勇者は不遇【scene5~6】
5
賞金稼ぎのふたりとやり合った若者は大きな搭の下で腰を下ろしていた。城へ向かう道を見つけられずにいたのだ。城に近づこうとまっすぐの道を進めば、いつしか遠ざけられる構造だということは理解した。王都で暮らしているらしい人を見つけて尋ねると、皆親切に教えてくれるのだが、「このブロックをドール筋まで進んで、カヤック広場で北に曲がるんだ」などと言われても、ドール筋もカヤック広場も、現在どこが北なのかもわからないのだ。太陽は厚い雲で遮られて、太陽の向きで方角を測ることができない。若者は初めて訪れた者に不親切で、ただただ広いこの街に正直うんざりしているところだった。
「行先は城かい?」
若者の目の前にリンゴが差し出された。顔をあげると、白銀の仮面で顔半分を隠した若者が口もとに笑みを浮かべている。
「わかりますか?」
若者は返事をしたが、差し出されたリンゴを受け取ろうとはしない。
「心配するなよ。さっき露店で買ったばかりだ。毒なんて入ってないよ」
仮面の若者は隣に腰を下ろすと、だいぶかじったリンゴにかじりついた。ようやく芯を残して食べ終えると、袋の中に芯を放り込んだ。
「遠慮するなよ。今まであまり食べていないように見えるぜ。せっかく義勇兵になるんだったら、体力は必要だぜ」
若者は改めて差し出されたリンゴに、じっと目をやった。やがて、おずおずと手を伸ばすと、「ありがとうございます」と小声で言ってリンゴを手に取った。
「見てたぜ、さっきの」
仮面の男は愉快そうに両手を頭の後ろで組んだ。
「駆け引きでもそうだが、お前、相当頭が切れるな」
「そうですか?」
「ああ。顔に傷のある男は、片目が塞がっている。当然、傷側に死角がある。死角から剣を打ち込み、相手の財布を切り取った。そして、わざと自分の財布を落として、相手にそれを取らせる。戦利品を手にした奴らから体よく追い払われるふりをして、その場を後にする。全部、絡まれた瞬間から筋立てを組んで行動したわけだ。その策士ぶりに感心したよ。俺があいつらに種明かししなきゃ、あいつら気づくのがもっと遅かったろうな」
若者は仮面の若者に目を向けた。「教えたんですか?」
「ああ。あいつらの吠え面が見たくてな。ただ、あとで後悔したんだ。お前に断りなく種明かししたのでね。次、あいつらに見つかったら問答無用で襲われるだろうし。そうなったら俺のせいだからな」
若者は正面を向いた。「別に気にしないでください。ああいうことには慣れっこなので」
……慣れっこね。こいつ、ずっと、ああいう奴らを相手に生きてきたんだ。
「気にするなって言われてもな。これは俺自身の気持ちの問題でもあるし、罪滅ぼしにお前を助けさせてくれよ。まぁ、さっきのリンゴは挨拶代わりみたいなものだが、ほかに城への道案内とかしてやれるぜ」
「道案内していただけるのは助かります」若者は素直に感謝した。その様子は都会暮らしには見られない純朴な感じだった。
「お前、どこから来たんだ?」
「僕はカーペンタル村から来ました」
「『大工の村』で有名なところだな。そこの出身なのか。じゃあ、お前はもともと剣士でも冒険者でもないんだな」
若者はうなずいた。「村を出るまで、レンガ職人の見習いでした」
仮面の若者は正面を向いた。「この戦のために、職人の道を捨てたのか」
「それは違います。僕はレンガ職人になりたくないから村を出たんです」
若者の答えは意外なものに感じた。この若者は言葉遣いの丁寧さといい、いたって真面目な印象を受ける。この若者が「やりたくない」だけの理由で仕事を離れ、村を出るとは考えにくいからだ。だが、本人がそう答える以上、嘘か本当か追及するものではない。
「そっか。じゃあ、この戦で手柄を立てて立身出世を目指すってことか」
「僕は下級市民です。立身出世はありえないです」
「ありえない?」
「ご存知ないのですか? 下級市民には昇進、昇格に制限があるんですよ。職人の練達者以外には昇格する資格がないんです」
知らなかった。
