍なものに見せているが、いかつい印象は無く、美丈夫と表現するのがふさわしい男だ。

 「おい、あれ……」周囲からざわつきが起こる。「間違いない、ウィル・フリーマンだ」「はぐれオーガを退治したっていう、あの?」受付の順番を待っている者たちから口々に声があがる。ルッチは辺りを見回し、ウィルに視線を向けた。

 「彼も志願者なのか?」

 「あ、あんた。ほ、本当にウィル・フリーマンなのかい?」兵士もウィル・フリーマンの名前を知っているらしい。どもるような声をあげた。

 ウィルはうなずいた。「ええ。僕はさきほど、彼があるゴロツキとやり合うのを見かけたのですが、素人とは思えない剣捌きを見せられましたよ。あれは、ここ一週間やそこらで身につくような動きじゃない。何年もかけて身につけた、鍛錬によるものとしか思えないものでした。そうだろ? ええっと、君は……」

 レトは頭を下げた。「レトと申します。僕は剣の練習を10年続けてきました」

 ウィルはうなずいた。「なるほどね。それなら納得だ。君は手練れのように見えたからね」

 「あ、あんたほどのひとが言うのなら、確かなんだろうな。わかった。受け付けておく。おい、お前も『3の5』で待機していろ」

 兵士は書類にレトの名前を書き込むと、ルッチの立っているところを指さした。レトは兵士に頭を下げ、続いてウィルにも頭を下げた。

 「お口添えいただき、感謝申し上げます」

 ウィルは鷹揚に手を振った。「活躍を期待している」

 レトはルッチのもとへ歩み寄った。「ルッチさんにも感謝します。僕のためにありがとうございます」

 ルッチは首を振った。「俺のおかげじゃないんだ。俺に礼は不要だ」

 ふたりは並んで廊下を歩いた。

 「レト、お前、本当に10年も練習していたのか?」ルッチはレトに尋ねた。

 「本当です。もっとも、仕事の合間を見つけてのことなので、皆さんほどみっちり稽古できたとは言えないでしょうが」

 ルッチは広場で見た、レトの剣捌きを思い返した。レトはすばやくマジの死角に入り込み、正確にマジの財布を切り取った。あの一連の動きには視線の動かし方、足さばきなどのひとつひとつに、多くの牽制や駆け引きが存在していた。あれは鍛錬で身につくものではない。もっと実戦的なことで身につくものだ。

 「……お前は、どんな鍛錬をしてきたんだ?」

 レトはきょとんとした。「別に、普通に剣を振ってきただけです」

 ルッチは首をすくめた。レトにはどことなく人を食ったようなところがある。レトは意図していないのかもしれないが、意外と油断ならないのかもしれない。

ふたりが歩く廊下の両側には小さな扉が並んでおり、それぞれに『2の3』『3の1』など、番号の書かれた札が貼ってある。やがてふたりは、『3の5』の札が貼られた扉の前に立った。

 扉を開けると、部屋は二段ベッドが両脇に並んでいるだけの狭いものだ。左手にあるベッドの下段にはガイナスが腰かけていた。ガイナスはふたりを見ると、嬉しそうに片手をあげた。

 「ああら、同室になるなんて幸運ね。これからよろしく」

 ルッチは天井を見上げて嘆息した。「やれやれ」

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