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すかした若者と仮面の若者【scene3~4】

3


 王都の細い路地をひとりの若者が歩いていた。腰に剣を下げてはいるが、服装は一般の市民より質素なもので、とても剣士のようには見えない。体つきも良いとはいえないほど小柄で、一般的には貧相な印象である。ただ、若者の顔つきは落ち着いたもので、目つきには物怖じしない力強さがあった。足取りもしっかりとしたもので、自分がどう見られようと気にしないような確信めいたものを感じさせた。

 ただ、王都へ来たのは初めてらしく、どこをどう進めば良いのかわからないようだ。視線はまっすぐディクスン城を見ているが、そのまままっすぐ進んでも城にはたどり着けない。王都に住む者には当たり前の事実だった。若者は路地の行き止まりで立ち止まると左右を見渡した。路地には大小さまざまな露店が立ち並んでおり、行き交う人びとも大勢いたが、皆それぞれの目的で忙しく歩いており、この若者に目を向ける者はいない。若者は誰かに道を尋ねることもできずに、元来た道を引き返すことにした。

 露店のひとつでは、別の若者が買い物をしているところだった。その若者は細身の剣を携えていた。顔には上半分を覆い隠す白銀の仮面がつけられて、人相をわからないものにしている。

 「ありがとう、おばちゃん」

 仮面の若者は袋を受け取ると、さっそく袋からリンゴを取り出してかじりついた。

 「うん、甘みも酸っぱさもちょうどいい」

 「そりゃ良かった」

 露店の女主人はやや得意げな表情になった。

 「景気はどうだい? おばちゃん」

 しゃくしゃくとリンゴを噛み砕きながら、仮面の若者は尋ねた。

 「国は大変なことになってるけどさ。戦争景気って言うのかね。ここしばらくでは今が一番の賑わいだね。まぁ……」

 女主人はあたりを見渡した。

 「今、王都は義勇兵を募っているとかで、これまで以上にひとが集まっているからね。そのおかげってことになるんだけど」

 女主人は仮面の若者に視線を戻した。「あんただって義勇兵に参加するために来たんだろ?」

 「まぁね。でも、この界隈が戦争前でどのくらい賑わっていたのか知らなかったんでね。それで尋ねたのさ」

 「おや、あんた、王都出身かい?」

 仮面の若者はふたたびリンゴにかじりついた。「そうだよ。でも、ここに来たことはなかったんだ」

 「へぇ、あんた。西区のひとだったのかい?」

 「うーん。まぁ、そんなとこ」仮面の若者はあいまいな返答をして、辺りに目を向けた。その視線の先に、路地を引き返している若者の姿があった。

 「心配だねぇ」仮面の若者と同じ方向を見つめて、女主人がつぶやいた。

 「心配って、さっき通り過ぎたひとがかい?」

 女主人はふうとため息をついた。

 「だって、そうだろ? あんな若い、子供のような男の子が戦おうとしてるんだよ。しかも、あの貧相な装備で。あんなのじゃ、魔物のヒゲだって切れないよ」

 「みんな、国を守りたい一心なんだ。俺だって同じ気持ちなんだからさ」

 「あんたもそうだけど、みんな勇者様に任せりゃいいんだよ。せっかく千年ぶりに奇跡が起きたんだから」

 「勇者? 奇跡?」

 仮面の若者の反応に、女主人は意外そうな表情になった。

 「おや、あんた、知らないのかい? かの勇者『ラファール』の子孫から、再び勇者の力に覚醒した者が現れたのさ」

 「……いや、知らなかった。勇者って、右大臣、左大臣のどっち側から現れたんだ?」

 「何だい、そりゃ?」

 「だって、ほら、勇者の子孫って、右大臣とか左大臣のことだろ? ……あと将軍もそうだっけ」

 「それがさ、あんた、まったく無名の家柄なんだって。勇者の末裔には違いないけど、とっくに落ちぶれた家系らしいのよ。でもさぁ、評判によると、さも貴公子様のような美男子らしいわよ」