「……すまない。俺、知らなかったよ。そんなこと」
「下級市民でないのなら、そうなのかもしれませんね」
「じゃあさ、お前は何を目指してここまで来たんだ?」
若者は苦笑した。「ずいぶん掘り下げようとするんですね」
「悪い。でも、知りたいんだ」
率直に言われて、若者は答える気になったようだ。
「僕は辺境地域の駐屯兵になるつもりなんです」空を見上げながら答えた。
「辺境地域の駐屯兵?」
「ええ。僕の村も辺境地域で、兵はひとりしか駐屯していません。孤独な任務です。それで辺境任務は新人が2年交代で勤務する仕組みなんです。退役までひとりで勤務するのは辛いでしょうから」
「でも、その辺境の駐屯兵になりたいのか」
「僕が子供のころ、魔獣に襲われたことがあります。そのとき、ある駐屯兵に命を救われました。たったひとりでも駐屯兵は必要なんです。ですが、辺境の任務はもっとも嫌がられるものです。でも、僕なら、その任務の重要性を理解して取り組むことができます。辺境で働く駐屯兵の必要性を一番理解している僕なら」
「命を救われたから、恩返しでもしたいのか?」
「うーん、そう言われると自信ありません。ただ、駐屯兵になりたいと強く願ったからとしか言えないですね」
仮面の若者は隣の若者と同じように空を見上げた。空はまだ厚い雲で晴れる気配がない。まったく上の見えない世界を下から見上げるだけだ。この若者は、それでも迷うことなく見上げ続けるのだろうか。純粋で、ただまっすぐな瞳で。
「お前の夢に手助けできるとは思えないが、それでも応援はするよ。まぁ、気休めにもならないだろうけど」
「お気持ちだけでもありがたいです」
今度は仮面の若者が苦笑する番だった。この若者は自分とはまったく「別」の存在だ。目指すものも、生き方も、そして何より境遇も。
……世の中にはいろいろな考え方があるって、頭じゃ理解していたんだがな。
気持ちだけでもありがたい。若者はさっきそう言った。しかし、仮面の若者は自分にはない価値観を教えてくれたこの若者に対し、自分のほうが感謝したい気持ちだった。
「どうだい、少しは休めたかい? そろそろ城まで案内してやろうか?」
仮面の若者は立ち上がりながら声をかけた。隣の若者に右手を差し出す。
「ところで、俺はルッチって言うんだ。お前は何て呼んだらいいのかな?」
「僕のことはレトと呼んでください」
レトはルッチの手を握って立ち上がった。
6
ディクスン城の低層部分に、一般兵の詰所がある。休憩や食事を摂ったり、夜勤に備えて仮眠することができる。その一室に数名の男女がテーブルを囲んで座っていた。男は全員鎧姿だ。しかし、王国の兵が使う鎧ではない。いずれも剣士などの冒険者が身につけるような装備だ。女のひとりは濃紺の三角帽子をかぶった魔法使いの姿をしており、残るひとりは軽装で肩に弓をぶら下げていた。どうも射手らしい。
「おい、リオンはまだ戻って来ないのか?」
一番身体の大きい男がぼやくように言う。両足をテーブルに載せ、いかにも退屈しているようだ。
「文句言わないの、トルバ。リオンは今、大臣たちと話しているんだから」
射手の女はテーブルに両肘をついて自分の顔を支えた。その様子では男と同様に待ちくたびれているようだ。
「そういうメリーだって、待ちくたびれてるんだろ?」
トルバは見透かしたように皮肉な笑みを浮かべた。メリーと呼ばれた女は弓を取り出すと、矢のない状態でつがえる構えを見せた。そのまま弦を離すと、弓はビーンと鋭い音を立てて部屋の空気を切り裂いた。
「そんなことで怒るなよ」かたわらの男がたしなめた。
そこで部屋の扉が開いた。部屋の者たちは期待に満ちた視線を送ったが、神官姿の男が入ってくると、いっせいに「はああ」とため息をついた。
「何です、みんな。そんなあからさまにがっかりして」
神官姿の男は眼鏡を掛け直しながら、不服そうに言った。
「だって、リオンが帰って来たんだと思ったから」メリーがつまらなそうにテーブルの上につっぷした。いい加減、待つのに飽き飽きしたようだった。
