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あのとき(その2)【scene18】

18


 ケインはリオンの背中に取りついて、リオンをグインから離そうとした。

 「いったい、どうしたんだ、リオン? いきなりグインさんにつっかかるなんて……」

 リオンはケインの手を振りはらった。「グインさん!」

 「どうかしたのか、リオン? やつらはどうしている? この事態は何だ?」

 グインはリオンの肩越しに目をやりながら尋ねた。グインの視線の先には戸の閉まった山小屋が見える。

 「やつら……、誘拐犯どもでしたら俺が仕留めました。ふたりとも全員です」

 リオンはまだ血のりの残る剣を持ち上げて見せた。グインたち3人の顔色が変わった。

 「殺……した……?」

 リオンはうなずいた。「やつらは小屋の中に転がっています。確かめますか?」

 グインはその場を動かなかった。困惑した表情でアルとヒッポの顔を交互に見ている。リオンはその様子を蔑んだ表情で見つめながら口を開いた。

 「どうかしましたか? 段取りが狂って混乱しているのですか?」

 「おい、もうよせ、リオン。お前、さっきからどうしてグインさんにつっかかっているんだ? 段取りが狂ったって別に問題ないじゃないか。誘拐犯は倒したし、お嬢様は無事なんだろ?」

 ケインが再びリオンの肩に手をかけようとする。リオンはその手を振り払った。

 「ケイン。俺が言う段取りは、誘拐犯との取引や捕縛の段取りじゃない。偽装誘拐の段取りの話だ」

 ケインは目を丸くした。「偽装誘拐?」

 「この誘拐は仕組まれたものだ。そして、その首謀者は……グインさんだ」

 ケインはリオンとグインの顔を交互に見た。ケインはまったく事態が呑み込めず、完全に混乱している。

 「仕組まれている? 首謀者がグインさん? リオン、俺には何が何やらさっぱりだよ」

 リオンはケインに顔を向けた。

 「ケイン。誘拐犯の男は、死に際にこう言った。『俺は裏切られたのか』。そして、俺の顔を見ながら本当にグインさんの仲間なのか、本当なら、お前はバカをやったと言い残した。段取りが無茶苦茶になったからだと」

 ケインは黙って聞いていたが、まだ理解できなかった。ただ、誘拐犯の死に際の言葉に引っ掛かるものを感じるのは同感だった。

 「誘拐犯は周囲の警戒をまったくしていなかった。油断していたというものではない。まるで、自分たちが安全だと確信しているような雰囲気だった。実際、そうだったのだろう。だから、俺の襲撃を受けたとき、裏切られたと言ったんだ。ここで大人しく待っていれば、誰かが金を持って来る。やつらはそこから分け前をいただいて姿を消す。それがやつの言う段取りだったんだ。それを俺が台無しにした」

 「それは、執事が身代金を持って来ると信じていたからだろ? やつが裏切られたと言ったのは、まさかライデック伯が用心棒を用意すると思っていなかったからじゃないのか?」

 「じゃあ、なぜ、誘拐事件は俺たちが依頼を果たした直後に起こった? まるで俺たちが依頼を終えるのを待ち構えていたかのように。そうであるなら、やつらは俺たちを監視していただろう。俺たちが近くの宿に泊まることも確認できたはずだ。それなのに、そんな警戒もせずに、やつらは事件を起こした。ライデック伯は当然のようにお嬢さんを救い出すよう俺たちに依頼してきた。なぜなら、駐屯軍は近くにおらず、すぐ連絡のつく冒険者は俺たちしかいなかったからだ。どういうわけか、すぐにライデック領を立ち去らなかった俺たちがな」

