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第七章 緑龍ふたたび リザードマン急襲【scene1】

これまでのあらすじ:

魔の森『ミュルクヴィズの森』に足を踏み入れた勇者の団は、ゴブリンの村を発見し検分を行なう。その結果、この村と魔侯軍のつながりは見つからなかった。勇者の団は村をそのままにして進軍を再開するが、検分での矛盾点に気づいたリオンが村に戻り、村が魔侯軍とつながっていることを確かめてしまう。リオンは村を全滅させることで後顧の憂いを断った。あくまで味方のための正義とつぶやくリオンだったが、彼自身は自分の行為を完全に正当化できていなかった……

1


 「お前、やっぱりすごいなぁ」

 ルッチはレトの隣に並んで話しかけた。両手を頭の後ろに組んで、やや空を仰ぎ気味に歩いている。

 「何がです?」

 レトは手のひらの上で木の実を転がせていた。手を回して動かすのではなく、手のひらで小さな風の渦巻きを起こして転がしているのだ。

 「森に入って3日。木の葉を使った修業を終わらせて、もう次の修業だもんな。たぶん、異常な早さだぜ」

 レトは手のひらから視線をそらさないようにうなずいた。

 「参謀も早いとおっしゃっていました。ですが、基礎訓練だから、これができるだけじゃ役に立たないようなんです」

 「役に立つ魔法はいつ教えてもらえるんだ?」

 「実は、もう教えてもらっています」

 「何だって?」

 レトは自分の頭を指さした。「参謀は僕の頭の中に、いくつか術式を送り込んだのです。と言っても、今の僕ではほとんどが意味不明の術式です。僕が魔法の感覚をつかむと、術式のどれかが自然に理解できるようになる、とおっしゃっていました」

 「そんな方法で魔法が使えるようになるのか? だったら、俺の頭の中に外国語や経済理論を送り込んでもらったら、勉強せずに身につけられるのか?」

 レトは苦笑して首を振った。

 「そんな簡単に『ものぐさ』なことができるわけじゃないですよ。さっきも言った通り、いくら情報として頭に入っていても、意味不明では使いこなせないんです。それに、つねにその術式を頭に思い浮かぶようにしなければ、いずれ忘れてしまうそうです。ひとの脳というのは、理解できないものは忘れようとする性質があるそうなので」

 「じゃあ、忘れないうちに使えるように、いや、理解できるようにしなくちゃいけないのか」

 ルッチは面倒臭そうな表情になった。簡単な学習法かと思ったが、思っていた以上に面倒なようだ。

 「魔法の力を借りていますが、一般的な勉強法のひとつだそうです。ある部族では、彼らの聖典を小さいうちに丸暗記させるそうです。まだ言葉も話せないうちにです。ですが、言葉を覚えるにつれて、聖典の内容が理解できるようになり、学習能力も飛躍的に上がるそうです。僕はその丸暗記の部分を魔法の力で時間短縮しただけなんです」

 ルッチはため息をついた。「結局、努力は必要ってことか……」

 「そういうことです」

 レトは苦笑いをルッチに向けたが、すぐ自分の手のひらに視線を戻した。

 「すると、この基礎訓練の最中に、いきなり魔法の使い方が理解できるようになるのか?」

 ルッチの質問に、レトは視線を手のひらに向けたままうなずいた。「そのための訓練だそうです」

 レトが説明した魔法の修業は、どことなく剣の修業に近いところがある。ルッチはそう感じた。剣の修業も、素振りを繰り返して基本の動作を身体に覚え込ませる。技の修練は上級者の動きを見るだけである。そして、自分の基礎部分ができ上ってくると、技も自然と使えるようになるのだ。仮に手取り足取り技の動きを教えられても、満足に剣が触れない状態では、技が身につくことなど決してないのだ。

 「ちなみに、どんな魔法の術式を教えられているんだ?」

 「それが……、どんな魔法なのか、まったく教えてくれないんです」

 「はぁ?」

 「ただ、術式を頭の中に送り込まれているだけなんです。意味不明って言うのは、大げさでも、あいまいに表現しているわけでもないんです。本当に意味不明。何の術式であるか、まったく知らされていないんです」