 「へぇえええ」仮面の若者はかじりかけのリンゴを袋に戻した。

 「あんた、義勇兵になるつもりらしいけど、知らなかったのかい? 今回の募兵は、その勇者様に従って戦う特別編成の軍になるって話だよ」

 女主人は呆れた様子だった。

 「俺が王都に向かったときはそんな話なんてなかったからな。一週間かけて、やっと着いたところなんだ」

 仮面の若者はそう説明すると、上を見上げた。見上げた先には城がそびえ立っている。

 「勇者の義勇兵はいいとして、王国軍はどうするつもりだ? 王国軍は出陣しないのか?」

 「そりゃ出るわけにいかないでしょ!」女主人は声をあげた。

 「城の守りがいなくなったら、誰がこの王都を守るって言うんだい?」

 仮面の若者はため息をついた。「そういう理屈か……」

 「だからさ、勇者様が魔族たちを退治してくれるのさ。伝説の勇者様と同じ力だって言うんだからね。もう勝ったも同じさね」

 「王国始まって以来の最大の国難に、奇跡の覚醒者現る、か……」

 仮面の若者は誰に言うでもなくつぶやいた。「世の中そんなにうまくできてるのかな?」

 「それが神様の思し召しってやつじゃないのかい?」

 仮面の若者は女主人に手を振ると店から離れた。


4


 仮面の若者は、かじりかけのリンゴを再び取り出すと、狭い路地を歩き出した。行き交う人びとを優雅に避けながら、興味深げに視線をあちらこちらに向けている。露天商の様子が珍しいらしい。狭い路地を歩き続けると、大通りの手前で道が広がった。そこはちょっとした広場になっていた。

仮面の若者はリンゴをかじる動きを止め、足も止めた。その広場で人だかりができている。近づいてみると、人だかりの輪の中心に、さきほど見かけた貧相な装備の若者が立っていた。輪の中心にいたのはその若者だけではない。ごつい体つきの男がふたり、若者を睨め回すようにして立っていた。ふたりとも若者より頭ふたつ以上大きい。腕の太さだけで若者の胴体ほどありそうだった。ひとりは左目を塞ぐほどの深い切り傷が刻まれており、もうひとりはモミアゲと口ひげがつながっている。

 「ケンカか?」仮面の若者のつぶやきに、隣の老人が囁いた。

 「うんにゃ、あの若者にあいつらがぶつかってきて、因縁をつけとるんじゃ。気の毒に」

 「ほう」仮面の若者は再びリンゴをかじり始めた。

 「傷のあるほうが『マジ』。口ひげ男が『ウザ』。ふたりとも魔獣狩りの賞金稼ぎだ。ふたりとも腕はあるんだが、人柄は……見てのとおりさ」別の野次馬が囁く。

 「ああやって、王都に馴れていない者から金を巻き上げたりするんだ」

 「何だ、コラ、お前。態度が悪いぞ、わかってんのか!」マジが恫喝した。若者は少し顔をしかめた。

 「ぶつかってきたのはそちらです。こちらをまっすぐ見ながらぶつかって来るなんて思いもしませんでしたので、こちらは避けきることができなかったんです」

 「アアア? 俺たちがわざとぶつかったって言うのか? てめぇ!」

 ウザも怒鳴り声をあげる。はた目にも、この男たちが若者に言いがかりをつけているのは明らかだ。

 仮面の若者は因縁をつけられている若者の表情に視線を注いだ。

……あいつらの恫喝に動じる様子がない。落ち着いている。あいつ、勝てる自信でもあるのか?

 仮面の男は視線を若者の装備に移した。

……いや、勝てねぇだろ。あいつらは威力の高い武器を手にしている。あんな貧相な剣じゃ、一撃でへし折られちまうぞ。

 マジとウザのふたりは刺つきハンマーに、大振りの剣を手にしていた。どちらも重量がありそうだが、男たちは軽々と持ち上げている。

……あいつらはただのデカブツじゃなさそうだ。少なくとも手にしている武器は扱えるだけの腕力はある。体格も腕力も武器も圧倒的に負けている。あの若いほうに勝ち目はない。

 「でもなぁ……。ここで助太刀して目立つわけにはいかないんだよなぁ、俺」仮面の若者はぼやくようにつぶやいた。

 「お前、世間ってものがよくわかっていないようだな。ここじゃな、強い奴の言うことが正しいんだ。今後のために、俺たちが『世間』ってものを、よっく教えてやろうじゃないか」

 マジがハンマーを振り上げた。「その身体になぁ!」

 若者はさっと剣を抜いて身構えた。その剣めがけてハンマーが振り下ろされる。

 どおんと轟音とともに、舗装されたタイルが砕けた。ハンマーは剣に命中せず、そのまま地面に叩きつけられたのだ。若者はすばやく一歩引いて、ハンマーの一撃を避けた。そして、バネで弾かれたかのようにマジの懐に飛び込んだ。