 「たまたま、だろ?」

 リオンは首を振った。

 「この事件におかしな点はまだある。誘拐犯は屋敷という人目に付きやすい場所からお嬢さんをさらった。見つかる危険の高い犯行だ。失敗の危険も高い。それなのに犯人はまるで急ぐように事件を起こした。さらに居場所を知らせる手紙も残した。そんなことをすれば、山小屋は俺たち用心棒に囲まれて逃げられなくなるじゃないか。取引を持ち掛けるなら、自分の居場所を教えたりはしない。追手に囲まれる危険があるからだ。犯人は、わざわざ成功の可能性が低いやり方で、この誘拐を実行しているんだ」

 「それは犯人がバカだからだろ?」

 「本当にバカなら、駐屯軍が間に合わない10時なんて絶妙な時間を指定などしない。いや、できない。俺たちだけが間に合う時間。これが重要なんだ」

 ケインは反論の言葉を失って黙った。

 「そして、グインさんはライデック伯の屋敷でおかしなことを口にしていた。身代金の受け渡しについて話をしていたとき、グインさんは誘拐犯のことを『やつら』と表現した。まるで犯人が複数であることを知っているように」

 リオンがグインに冷ややかな視線を向けると、グインは苦笑を浮かべた。「おかしいか? お嬢さんを屋敷で誘拐するなんて、単独では無理だと思ったんだ。そこで、つい『やつら』と言ってしまった。勝手な思い込みの発言さ」

 「俺がグインさんを怪しいと思ったのは、犯人のひとりに見覚えがあったからだ。あいつは、昨日、旅籠を出る直前にグインさんと話していた男だ。俺は男の団子鼻を覚えていた。あまりに特徴的な形だったから。グインさんは、あのとき、誘拐の手筈についてあいつと打ち合わせをしていたんだ」

 「おいおい、リオン、いい加減、俺にぬれぎぬを着せるのはやめにしないか? 言っただろ? ただ道を尋ねられただけだって。俺はあんな禿げ野郎と知り合いじゃないぜ」

 グインの言葉に、リオンは大きくため息をついた。

 「では、あなたはなぜ、団子鼻の男が禿げていると知っているんです? 旅籠で見かけたとき、男はつばの広い帽子を目深にかぶって頭を隠していた。そして今、山小屋で倒れている男の現在の姿を、あなたはまだ見ていない。俺が戸を閉めて、小屋の中を見えないようにしているからです。それなのに、あなたは男の頭のことを、どうしてわかるんですか?」

 ケインは大きく目を見開いた。「グインさん……」

 「答えは単純です。あなたと団子鼻の男とは既知の間柄だった。男の頭に髪の毛がないことを知っているほどの」

 「グ、グインさん、どうして……」

 ケインはうろたえた声を出した。グインはケインを睨みつけ、「黙ってろ、ケイン!」と鋭い声をあげた。

 グインはリオンも睨みつけると、大きく鼻を鳴らした。

 「お前、いい気になって、ずいぶんとくっちゃべっているが、本当にバカ野郎だぜ。せっかく、俺がいい金儲けの方法を手配したってのに。お前、全部、ダメにしやがって」

 「グインさん、それはどういう……」ケインが問いかけると、グインはそれをさえぎるように手を振った。

 「お前たち、俺たちがどういう状況にあるのかわかっていないだろ? はねっかえりのお嬢さんの帰省を護衛した後、俺たちに仕事はねぇんだ。ギルドに行ったところで、最近はロクな依頼がありゃしねぇ。あのライデック伯は金持ちのわりには、かなりのお人よしだ。ここで、さらわれたお嬢さんを救い出すなんて手柄を挙げりゃ、専属の用心棒として雇ってもらえるかもしれなかったんだ。お嬢さんからの強力な口添えもいただけるよう、お前をあてがってやったんだろうが、リオン!」

 「じゃ、じゃあ、本当に、これはお芝居だったんですか……」

 ケインは衝撃を受けた表情でつぶやいた。

 「それだけじゃないでしょう」

 リオンは低い声でつぶやいた。

 「あなたは身代金もせしめるつもりだった。だから、ヒッポさんに執事の役をさせた。身代金と引き換えにお嬢さんを救い出せたことにすれば、身代金も自分のものにできる。誘拐の実行犯たちには、身代金から手間賃と口止め料を払う約束をしていたんでしょう」

