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手加減の仕方【scene3】

3


 ルッチは広場へ数歩駆け寄った。

 「おおおい、レト! この果し合い、やめ! やめだ、やめ!」

 レトはルッチの声が聞こえないかのように、ケイナンから視線をそらすことをしない。ケイナンもレト睨みつけていた。

 「おい、隊長さん。こういうことをやるからには、腕の1本は覚悟してもらうぜ」

 ケイナンはそう言うが早いか、剣を抜き放ってレトに襲いかかった。レトもすばやく剣を抜く。

 ガアーンと激しく金属同士がぶつかり合う音が響き渡り、レトはケイナンの剣を受け止めていた。レトの剣は鮮やかな輝きを放った細身の剣だ。ケイナンのごつい剣の攻撃を受けたにもかかわらず、ひびひとつ入っていない。

 「おい、あの剣は……」

 ディレイノは驚いたように指をさした。「魔法剣じゃないのか?」

 「ガニメデスが使っていた剣だ。レトが持つことになったんだ」

 ザバダックが額に手を押さえながら答えた。事態を止めることができず、頭を抱えているようだ。

 「この団の中で、魔法剣士は彼ひとりだけだからね」

 ディレイノは顔をしかめた。「ガニメデスの剣を持たせるなんて、あのリオンがよく許したな」

 「たしかに破棄されるところだったが、刀鍛冶があの剣を魔法剣だと鑑定してね。自分たちでは打つことのできない貴重なものだと言ったものだから残すことになったのさ。ただ、使いこなせるのは魔法も扱える剣士だけなので、彼に持たせることになったんだ」

 「そんな説明している場合ですか? おい、レト! やめろ! この果し合いやめるんだ!」

 ルッチはレトが戦っているところへ駆け寄ろうとしたが、数人の男がルッチの前に立ちはだかって止めた。ルッチは一番体格の大きい男を睨みつけた。

 「ダイダロン! 邪魔をするな! そこをどけ!」

 「行かせねぇよ」

 ダイダロンは脇へ動こうとするルッチの前に立ちふさがった。

 「あんたも、この戦いを見届けるんだ。だいたい、冒険者の流儀じゃないか。果し合いで白黒つけるってのは」

 「俺だって最初はそう思ったさ。だが、あれは果し合いじゃなくて、殺し合いになりかねないんだ。早く止めなきゃいけないんだ!」

 「殺し合いになる? それがどうした?」

 「それがどうしたって……」

 ルッチはたじろいで一歩下がった。ダイダロンはレトたちに視線を向ける。

 「冒険者は、いつ、どこで死んでも不思議じゃない商売だ。理由だって、まともなものなんてありはしない。ひとの命は尊いなんて言うやつはいるがな、事実は違う。人間なんて、本当にくだらない理由で簡単に死ぬもんだ。お前だって、あのヘイムダルの丘で死んだ連中がまともな死に方をしたと思わねぇだろ?」

 「それとこれとは……!」

 ルッチが抗議しようとすると、ダイダロンは手でそれを制した。

 「同じだよ。王族だろうと、乞食だろうと、死ぬことだけは平等だ。ただ死に場所や死に方に違いがあるだけだ。もっとも、どっちにしても死ぬんだから、たいした違いとは言えねぇだろ?」

 ルッチはぐっと言葉に詰まった。ルッチの死に対する考えは、ダイダロンとあまり変わりはない。『王族だろうと、乞食だろうと、死ぬことだけは平等』。だからこそ、自分はこの戦いに身を投じた。王族の命が平民より大事とする考えには同調できなかったのだ。実際、戦場に立つと、ダイダロンの言ったことが事実だと思い知る。人間は本当にくだらない理由で命を落とすのだと。

 だが、これは違う。くだらない以前の問題だ。ルッチは思い直した。これは防ぐことのできる「くだらない」なのだ。

 「……お前の屁理屈はどうでもいい。レトがケイナンを斬ってしまったら、お前たちはレトに従うことができるのか、おい!」

 ルッチはダイダロンの肩をどんっと殴った。ダイダロンは痛くもない様子でルッチを見下ろした。

 「面白いことを言うよな、副隊長。レトがケイナンを斬ったら、だって? ケイナンがレトを斬るとは言わないのか?」

 ルッチは首を振った。

 「舐めるんじゃない。レトは正面から『緑龍』とやり合って倒したんだ。あいつの強さは本物なんだよ!」

 「ほう」

 ダイダロンは口のはしをあげて笑った。小ばかにするような笑い方だ。その様子にルッチはイラっとした。

 「何がおかしい!」

 「見ろよ、副隊長。あれが本物の強さか?」

 ダイダロンが身体をずらしてみせた。ダイダロンの陰で見えなかった戦いの様子が見える。ルッチはぽかんと口を開いた。「どういうことだ?」

 レトとケイナンは大きく距離を取って向かい合っていた。何度か打ち合ったようだが、まだ決着がついていないようだ。ケイナンはニタニタと余裕の笑みを浮かべながら剣を構えている。