 「何?」「早い!」男たちが同時に叫んだ。若者の剣がひらりと舞った。男たちはもつれるようにしながらも攻撃をかわした。

 「な、なんだ、こいつ、てんで下手じゃねぇか。ろくに当てることもできやしねぇ」

 マジは見下した嘲りの笑みを浮かべた。若者は剣を握り直す。

 「下手くそは、クワでも振ってろってんだ!」

 ウザは怒鳴りながら剣を突き出した。若者はかろうじて剣で受け止めたが、ごろごろと後ろへ転がっていった。何かがこぼれる金属音が聞こえると、ウザの足元に小さな革袋が落ちていた。その口から硬貨がこぼれている。若者が落としたのだ。

 若者は急いで革袋を拾い上げようと前かがみになったが、ウザはその革袋を踏みつけた。若者は飛びずさって距離を取った。

 「おい、若いの。この革袋は諦めて、ここから立ち去るんだな。そうすりゃ、ケガだけはさせないで許してやる。これはな、授業料だ。上の者が下の者から頂戴する。そういう世間の常識ってやつのな」

 ウザは剣を向けながら言った。勝ち誇った響きだ。

 「さっさと行け!」

 マジがハンマーで大通りを指した。

 若者は剣を構えたままじっとしていたが、やがて構えを解いて剣を腰に戻した。そのまま男たちに背を向けると無言でその場を立ち去った。男たちは立ち去る若者の背中に嘲笑を浴びせた。

 若者の姿が見えなくなると、マジが革袋を拾い上げて中を確かめた。

 「おいおい、思っていた以上に入っていねぇぜ。これじゃ、昼飯一食分にもなりゃしねぇ」

 「ほんとにシケたガキだったな」

 ふたりの男は革袋を挟んでつまらなそうな声をあげた。

 「シケたガキってわけじゃないと思うよ」

 突然、野次馬の中から声が飛んで、ふたりの男は声が聞こえた方角を向いた。

 「今、誰が何て言った?」マジが凄んだ声を出した。

 「シケたガキってわけじゃないと思うよ、って言ったのさ」

 野次馬から進み出たのは仮面の若者だった。マジとウザは若者の仮面姿に一瞬たじろいだが、すぐに大声をあげた。

 「てめぇ、いったい何が言いたい?」

 「さっきの奴は、まんまとあんたたちを出し抜いたんだよ」

 マジとウザは意味がわからず互いを見やった。

 「ほら、あんた。腰につけてたはずの革袋はどうした?」

 仮面の若者はマジの腰を指さした。指摘を受けたマジは自分の腰に手を当てて顔色を変えた。

 「ない。俺の財布がなくなっている!」

 「最初の一撃、外したわけじゃないのさ。正確に革袋だけを切り取って、自分のふところに仕舞い込んだんだ。そして、わざと自分の財布を落として、それを諦めさせるように仕向けたのさ。どうやらあんたの財布はけっこう入っていたようだな」

 事態を飲み込めたふたりは顔を真っ赤にさせた。

 「あのガキ!」「ふざけやがって!」急いで若者の後を追おうとする。

 「それはよしたほうがいいんじゃないか?」

 仮面の男は静かに言った。マジが怒りの表情を向けた。

 「てめぇ! 何を言いやがる!」

 「だって、あんたたちの理屈だろ? 上の者が下の者から頂戴する。そういうのが世間の常識だって。誰から見ても、あいつのほうがあんたたちより上手うわてだぜ。今回はあんたたちが授業料を払う話じゃないか」

 仮面の若者は「なぁ?」と言って周りの野次馬たちに同意を求めた。すると、周りから「そうだよな」「自分で言ってたよな」「間違いない」という声が聞こえてきた。どこからともなく笑い声が漏れだし、ふたりを囲んでいる野次馬たちは大声で笑い始めた。

 怒りで顔を真っ赤にしていたふたりだが、今度は恥ずかしさで赤面してうつむいた。そして、野次馬たちをかき分けるとその場から逃げ出した。野次馬たちはさらに歓声をあげた。

 逃げ出すふたりを見送りながら、仮面の若者はリンゴにかじりついた。

 「それにしてもさっきの奴。面白いじゃない」


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