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ある「極秘情報」の秘密【scene7】

7


 ディクスン城の審議室には、数名の閣僚が集まっていた。いずれも王国の政治を動かす重要人物たちだ。

 テーブルの議長席に座っているのが宰相のヘンリー・リシュリュー。かたわらに立っている背の高い青年がライアン・リシュリュー。宰相の甥であり、現在は秘書を務めている。法案処理などの実務や閣僚たちとの調整力。いずれも秘書とは思えないほどの能力の高さで、次期宰相は彼だろうと思われている。リシュリューはふたりいるので、周囲では宰相を『大リシュリュー』、秘書を『小リシュリュー』と呼び分けていた。

 宰相を挟むように座っているのが、それぞれ右大臣と左大臣である。右大臣がルトガルド・アーバイン。左大臣がヘルベルト・コーカサス。ふたりは勇者『ラファール』直系の子孫だ。先祖を同じにしているが、ふたりは見た目も性格もまったく対照的だった。右大臣ルトガルドは背が低く、体つきも弱々しいものだが、左大臣ヘルベルトはひと言で巨漢と言える体型だ。ルトガルドは落ち着きのない様子であちこちに視線を走らせる人物であるのに対し、ヘルベルトは話しかけられても一瞬間が空いてから返事するような男だった。ふたりが法案で話し合いをしても、まるで噛み合わないのは必然のように思われる。そのせいもあって、ヘルベルトのかたわらには、弟のキーマン侯が同席するのが常だった。キーマン侯は兄と違って頭の回転が速く、兄が理解しにくい話をわかりやすく伝えるなど、会議ではなくてはならない人物である。

 そのほかに財務大臣の顔も見える。宰相の真向かいには、王国軍全体を指揮するランブル将軍が座っていた。彼も大臣と同様、勇者『ラファール』の血を引く人物だ。老年にさしかかっており、髪も口ひげも真っ白である。彼だけが軍服に身を包んでいた。隣には宮廷魔導士のザバダックが座っている。年齢は50歳前後だが、顔つきは精悍で、こちらは髪も口ひげも黒々としている。短く刈り揃えられたひげは、彼の洒落者らしい一面をうかがわせる。今日は白い魔導士服に身を包んでいた。

 「諸君。急な話でご迷惑をおかけする。まずはそのことを詫びたい」

 出席予定者がそろったことを確認すると、宰相が口を開いた。ほっそりとした体型だが、線の細さを感じることはない。むしろ威圧的なものを感じるほど迫力がある人物だ。顔には深くしわが刻まれているが、肌の色つやは若々しく、70歳を過ぎているはずだが、50代ほどにしか見えない。声も威厳たっぷりで、力強さに満ちていた。あれでは『小リシュリュー』が後を継ぐのはだいぶ先になるだろう。閣僚のひとりがちらりと考えた。

 「宰相殿。前置きはよいから、急ぎの話を聞かせてくれんかね? 宰相が急ぎとおっしゃるのだから、我らはこうして集まったのだ」

 ルトガルドが話を促した。彼は気が小さいだけでなく、せっかちでもあった。

 「そうだな。では、さっそくお話しさせていただこう。ライアン。あれを」

 宰相が秘書に声をかけた。小リシュリューはすばやく隣に進み出ると、ふところから一枚の紙を取り出して手渡した。

 「さて、実は今朝、私の手の者がマイグランからの公式文書を手に入れて送ってきた」

 部屋にどよめきの声があがった。「マイグランからだって!」「魔国に侵入できたのか?」

 部屋中に驚きの声が飛び交っている。宰相は両手を挙げて騒ぎを鎮めた。

 「ハイクラスは我ら人間と見た目の特徴は同じだと聞いている。そうであれば、ハイクラスたちに混じっての諜報活動は可能であろう。そこで、私は数年前から部下を何人か魔国に送り込んだのだ。魔王たちの動向をつかむために」

 「いったい、どうやって魔国に潜入させたんだ? 密偵は今も魔国にいるのか?」右大臣は矢継ぎ早に質問をぶつけた。

 「潜入方法等、詳細は伏せさせてもらう。彼らは今も魔国で任務を続けている。もし、万が一でも私の話が外に漏れれば、彼らは無事に済むまい。些細なことでも危険は避けたいのだ。任務の継続と、彼らの安全のために、必要以外の情報は提供できない。ご理解いただきたい」

 「りょ、了解した」宰相の重々しい雰囲気に、右大臣は口ごもりながらも同意した。

 「それで、手に入れた文書とは?」キーマン侯が尋ねた。

 「私からご説明いたします」小リシュリューが口を開いた。

 「この文書はマイグランのある地方長官あてに送られたもので、魔王シリウスの署名の入ったものです。マイグランは情報の管理が厳しいのですが、これは比較的簡単に手に入れることができました」

 右大臣は宰相から紙を受け取ると、文面にすばやく視線を走らせた。一瞬、驚きの表情を見せたが、すぐ隣の財務大臣に手渡した。こうして、一枚の文書はぐるりとテーブルの上を順に回っていった。