 「問題か? ライデック伯は、身代金は取られても構わないとおっしゃっていたんだ。娘さえ取り戻せれば、金のことは諦めてもいいってな。だったら、俺たちが頂戴してもライデック伯は金の行方を追おうとはしないだろう。5千万リューだぞ。誘拐役に1千万渡しても、4千万リューが手元に残るんだ」

 「ライデック伯がすぐに支払える金がどれだけか、誘拐犯が把握していた理由はそれですか。あなたが内部から調べたからですね?」

 「顧客の支払い能力、財務事情を確かめるのは当然のことさ。そのとき、金庫の中にどれだけの現金を保有しているか、偶然知ることだってあるだろ」

 グインの態度にはまったく悪びれるところがなかった。堂々と自分の悪事の解説をしている。そのことにケインは言い知れない恐怖を抱いた。どうして、ここまで完全に開き直ることができるのか。その心理がまったく理解できないからだ。グインの心情を理解する手掛かりは、これまでの経緯の中に少しだけ見られる。グイン団は経済的に先行きが不安な状態にあった。ギルドからの仕事のあっせんは、あまり期待が持てなかった。そのとき、ちょうど目の前に用心棒を雇っていない金持ちの貴族がいる。その貴族から危機感を煽り、用心棒の必要性を感じさせれば、自分たちは雇ってもらえるはずだ。ただし、相手の危機感を募らせるには凶悪な事件が必要だ。とは言っても、そう都合よく凶悪事件が発生するわけではない。だったら、その事件を作ってやればいい。用心棒が必要だと思えるほどの事件を。

 「いいか。俺たちの計画通りに事が運んでいれば、お嬢さんは男前の貴公子に身の危険から救ってもらえるという、おとぎ話みたいな気分を味わうことができた。誘拐役のふたり組は約束の報酬を手に、どこかで飲んだくれることができた。俺たちは予定以上の報酬を手に入れ、さらには次の仕事も手に入れることができた。誰も傷つかない。誰もが幸福でいられたんだ。それを……」

 グインは蔑んだ顔つきでリオンを指さした。

 「お前が、全部台無しにしやがった! 誰もが傷つかずに済んだものを、わざわざぶっ壊しやがって。こうも大げさになったら、軍に引き継ぐしかないだろうが。この金だって全部ライデック伯に返すしかない。ただの用心棒代だけで満足しなくちゃならないんだ。わかるか? お前がどれだけの下手を打ったのかってことに!」

 「あなたがやろうとしているのは、他人をペテンにかけることです。それが正しいことでないことはわかるはずだ!」

 リオンは負けじと言い返す。リオンの反論に、グインはうっとうしそうな表情を浮かべた。

 「また、『正しいこと』か。お前の『正しい』はいい加減、聞き飽きたぜ。そういう青臭いことを言うから、この計画を教えられなかったんだ。関わらなくてもいいように、時間のかかる方角から来させたっていうのに。こっちの気遣いを無駄にしやがって」

 「気遣い、だって?」

 今度はリオンが蔑んだ表情になった。リオンの表情を見ると、グインの顔つきがみるみる凶暴なものに変わった。

 「何だ、その顔は? いいか、お前がこれまで飯を食えたのは、俺が汚い仕事をたまに引き受けてやったからだ。お前が食ってきたものには、お前の言う『正しい』こととは真逆のことで稼いだ金で手に入れたものも含まれてんだ。お前はとっくに『正しくない』存在なんだよ」