 一方、レトのほうは苦しそうな表情だ。肩から息を吐いているように喘いでいる。これまでの戦いが見られなくても、レトが苦戦していたことがわかる。

 「あのレトが苦戦しているのか? どうして?」

 ルッチは大声をあげた。

 「最悪の相性だった、ということね」

 背後からガイナスの声が聞こえてきた。ルッチはガイナスに振り返った。「説明してくれ、ガイナス」

 ガイナスはレトを指さした。

 「レトちゃんに剣を教えたのは、村の駐屯兵だったそうよね? その兵士が修得していたのは実戦型の『メリヴェール剣術』のはず。つまり、レトちゃんが身につけているのも『メリヴェール剣術』になる。わかるわよね?」

 「……まぁ、そうだろう」

 「あの子は小柄な体格を活かせるよう、下段からの攻撃を徹底的に鍛えて、独自の強さを手に入れた。でも、それはどこまで行っても『メリヴェール剣術』での強さにすぎない。それ以上でもそれ以下でもないのよ」

 「だから、どうなんだよ」ルッチは再びイライラしてきた。早く結論を聞きたいのだ。

 「つまり、『メリヴェール剣術』を身につけた者であれば、相手の動きが読めるようになる。次の一手が先読みできるってこと。さっきから、ケイナンはレトちゃんの動きを見切ったようにかわしているわ。まるで子供扱いよ」

 「おい、それはおかしいぞ」

 ルッチの頭に疑問が湧いた。「あいつは……、ケイナンは山賊あがりの冒険者じゃなかったか? 『メリヴェール剣術』なんて知らないだろ!」

 「あいつは『元』王国兵士だ」

 その質問に答えたのはダイダロンだった。

 「山賊だったなんてのは、あいつが自分に『箔』をつけるためについた嘘だ」

 「何だって?」

 「おかしいと思わなかったのか? あいつはセルネドに別れた女房と子供がいたって言ってたんだぜ。セルネドのような洗練された都会に、山賊が家族を残していたりするものか?」

 言われてみれば違和感のある話だった。

 「あいつは元々セルネドに駐留していた、生え抜きの王国兵士だ。『メリヴェール剣術』なんて、骨の髄まで叩き込まれている。基本技しか教えられていないレトの動きなんて楽勝でわかるってことだ」

 カァーンと金属同士がぶつかり合う音が聞こえた。ケイナンが間合いを詰めてレトに剣を振り下ろしたのだ。レトは受けるだけで精いっぱいの様子だ。

 「レト……」

 ルッチの口から心配そうな声が漏れた。

 「体力の少ないところがレトちゃんの課題ね」

 ガイナスが腕を組みながらつぶやいた。ルッチはガイナスに怒りの視線を向けた。

 「何が体力の少ないところが課題だ。そういう問題かよ!」

 「あなた、レトちゃんを信じていないの?」

 ガイナスは平然とした様子で尋ねる。ルッチの目が驚きの表情に変わった。「何だって?」

 「レトちゃんは、あの『緑龍』に勝った子よ。たとえ熟練のケイナン相手であっても、簡単に負けはしないわ。それに、そろそろ、レトちゃんの強さをケイナンも思い知るところよ」

 ガイナスは広場を指さした。ルッチはつられるように視線を移した。

 レトは相変わらず苦しそうな表情だ。だが、ケイナンも苦しそうな表情が浮かんでいる。

 「さすがに疲れるわよね。あれだけ打ち込んでも打ち崩せないんだから」

 ガイナスの言葉で、ルッチはハッと気づいた。「レトの目か!」

 「そう。あの子はとにかく目がいい。観察力にも優れ、洞察力も高い。初めは、勝手の違う相手に苦戦したようだけど、あれだけ打ち合えば相手のクセや戦い方も見極められるようになる。本当の勝負はこれからよ」

 ガイナスの言葉に、ダイダロンが顔をしかめた。「そうだな。俺もあいつの『目』にやられたんだ」

 ケイナンは徐々に焦りが募っていた。初めは、レトの動きが手に取るようにわかって、あしらうことができたのだが、今では危ないと思うところに剣が突き出されるようになっていたのだ。