 「あのおっさんが意味不明だな。レトに魔法を教える気があるのか、無いのか」

 「僕にできるのは、こうして小さな風の魔法を繰り返すだけです。参謀がおっしゃったように、突然、頭の中に術式が展開されるまでです」

 「何か、気の長い話だなぁ」

 ルッチは呆れた口調で言ったが、急に口をつぐんだ。レトも手を握って、魔法を止めた。

 「……気づいたか?」ルッチは小声で囁いた。

 「なんとなく。誰かに見られている気配がします」

 「勘違いじゃないわよ」

 ふたりの後ろを歩いていたガイナスが道の脇に視線を向けた。

 「殺気が無いから気づきにくかったけど、誰かがそばにいるわ……」

 そのとき、草むらのひとつが揺れたかと思うと、黒い影が彼らの前に飛び出してきた。

 「何!」

 ルッチは自分の剣に手をかけた。黒い影はまっすぐレトに向かってくる。レトも剣に手をかけようとしたが、手のひらの木の実が邪魔して、一瞬遅れた。影はレトにぶつかった……ように見えた。

 次の瞬間、レトの身体が高々と持ち上げられると、影は身を翻して草むらに飛び込んだ。

 「レト!」

 ルッチは剣を抜いて草むらに飛び込んだ。

 「リザードマンが……、レトちゃんをさらった……?」

 ガイナスは呆然とつぶやいた。周囲の者も驚きの声をあげた。

 「何だ。今のは?」

 「一瞬だが、リザードマンで間違いないよな?」

 オーギュストやデュプリが口々に言い合っている。

 「ルッチを追うぞ! あいつひとりで追いかけさせるな!」カイルが草むらに飛び込みながら怒鳴った。

 「カイル班だけで追跡するわ」

 ハイデラはかたわらにいた者に声をかけると、自分は小型の弓を手にカイルの後を追った。

 呆然としていたガイナスも我に返ると、背中にぶら下げていた大剣に手をかけて走り出した。

 残されたほかの班の者たちは、後を追うべきか判断がつかず、困惑の表情でそれぞれ武器を手にしていた。ほかのリザードマンが現れないか警戒して、隊列から離れることができないのだ。

 「何だ、何の騒ぎだ」

 ウィル・フリーマンが駆け寄って尋ねた。

 「どうも、敵襲なんだが……」

 リッグが頭をかきながら答えた。

 「敵襲だと?」ウィルは剣に手をかけてあたりを見回した。

 「現れたのはリザードマン1匹らしい。カイル班のレトをさらって、森の奥に逃げ込んだんだ」

 「レトをさらっただって?」

 ウィルは森の奥に目をやった。小さく揺れる影がいくつか見える。後を追うカイル班の誰かのものだろう。

 「どうする? 俺たちも後を追うか?」リッグはウィルに尋ねた。

 「いや、待て。さらわれたのはレトひとりだけなんだな。これは俺たちを分断する敵の策かもしれん。後を追った者は敵の待ち伏せに遭うかもしれない」

 「待ち伏せって……、それじゃ、カイルたちが危ないんじゃ……」

 「カイルはうかつな男じゃない。ギリギリまで後を追って、そこで状況が厳しいと見れば、追跡を断念して引き返すさ」

 「じゃあ、レトは諦めることになるな」

 リッグはため息交じりにつぶやいた。

 「あのリザードマンの動きは半端ねぇくらいに速かったからな……」

 カイルたちは間もなくルッチを連れて戻ってきた。『勇者の団』は一時の騒ぎも落ち着いた様子で彼らを迎え入れた。リッグが予想した通り、カイルたちはレトを取り戻すことができなかった。