「たぶん、もうすぐだと思うよ。ケインが降りてくるのが見えたし」
「ケインが? で、そのケインはどこ?」窓際に近い椅子に座っている男が尋ねた。
「便所だってさ。大臣との接見中、ずっと我慢していたそうだ」
「大臣の前で漏らしてしまえばいいのに」メリーはつっぷしたままで毒づいた。
「なぜ、俺がそんな粗相をしなくちゃならん」
再び扉が開いて、背の高い男が現れた。この部屋の者たちと同じ鎧姿だが、継ぎ目などところどころで赤い線が引いてある。それだけで、彼がこの中でも特別な地位にあることを示していた。それがケインだった。
「一応、俺、副長な。そこんとこ頼むぜ」
ケインは自分の鼻を指さしてみせた。
「ふん。リオンと一番つきあいが長いってだけじゃない」メリーの毒は収まらない。
「何だよ、メリーさんはずいぶんとご機嫌斜めだな。何かあったのか?」ケインは平然とあたりを見渡した。メリーの暴言を気にする様子もない。
「何も。ただ、待ちくたびれて気が立ってるんですよ」窓際の男が答えた。
「いわゆる八つ当たりね」トルバが補足した。
「そうか。ずいぶん嫌な思いをさせたみたいだな」
ケインとは別の声が聞こえてきた。メリーはすばやく顔を上げ、トルバはテーブルの上の足を慌てて降ろした。全員が扉に注目する。扉が開くと、金髪の若い男が現れた。肩まで伸びた髪は優雅な波を描いており、額を隠す程度の前髪の下には、すっと通った鼻筋に穏やかながらも威厳をたたえた瞳がのぞいていた。戸口に立っているだけで一幅の絵になるような美しい男である。
「リオン!」これまでずっと無言だった魔法使い姿の女が声をあげた。その声はまだ幼さを感じる少女のものだ。
「悪いな。みんなを待たせて」
リオンは軽く手をあげて部屋に入った。全身を白基調の鎧を身にまとっていた。胸には盾に十字が刻まれた紋章が見える。右大臣ルトガルドと、つまりアーバイン家と同じ紋章だ。
「大臣たちとの話がすっかり長くなってしまった。だが、何とか予算を引き出せたよ」
「変な話だぜ」ラリーがぼやいた。
「俺たちは王国を救うために馳せ参じた者たちだぜ。俺たちが戦うために必要な費用が出せないなんて、どうしてそんな理屈になるんだよ」
「でも出してもらえるようになった」リオンはケインが引いた椅子に腰を下ろした。
「いくら出してもらえるんだ?」トルバが尋ねた。
「3億リュー。一括だそうだ」リオンが答えると、トルバがひゅーと口笛にならない音を出した。
「3億リューか。けっこうもらえるんだな」ラリーも安心したような笑みを浮かべる。
「ちょっと待ってください」神官姿の男が口を挟んだ。
「どうした? スライス?」リオンは神官姿の男を見つめた。スライスと呼ばれた神官姿の男は険しい表情で口を開いた。
「僕たちは今、義勇兵を募っています。アルタイルと戦うために5千の兵を用意しようと考えていました。ですが、予算が3億では足りないんです」
ラリーはぽかんと口を開けた。「何だって?」
「いいですか? 義勇兵に給金を払う必要はありません。ですが、食費はかかります。アルタイルとの戦いにひと月かかると想定して、5千人の食費はどのぐらいかかると思います?」
スライスはラリーに尋ねた。ラリーは力なく首を横に振る。「わからねぇよ」
「ひとりにつき、一日千リューかかるものとして、5千人だと一日5百万リュー。30日で1億5千万リューかかるんです。すでに予算の半分になります。実は食費は兵だけではありません。荷物を運搬する者、食事を用意する者、武具を直すための職人も同行します。怪我した者を治療するための医療班も必要です。彼らを含めると約2億リューが必要になるんです。さらに荷台を引く牛や、騎馬隊の馬など。これらもエサ代が必要になります。かかるのは食費だけではありません。矢などの消耗する武具の補充費、さまざまな薬品代、全員が雨露をしのぐためのテントも購入しなければなりません。そうした資材費。その他もろもろを考慮すると、5千の兵を維持するためには4億リューの金額が必要になります。しかも、その金額は『最低で』という但し書きがつきます」
