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第一章 戦場に集(つど)う者たち プロローグ【scene1~2】

『こちらメリヴェール王立探偵事務所』シリーズに連なる物語ですが、そちらの主人公メルルが登場しません。その意味では独立したものです。また、この物語の顛末は『こちらメリヴェール王立探偵事務所』のあちこちで言及されているので、結末はすでに明らかです。そのため、この物語は「どういう結末になるのか」ではなく、「どうしてそうなったのか」が主眼になります。ただ、本編に興味がない方にも楽しんでいただけるよう、いろいろな仕掛けを仕込んでいこうと企てています。本編のジャンルはミステリですが、こちらはミステリ的なものはあっても、あくまで戦記物のファンタジーです。

1


 「こちらは全然ダメです。まったく息をしていません!」

 「こいつは全身ぐしゃぐしゃです! 話になりません!」

 人里はなれた山奥に、あちこちで怒号が飛び交っていた。急峻な崖の上である。時刻は昼下がりを過ぎた頃だが、空が曇っているせいであたりは暗い。周りは幹の太い樹々に囲まれ、地面は落ち葉で覆われていた。その落ち葉の絨毯はところどころで朱色の水たまりができている。血の水たまりのかたわらに何体かの遺体が横たわっていた。兵士は遺体の様子を確認すると、次々と白い布をかけていく。白い布はみるみる赤く色が変わり始めた。

 「やられたのは何人だ?」

 現場を指揮しているらしい年配の兵士が部下に尋ねた。豊かな口ひげを蓄えている。この部隊の隊長だ。

 「は。3名であります。3名とも即死かと」

 「無事なのは、あそこで震えているお嬢ちゃんと……、あの男か」

 隊長は凄惨な現場から離れたところの一団に目を向けた。

 そこには栗色の髪の少女が毛布を被ってうずくまっていた。かたわらで女性の兵士が肩に手をかけているが、放心した表情でガクガクと震えている。まつ毛の長い、美しい少女だ。その近くで鋼鉄の鎧をまとった男が両脇を兵士に支えられながら大声をあげていた。

 「リオンは? リオンはどうなっているんだ!」

 「あれは、元気だな」隊長は冷めた表情で男を見つめている。

 「『あれ』に襲われたとき、この崖から墜ちたそうです。ですが、崖下の樹の枝や落ち葉のおかげで、軽傷で済んだそうです」

 「いるもんだな、ツイてる奴ってのは」

 隊長の言葉に、部下は首を振った。

 「ツイてるなら、『あれ』に出くわしたりしないでしょう。あの『白虎びゃっこオズロ』に」

 「言われりゃ、そうだ」

 隊長たちの元へ、ひとりの兵士が近づいてきた。さきほど叫んでいた男のそばにいた兵士だ。

 「隊長、あの男から少し詳しい話が聞けました。彼らはライデック伯に雇われた冒険者で、誘拐犯にさらわれた伯爵の娘を奪還するためここに来ていたそうです。娘を保護し、誘拐犯を討ち取った直後に、『白虎オズロ』に襲われた模様です。誘拐犯の遺体は、ここから少し奥へ進んだ先にある小屋の中にありました」

 「任務クエストの最中に襲われたのか」隊長はうなずいた。状況はおおよそ飲み込めたのだ。

 「しかし、こんなところで『白虎』に出くわすとはな。有名な冒険者でもアイツの姿を見たら逃げると聞くぞ」

 「我々だって出くわしたらまず逃げの一手です」兵士はたしなめるように言った。隊長の口調に、のんきな部外者の響きを感じたせいだろう。

 崖とは反対側の斜面はゆるやかで、深い森になっている。その森から数人の兵士がひとりの男を担架に載せて現れた。

 「こいつはまだ生きているぞ!」兵士のひとりが大声で叫んだ。それを聞いて、少女のそばにいた女兵士が担架へ駆け寄る。

 「下ろしてください。回復魔法をかけます」

 「頼んだ」兵士は担架を下ろした。担架に載せられていたのは金髪の若い男だ。苦痛で顔をゆがめているが、それでもわかるほどの美男子だ。胸のあたりを真っ赤に血で染めている。

 「胸を潰されているんだ」ほかの兵士が女兵士に伝えた。女兵士はうなずくと、両手をかざして呪文を唱え始める。鎧の男が再び叫んだ。「リオン!」

 「聞こえたろ? 胸を潰されている。できる限りのことはするが、あまり期待をせんでくれよ」両脇の兵士を振り払おうとしている男に、隊長が近づきながら言った。その声は同情もみられない冷徹なものだった。