 「これだけ樹の生い茂った森の中を駆け抜けるなんてな。リザードマンの身体能力は驚異的だな」

 カイルはウィルの元に報告がてら感想を述べた。ウィルは「まったくだ」とうなずくと、

 「君たちの仲間では、さらわれたのはレトひとりだけなんだな?」と尋ねた。

 「ああ、そうだ。レトひとりだけだ。なんでまた、レトをさらったりしたのか……」

 カイルはそう答えると、顔つきを変えた。

 「俺たちの仲間では? ほかにさらわれた者がいるのか?」

 ウィルは顔の向きを変えた。隊列の前方を向いたのだ。

 「あとひとり、別の隊の者がな……」


 「いいんスか、ドラルク様。標的をリオンから別の者に変えちまって……」

 ピューイがドラルクに声をかけた。森の奥にそびえる岩山の頂上である。そこで、ドラルクは腕を組んで部下の帰りを待っていた。

 「俺の標的は変わっちゃいない。まずはレト。そして、リオンだ。順番をつけたのは、そうしなければ俺の中で心の整理がつかねぇからよ。それによ、お前だって、食事のときは好物を最後の楽しみに残しておくだろ? リオンは最後のお楽しみなんだよ」

 「そっスか? 俺っちは、横取りされるとイヤなんで、好物は真っ先に喰っちゃいます」

 「混ぜっ返すな、この野郎」

 ドラルクは不機嫌そうに鼻を鳴らした。10数匹の仲間だけで、『勇者の団』と戦うのは無謀である。そこでドラルクは、『勇者の団』からレトだけをさらわせて、一対一の戦いでレトを始末するつもりだった。以前ならそうは考えなかったが、今はある程度慎重な物の見方をするようになった。部下に不意をつかせてレトだけを暗殺させる方法もあるが、ドラルクはそんな手段を取りたくなかった。レトをただ殺したいのではない。「自分の手で」レトを殺したいのである。それはリオンに対しても同じだった。

 ドラルクが一対一に戦いにこだわるのは、胸の奥の痛みに原因がある。これまでは殺すことは、息をすることと変わらないことだった。周囲の敵はただ殺すだけだ。特に感情も思考も必要ない。弱肉強食の世界では、当たり前の摂理でしかないことだ。しかし、強敵に出会えたときだけ、ドラルクの心は躍り、楽しいと思えたのだ。殺すことは好きではなかったが、戦うことは何よりも好きだったのである。それが、メネアでの敗北が一変させた。「戦うこと」を意識すると、胸の奥にキリキリと刺すような痛みを感じるのだ。レイシアは「心の傷」だと説明した。敗北の記憶が、この目に見えない傷をうずかせている。

……だからこそ、レトは俺自身の手で葬らなければならない。一対一の勝負でやつをぶち殺せたら、俺の胸の傷はふさがるはずだ……。

 ゴツゴツと岩を蹴る足音が響き、部下のひとりが姿を現わした。手には大きな革袋をぶら下げている。何か生き物が入っているらしく、なにやら蠢いていた。

 「ドラルク様、さらって来ましたぜ」

 部下は革袋を岩肌の上に投げ降ろした。固い岩にぶつけられて、革袋から呻き声が漏れた。

 「ご苦労」

 ドラルクはゆっくりと向き直ると、ニタリと笑みを浮かべた。そして、あごをしゃくって革袋を指した。「出せ」

 部下は革袋にかがみこむと、革袋の口に手をかけた。そこは丈夫な紐でくくられていたのだ。部下は手早く紐を解こうとしている。

 「おい、レト。これから俺と一対一の果し合いをしてもらうぜ。お前には俺がこれからも『緑龍』として生きていくための糧となってもらう。なぁに、死にたくなければ、俺に勝ちゃあいいのさ。この戦いに誰の邪魔はさせない。俺と、お前だけだ。お前は、お前が持てるすべてを出せばいい。俺はそのすべてを叩きのめして『緑龍』復活を成し遂げる」

 ドラルクは一気に語り終えると、ビシイっと人差し指を革袋につきつけた。

 部下は紐を解き終えると、袋をひっくり返した。中からは両腕を縛られた、小柄な青年が転がり出た。身体に似合わないほど大きなポーチを腰につけている。6番隊デル班のアントニイだった。アントニイは大柄なリザードマンたちに囲まれて、明らかに怯えた目をドラルクに向けた。ドラルクは一瞬ぽかんと口が開いたが、すぐに我に返った。

 「誰だよ、コイツ!」

 ドラルクはアントニイを指さして怒鳴った。


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