 リオンの顔つきが一瞬、驚愕のものに、そして、すぐ苦渋に満ちたものへと変わった。

 「そんなお前が俺に道理を説くのか、ええ? 偉そうなことを吠えているが、お前は俺たちと同じ『汚れもの』なんだよ。ずいぶんな口をきく『汚れもの』だよな、おい」

 リオンは歯を食いしばってグインを睨む。握りしめたこぶしはぶるぶると震えるが、それ以上のことはしない。いや、できないのだ。グインはそれを見てとると、勝ち誇ったように嘲り笑った。

 「は! 見ろよ、こいつ、だんまり決め込んじまったぜ。ようやく、自分がただの粋がったガキだと理解したようだ。おい、ケイン。お前はどうだ? お前も俺に説教するつもりか?」

 「せ、説教……だなんて……。し、しかし、これは犯罪なんですよ。世の中きれいごとじゃすまないから、なんて言い訳通らないですよ」

 ケインはうろたえながらも抗議した。グインはそれを聞くと「けっ!」と短く吐き散らした。

 リオンは一歩下がると、剣を握り直して身構えた。

 「投降してください、グインさん。あなたたちを駐屯軍に引き渡します」

 「バカか、お前は!」

 グインは顔を真っ赤にして怒鳴った。

 「そうなれば、お前だってただではすまないんだぞ! 下手すりゃ、お前だって共犯で捕まるかもしれないんだ。お前がやろうとしていることはバカ以外の何ものでもねぇ!」

 「何度も言いません。投降してください。さもなければ本当に斬ります」

 「よ、よせ、リオン! お前、グインさんを斬るつもりなのか!」

 ケインは後ろからリオンの肩をつかんだ。リオンは肩だけを動かして、ケインの手を振り払った。

 「放せ。ここで行われていることは正しいことじゃない。俺はどうあっても正しいことをしなければならないんだ。たとえ、俺がどうなろうとも」

 「……本気か、クソっ!」

 グインは一歩下がると剣を抜き放った。グインの動きに合わせて、アルとヒッポも剣を抜いた。

 「グ、グインさん!」

 ケインの声には絶望的な響きがあった。ケインはどう行動すればいいかわからなくなっていた。グインは構えを崩さずにケインを見た。

 「おい、ケイン。お前はどっちの味方だ? やっぱり、友だちの側につくか?」

 「そんなことを言わないでください! 皆さん、とにかく剣を下ろしてください。まず、落ち着いて話し合いましょう。俺たちが殺し合うなんて、おかしいです! リオンも剣を下ろすんだ!」

 リオンはグインから目をそらさずに言った。「いやだ」

 「リオン!」ケインは叫びながら思った。

……だめだ……。こうなったらリオンは止まらない。戦闘はもう避けられない……。俺はどうする? もちろん、リオンの味方をするに決まっている。だが、俺たちでグインさんたちに勝てるか? 俺たちはグインさんたちに稽古をつけてもらっていたが、その間に一度もグインさんから一本取ったことがなかったじゃないか……。

 ケインはそう考えながらも剣を抜いた。ケインとしては悲壮な覚悟だった。しかし、その表情が困惑のものへと変わる。対峙しているグインたち3人の表情が変だったからだ。3人ともケインはもちろん、リオンさえ見ていなかった。3人の視線はリオンたちの背後に向けられていて、顔をこわばらせて凍り付いている。

 「何だって……、こんなところにやつが……」

 グインはようやく声を漏らした。恐怖に震えた声だった。ケインはグインに騙されているのか疑いながらも背後に目を向けた。そして、グインたちと同じように凍り付いた。

 山小屋の屋根の上に、1匹の獣人がしゃがんでこちらを見つめていた。むき出しの上半身は真っ白な体毛で覆われている。ピンと立った大きな耳と獲物を見逃すまいとする鋭い目。その顔は白い虎そのものだった。虎面族の獣人だ。しかし、今、この世界で白い虎の姿をした獣人はひとりしかいない。

 「よう、どうしたい? 殺し合うんだろ? さっさと始めろよ」

 煽るように話しかけた獣人は、『白虎』オズロだった。

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