 「この文書には、魔王および四侯の残り三名は、アルタイル独自の軍事行動に対し、一切の干渉を行なわないことを保証する。そして、この戦いで手に入れた土地について、すべてアルタイルが保有することを認める、とあります」

 「これは完全なお墨付きではないか!」右大臣が大声をあげた。「アルタイルの行為を、魔王が公式に承認したものだ!」

 「書面ではそう受け取れますね」小リシュリューは認めた。

 「違うとでも言うのかね? 私も同じように感じたが」左大臣が右大臣の意見に珍しく賛成した。

 「諸君。この文書には重大な意味がある。そして、これは今後の戦局に大きく関わってくる」宰相は重々しくも静かな口調だった。

 「この文書はある事実を伝えています」小リシュリューが話を引き取った。

 「まずは、『魔王および四侯残りの三名は、アルタイルの軍事行動を事前に知らなかった。アルタイルのみが独断で兵を動かしたものだ』ということです。文面に『アルタイル独自』という表現があるのが根拠です」

 「それはある程度、推測されていたことではないか。三つの都市が陥落した際、占領者はすべてアルタイルの名前しか出さなかったんだから」右大臣の態度は、それが重大なことかと言わんばかりだ。

 「あくまで推測でした。ですが、この文書で、その推測が正しいと結論づけられたのです。つまり、我々が戦う敵の戦力はアルタイルの私兵3万までで、魔王軍等の増援の可能性はないと断言できるのです」

 「四侯の残りが今後加わる可能性は?」キーマン侯が尋ねた。

 「切り取った土地はすべてアルタイルのものになる、とあるのです。自分に利益のない戦いに手を出すとは考えられません。言い換えれば、アルタイルはすべて自分の戦力だけで我が国へ侵攻するしかないのです」

 「敵の戦力には上限があり、それは3万であると確定した、ということですね」ようやくキーマン侯は理解できたようだった。「それがわかったのは、たしかに大きい」

 「アルタイル3万の軍勢は、いくつかに分かれて各地で戦闘中です。それは、アルタイルを守っている戦力が少ないことを意味します。つまり、アルタイルの所在がわかれば、我が戦力でアルタイルを討ち取るのも可能だと言えるのです」

 「たしかに戦局に関わる情報だ」ザバダックが腕を組んで唸った。

 「いや、ちょっと待て。秘書殿は、さっき、『まずは』と言った。ほかに何かあるのかね? この情報には?」ランブル将軍が鋭い声で指摘した。

 「おっしゃる通りです。将軍閣下」小リシュリューはうなずいた。

 「さきほども申したように、この文書は『簡単』に手に入れられたのです。まるで、我々の手に届けられるようにです」

 「どういうことかね?」ランブル将軍には話が見えなかった。

 「この情報は、魔王からわざともたらされた可能性があるのです」

 「魔王が、わざと? ますますわからない。魔王の意図は何だと言うのかね?」ランブル将軍はいっこうに見えない話に苛立ったようだ。

 「私はこう考えています。魔王は魔侯アルタイルの排除を画策している、と」

 「アルタイルの排除だと? 実の弟だろうが」

 「彼らは平和に王位継承をしているわけではありません。権力を求めて親兄弟が相争うのは当たり前で、玉座はみずから奪い取るものなのです。アルタイルは魔王の実弟というだけあって、四侯の中でも頭一つ抜けていると聞いています。アルタイルの実力は、シリウスの王位を簒奪できるほどかもしれません。当然、アルタイルは王位をうかがっているはずです。一方で魔王は、自分を追い落とす危険のある弟を始末したいと考えているのではないでしょうか。アルタイルの侵攻の理由は今も不明ですが、これが魔王への反逆の布石であるなら、魔王としても看過できないでしょう。だから、魔王は我々にこんな情報をわざと流した。我々が対策を練って、アルタイルを討伐できるように。そうなれば、魔王は自らの手を汚すことも、自らに傷を受けることもなく、反乱の芽を摘み取ることができるわけです」

 「魔王は我々を利用する気でいるのか!」右大臣は憤然としている。財務大臣は自分の額に手を当てて首を振っている。やれやれといった様子だ。

 「アルタイルにすれば、たとえどんな危機的状況に陥っても、味方の援護は得られないということです。これまでは勝機の見えない戦いでしたが、今は違います。アルタイルは討伐可能なのです。我々は勝つことができるのです!」

 「魔王の策略に乗ることでな」ザバダックは皮肉な調子で言った。「しかし、俺たちは今、アルタイルから侵略されつつある。ここは、魔王の策略だと承知のうえでアルタイルと戦わなくてはならない。そういうことだな?」

 「そう理解いただいて構いません」小リシュリューはうなずいた。

 「まぁ、もともとアルタイルは討伐せねばならないのだ。魔王の意図があろうがなかろうが、我々が戦うことに変わりはない」ランブル将軍は腕を組んだ。

 「しかし、将軍。戦略も戦術も大きく見直すことができるのでは?」財務大臣が話しかけた。財務大臣は額から上に大きく禿げ上がった中年の男で、分厚い眼鏡をかけていた。部屋は暑くないのだが、広い額には汗が滲んでいる。