……こいつ……、なかなか粘りやがる。こいつもそれなりに死線をくぐり抜けてきたってことか。それにしても、俺が一本取ることができねぇなんてな……。

 ケイナンはレトの剣をかわしながら考えた。レトは下段中心の攻撃だが、基本に忠実でわかりやすい。もし、剣術の教練であれば、レトはいいお手本になるだろう。

……だがな、戦いってのは教科書通りにはいかねぇんだ。俺も『メリヴェール剣術』を叩き込まれたクチだが、実戦で使えるよう俺なりに型を変えてあるんだ。俺の体格に合わせた変則的な型。俺はこの型で、冒険者として名を上げたんだ。簡単に打ち崩せると思うなよ!

 ケイナンは思い切り踏み込んでレトの頭上に一撃を放つ。レトはさらに踏み込んでケイナンの目前に迫った。

 「何!」

……こいつ、よけるどころか踏み込んできやがった!

 ケイナンは飛びずさって間合いを取った。胸もとの服に切れ目が入る。レトの剣がかすったのだ。

 「こいつ、俺を斬るつもりか!」

 ケイナンは大声をあげた。ルッチはダイダロンの脇から顔を出した。

 「だから、やめろって言ったんだ。レトは手加減の仕方なんて知らないんだ!」

 「へっ! 面白れぇ!」

 ケイナンは吐き捨てるように叫ぶと、剣を振り上げた。

……こんなことで死ぬようなら、俺は息子を救えねぇ!

 ケイナンは一気に間合いを詰めると剣を振り下ろした。

 「瞬歩か! 早い!」

 ルッチが叫んだ。

 レトはごろごろ転がりながらケイナンの剣をよけると、汗を拭いながら立ち上がった。

 「ケイナンさん。そろそろやめにしますか。剣だけでも僕に一本取れないんですよ。僕が持てる力すべてを出せば、簡単に勝負がつきますよ」

 それを聞いたケイナンは顔を真っ赤にさせた。

 「ふざけたことを言いやがって! それって何だ? 魔法を使えば、俺を倒せるって言うのか? やってみろよ、お前の持てる力すべてってやつを!」

 「いいんですか?」レトがとぼけたように聞き返す。

 「しつこい!」

 ケイナンは再び間合いを詰めた。レトに呪文を唱える余裕など与えるつもりはない。息が上がるまで追い詰めれば、魔法など使えるはずがないのだ。

 レトはケイナンの動きを静かな目で見つめながら剣を天に突き上げた。

 「『緊縛の陣』!」

 あたりに雷が落ちたような轟音が響くと、ケイナンの全身がまばゆく光った。

 「ぎゃああああ!」ケイナンは絶叫の声をあげた。

 「な、なんだ!」

 まばゆい光に目がくらみながら、ルッチは叫んだ。ガイナスたちと同じように片腕で光を遮る。

 目がくらむほどの光が消え、周囲の者たちは恐る恐る目を開けた。そして、広場の様子を見て息を呑んだ。

 ケイナンは地面から少し身体が浮いた状態で硬直していた。両腕を広げ、まるで目に見えない十字架にかけられたようだ。

 「『緊縛の陣』、だって?……」

 ザバダックは目を大きく見開いてつぶやいた。「いつ魔法陣を敷いたんだ?」

 「大掛かりな魔法陣なので、仕込むのに時間がかかってしまいました」

 レトは額の汗を拭いながら言った。ケイナンは強力な魔法陣に拘束されて気を失っている。

 「……まさか、剣を振りながら地面に魔法陣を仕込んでいたのか」

 ルッチは信じられない表情でつぶやいた。ガイナスは苦笑している。「さすがに、予想の斜め上を行っているわね」

 「この剣は魔法伝導がすごくいいです。おかげで剣を振りながら魔法陣を描くことも可能でした」

 レトは剣を掲げて見せながら説明した。数人の男たちがケイナンに駆け寄っている。レトは剣を鞘に納めるとケイナンの身体がぐらりと揺れて、ケイナンは地面に倒れた。ケイナンを拘束した術が解除されたのだ。

 しばらくケイナンの様子をうかがっていた男が顔をあげた。「命に別状はない。気を失っているだけだ」

 レトはくるりとルッチたちが立っているほうへ身体を向けた。まじめくさった表情だ。

 「ところで、僕が『何』の仕方を知らないって?」

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