 「リオン! お前、勇者の血を引いているんだろ! そこでくたばるのか? 目を開けろよ、リオン!」隊長の声が聞こえないのか、鎧の男は叫び続けている。

 「きゃっ!」

 女兵士の叫び声が聞こえ、隊長は後ろを振り返った。そして、目を大きく見開いた。隊長が振り返った先には信じられない光景が展開していたのだ。

 女兵士は若い男から少し離れたところで尻もちをついている。若い男からはまばゆい金色の光が放たれていて、あたりの森を強く照らしていた。若い男から苦痛の表情が消え、まるで瞑想しているかのようだった。さきほどまで死んでいるかのように呼吸が止まっていたが、若い男の胸が上下に動きだすのが見えた。まったく動きのなかった手がぴくりと動き、まぶたが震えて今にも目を開きそうだ。光に包まれて、若い男は息を吹き返しつつあった。

 「いったい何だ? 何が起きている?」隊長は困惑してつぶやいた。

――何が起きている?

 その答えは、間もなくこの国に住むものすべてが知ることになる。

 この事件の数か月後、人々はある報せを耳にした。

――勇者の末裔から再び覚醒者が現れた、と。


2


 ギデオンフェル王国の王都、メリヴェールに厚い雲が低くのしかかっていた。まるでそのまま王都を押しつぶそうとするかのようである。太陽の光をほとんど通さず、大通りを行き交う人びとには、不安そうに空を見上げる者もいた。嵐が近いと感じているのかもしれない。実際には、今の天候よりも地上のほうが嵐の只中にあった。

 ほんのふた月前のことである。通称『魔の森』と呼ばれるミュルクヴィズの森から、魔族の大軍が攻め込んできたのである。『魔の森』はギデオンフェル王国と魔族の国マイグランを隔てる、国境代わりのものだった。国境とするには森は分厚く、広大なものだ。魔族がギデオンフェル王国に侵入するには、かなりの障害になるほど深い森であった。魔族の国と隣り合わせと言うには、その距離は近いとは言えなかった。森による分断によって、ひとと魔族は明確に棲み分けされていたのである。そのせいもあって、魔族の姿を見るのはギデオンフェル王国でも珍しいことだった。とは言っても、魔族の侵入がこれまでなかったわけではない。狼型や熊型と類別される魔獣のたぐいはよく見られるし、『魔の森』に棲んでいる魔族は、しばしば人間の国で騒ぎを起こした。魔族や魔獣退治の冒険者や賞金稼ぎが職業として成立するのも、その頻度が少なくないことを示している。これまで起きているのは、その範囲内で語られることで、戦争と呼ぶほどの規模にはならなかった。その意味で、これまでのギデオンフェル王国はおおむね「平和」だと言えた。

 突如、その平和を打ち壊したのは、総勢3万を超える魔族の軍団である。ひとことで3万と言っても、ただの3万ではない。魔族は種類が多く、強いものも弱いものも存在するが、強いものは人間をはるかに上回る腕力と耐久力を誇っていた。一体で十人力と言える者も存在する。そうした者が含まれての3万である。人間側が対等に戦えるには10万以上の兵力は必要であると思われた。しかし、ギデオンフェル王国が国内の兵士をかき集めても、その10万には届きそうになかった。王国は触れを出して義勇兵を募り、諸国の貴族たちに応援を要請した。さらに周辺の国々にも援軍を送ってもらうように要請を出した。冒険者や賞金稼ぎの支援も仰いだ。

 要請の結果は芳しいものとは言えなかった。本来、王国に忠誠を誓い、王国の危機に馳せ参じるべき貴族たちも、同盟を結んだ周辺諸国も救援の動きが鈍かった。もっとも親密なトランボ王国のみが、いち早く援軍を送ったのみである。しかし、軍事力が高いわけではないトランボ王国の救援では、戦力はまだまだ足りなかった。冒険者や賞金稼ぎたちはいくらかの敵部隊を壊滅させるなど戦果をあげてはいたが、その規模は大きいものとは言えなかった。魔族たちはわずかひと月ほどで、アングリア、ポラトリス、セルネドの三つの城塞都市を陥落させていた。すでに千を超える兵士が命を落とし、それをさらに上回る人数の市民が犠牲になった。

 敵の勢いは弱まる様子を見せず、王国は王国成立以来で最大の危機を迎えていたのだった……。


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