 「これまでは各城砦に籠城して相手の疲弊を待つ、という戦い方でした。相手の戦力に限りがあるとわかれば、打って出る策もございましょう」

 「いや。打って出ると、確実にこちらの戦力が削られる。魔王の意図は弟の排除だけでなく、我々も共倒れになることかもしれん。消耗戦になることは避けねばならん」将軍は首を振った。

 「アルタイルと直接戦うのに、王国軍を使う必要はございませんぞ」右大臣がうっすらと笑みを浮かべた。

 「我が分家に、『ラファール』の力に目覚めた者がいますからな」

 それを聞くと、左大臣は露骨に不快な表情を見せた。

 「勇者『ラファール』の奇跡の力。あれに目覚めた者がいるというのは真の話なのかね? 私はその者にまだ会ってはおらんのだが」将軍は右大臣に尋ねた。

 「とあるホブゴブリンの部隊を、一小隊いちパーティで壊滅させたのがリオンの小隊パーティです。わずか8名で、百を超える敵を討ち取ったのです。それだけでも実力のほどはうかがえると思いますが」

 「ゴブリンではなく、上位種のホブゴブリンをかね? それはたしかにすごいな」将軍は感心したようだ。

 「それに、勇者が使ったという必殺技、聖光十字撃グランド・クロス。リオンはあの技が使えるのです。私は彼に実演させて確認しました。あの技はたしかに伝承で聞く技と同一のものでした」

 「私も見ましたが、実のところ、あれが単なる手品か、魔法で誤魔化したものなのかははっきりしません。しかも、あの技には弱点があるなどと言っておりましたぞ。何でも1回技を使用すれば、間隔インターバルを取る必要があるとか。つまり、連発ができないというのです」左大臣が横から口を出した。右大臣のいいように喋らせるつもりはないのだ。

 「リオンという若者に、ペテン師の可能性があるのかね?」将軍は不快そうな表情を見せた。それはいただけない、と言いたげである。

 「その可能性がないとは言えません。ですから、私は、彼らに軍編成には少し足りない金額の予算を提示してみせたのです。彼らが偽物なら、その金を持って姿をくらますでしょう。そうであれば、損失もある程度抑えられますからな」

 右大臣は得意げに説明する。勇者に関しては、自分がすべて取りまとめていると印象づけたいのだろう。

 「右大臣殿の慎重さには敬服する。あなたであれば、勇者の件はお任せできるだろう」将軍は大きくうなずきながら言った。

 「お任せください。もし、かの者が真の勇者であり、アルタイル討伐に向かうのであれば、私は改めて支援を申し出て、彼らの力になるよう手助けするつもりです。ランブル将軍は防衛線の維持に努めていただければ良いのです」

 「軍事については、私は口を出さない。その件については、別の機会を設けて話し合ってはくれんかね」宰相が手を挙げて言った。右大臣はきまり悪そうに口をつぐんだ。宰相の声の響きに冷たいものを感じたのだ。

 「では、我々はこの会議が終了後、引き続きここに残って戦略を練ることにしようではないか」ザバダックが提案した。

 「我々って、私もですか?」財務大臣が額の汗を拭いながら尋ねた。不安そうな表情だ。

 「緊急の予算編成も考えなければならないだろ? あなたが不在で何が決められる?」

 ザバダックは平然として答えた。財務大臣はますます渋い表情になったが、ザバダックの言う通りだったので、大臣は何も言えなかった。

 「私のもたらした情報が、あなたがたの助けになれば幸いだ。勇者の件も含め、引き続きお願いする」宰相の言葉に、一同はうなずいた。

 「ところで宰相殿。国王陛下の容態はいかがなのかね? 体調不良が続いているとお聞きしているが」キーマン侯が話題を変えた。

 「陛下の体調不良は深刻なものではない。ただ、陛下はもともとお身体が丈夫でいらっしゃらない。典医は無理をせず、しっかりと養生していただくのが一番だと言っている。陛下にはこのまま職務はお休みいただくつもりだ。その分、私がしっかり働いて、陛下に楽をしていただこうと思っている」

 「王国始まって以来の災厄だ。陛下もご心痛が募ったのであろう」左大臣は国王のことを思いやった。

 「偶然だが、ルチウス王子がトランボ王国に留学中なのは幸いだった。王子には、このまま安全なトランボ王国に留まっていただき、帰国はすべて片付いてからで良いだろう」将軍が口を挟んだ。

 「しかし、あの血気盛んな王子が、大人しく勉強していますかね?」ザバダックが頬杖をついて言った。「あのお方なら、すぐにでも帰国して、自ら兵を率いて出陣しかねない」

 「だから、『幸い』だと申したのだ」将軍がじろりとザバダックを睨んだ。「幼少から、あの方の聞かん坊ぶりには手を焼いたのだ」

 「なるほど、そういうことか」腑に落ちたかのようなザバダックのひと言に、審議室は緊張がゆるんだようだった。ところどころで笑い声が起きた。


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