ここでスライスは口を閉じた。部屋の中は重苦しい沈黙に支配されていた。辺りを見渡すと、スライスは再び口を開いた。
「今、お話ししたのはひと月の予算です。ですが、皆さんが想像した通り、今回の戦いはひと月でケリがつくとは思えません。おそらく数か月にはなるでしょう。実際に必要なのは10億リューを下らないはずなんです……」
「わかった、わかった。俺が悪かったよ!」ケインはスライスが話し続けようとするのを遮った。
「俺が勝手に承知してしまったんだ。リオンは大臣と大事な話の最中だったんでな。みんな俺が悪いんだ。俺、馬鹿だから予算のこととかよくわかっていなくて……」
「別にケインさんを責めているんじゃありません」スライスはなだめるような口調で言った。
「僕が不快なのは、王国の態度に対してです。国家予算を扱う大臣であれば、僕たちが必要な経費が3億リューでは足りないなんてわかるはずです。何です、大臣は? 嫌がらせでもしたいんですか?」
「落ち着いてくれ、スライス」リオンがすっと手を挙げた。
「実は、俺は右大臣、左大臣、どちらの陣営に加わるのか尋ねられていたんだ。彼らも俺と同じ『ラファール』の末裔だ。覚醒者の俺がどちらかの陣営に入れば、勇者の末裔として『格』が上がる。彼らは俺をロープにして、綱引きしていたんだよ」
「大臣の用事って、そんな話だったのか!」ラリーが大声をあげた。その声には非難の感情が含まれていた。
「リオンはどちらの陣営に加わると決めたのですか?」魔法使いの少女は不安そうに尋ねた。少女の視線はリオンの胸の紋章に注がれている。
「まぁ、常識的にはアーバイン家側だよな」ケインも隣からリオンの紋章をのぞきこんだ。
「たしかに曾祖母はアーバイン家出身だ。だが、嫁ぎ先であるウィルライト家が没落すると、アーバイン家とはまったく付き合いがなくなったんだ。俺は大臣に教えられて、初めて曾祖母のことを知ったくらいさ。紋章が同じという理由だけでアーバイン家に与することはできなかったよ」
「では、左大臣ヘルベルト様のコーカサス家に?」ラリーが尋ねた。
「まさか」リオンは軽く首を振った。
「たぶん、どちらかの陣営に入ることを表明すれば、3億ではなく、もっと潤沢な予算を示されただろう。でも、俺はどちらにも加わらず、独自にアルタイルを討つと言ったんだ。で、その結果が3億リューの予算ってわけさ。だから、予算の件はケインのせいじゃない。俺のせいなんだ」
「よして。リオンは何も悪くないわ」魔法使いの少女は弱々しく首を振った。
「つまりは、大臣側の策略、ってことですね」
スライスは静かに言った。「リオンに音を上げさせるための」
「今が非常時だって理解できてねぇのか、あいつらは!」トルバはテーブルにどんっと拳を叩きつけた。
「彼らの気持ちはわかります」なだめるように、スライスはトルバの肩に手を置いた。
「アーバイン家とコーカサス家は、どちらも勇者の血を引く名門の家系です。どちらが上であるかを常に競い、出世についても、それぞれ右大臣、左大臣と、一歩も譲っていませんでしたからね。そこにリオンが現れた。奇跡の力を継承した者として。アーバイン家も、コーカサス家も、リオンのような覚醒者がいない。リオンを自分の陣営に取り込めさえできれば、これまでの均衡を破ることができる。勇者の子孫として、その頂点に立つことができる。彼らの悲願でしょうからね、それは」
「勇者の力に目覚めたリオンこそが、子孫たちの頂点と言えるんじゃないの?」ラリーが不思議そうに言った。
「それを認めたくないから、『格』や身分の差を思い知らせようとした。そんなところなんですね?」スライスはリオンに顔を向けた。リオンは苦笑いした。「さぁ?」
「で、どうするんです? スライスの話だと、今の予算では半月でアルタイルを討伐しなければならないってことですよね?」窓際の男が尋ねた。
「チェック、それはリオンでも無理だろ? アルタイルが今、どこに陣取っているのかもわかっていないじゃないか」トルバが手をひらひらさせながら言った。
チェックと呼ばれた男はリオンに話しかけた。「トルバの言う通り、リオンでも無理ですか?」
「捜索だけでひと月かかるかもしれないからね」リオンは素直に認めた。
「戦力を減らすしかないでしょうね……」スライスがあごに手をかけながらつぶやいた。
「減らすだって? 今、この城にわんさか志願している者が集まっているのに?」ラリーは呆れたようだった。
「実際のところ、どうなんだ? 今でどれだけの志願者が集まっている?」
リオンは仲間の顔を順に見つめた。魔法使いの少女が手を挙げた。
「今日の昼までで、千五百人を超えました。今日か明日には二千人を超える見込みです」
「使える奴、ただの数合わせにしかならない奴。いろいろいるぜ。玉石混交ってのは、まさにこのことだぜ」トルバが皮肉な調子で続けた。
「3億の予算で、ひと月以上戦える戦力は千人がせいぜいでしょう。支援の人数も抑えなければなりません」
「仕方がない。志願者をふるいにかけて千人以内に収めよう」リオンはぱんっと手を叩いた。決心したようだった。リオンはスライスに顔を向けた。
「スライス。志願者の選抜は君に任せたい。方法も基準も任せる。みんなと諮って進めてくれないか?」
「承知しました。何とかしましょう」スライスはうなずいた。
リオンは正面に顔を戻した。「そして、金については、俺が動いてみる」
「リオンが? どうやって?」チェックが尋ねた。
「なに、寄付を募るだけさ。王都には俺に会いたがっている有力者が何人かいる。その人たちにお願いすれば、少し足しになるだけは集められるだろう。ケイン、俺と同行してくれ」
ケインは振り返ったリオンと目が合った。その目を見たケインが顔色を変えた。
「まさか……、お前……」
「寄付のお願いでしたら、私も同行します」魔法使いの少女が立ち上がった。「私だって、一応貴族の娘です。私の家の名前を使えば……」
「エリス。君には別のことを頼みたい」リオンは少女の申し出を断った。
「べ、別のことですか?」
「借りたいのは君の家名ではなく、魔法学院でのつながりのほうさ。おそらく志願者全体では、魔法使いの割合は低いだろう。でも、魔法使いは戦力として数が欲しい。君のつてを使って、魔法使いを集めてほしいんだ。君なら魔法使いギルドにも顔が利くだろう?」
「でも……」エリスは渋っている。
「これは君にしか頼めないことだ。頼む」リオンは重ねて頼んだ。エリスはまだ何か言いたげな表情だが、ゆっくりとうなずいた。
「……わかりました。それでお役に立てるのなら……」
「頼りにしてる」リオンは笑顔を向けた。
仲間たちと別れて、リオンとケインは階下へと向かっていた。歩きながらリオンは、ケインに聞こえるかぐらいの小声で言った。「さっきはすまない」
「何が?」ケインはのんびりした口調だ。
「3億リューを承知したのは俺だ。お前は俺の身代わりになろうとしてくれた」
「ああ、そんなこと」ケインは手をひらひらと振った。「お前は何でも背負い込み過ぎなんだよ。あれぐらい俺がひっかぶってやるさ」
リオンは立ち止まるとケインに振り返った。
「俺のメンツなんか守ろうとしなくていいんだ。俺は覚醒した力を除けば、あのころのままの俺なんだから」
「あのころのままのお前だから、俺がああいうことをしなきゃいけないんだ。今からだって、お前がやろうとしていることは危なっかしくて心配だ」
「俺が何をするつもりか、察しているようだな」
「だから、エリスに急な用事を言い渡して同行させないようにしたんだろ? わかっているのか、リオン。エリスの気持ちを……」
「だからこそ、俺の汚い部分は見せたくないんだ。エリスだけじゃない。ラリーたちにもだ」
ケインは両手をあげて首を振った。「ほんと、お前は変わらないねぇ。そういうところ」
「そうさ。お互い馬鹿のまんまさ」リオンはそう言うと再び歩き始めた。
「お、おい。お前が馬鹿なのはいいとして、俺も馬鹿かよ!」
ケインは心外だという表情でリオンの後を追った。




