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吸血姫、そろばんを弾く

「せいぜい百年経たず復活するだろと思ってたらなにこれ何百年経ってるのよ!? 城も跡形もないし! 化粧台もクローゼットも根こそぎなくなってる! 特注のべらぼうに高いやつだったのに! 手入れしてた庭もなくなってる! 薔薇園育てるのにそそぎ込んだ時間と金もパーじゃないの!

廃墟か何かになってるならともかく、基礎しか残ってないってなによ!? 魔力もほとんど残ってないしまた裸一貫からスタートとかやってらんないわよぉ! ていうに文字通りほんとに裸!」


 バンバンと机を叩きながら思いの丈をぶちまける。先ほどの兵士達を虐殺した際に見せた支配者の余裕など微塵もない。


「だいたいなんでほぼ魔力ゼロなのよぉお! 余裕面で出てきたら裸って! 下手したらただの頭のおかしい女だと思われるだけじゃないいいい!! なにが『百年くらいで復活できると思うわアハハハ』よ!? 全然話違うじゃんシャディール! あいつううう!!」


 そのまま倒れて床をゴロゴロと転がる。長い銀髪が散らばった。悠久を生きる真吸血鬼、というよりはもはや詐欺にあって不渡りをだしかけている個人事業者のような悲哀があった。


「主様、いかがいたしており……ああ、主様!!」


 扉を開き羊の角を持つ少女が顔をだす。急いで村人に麦粥を配り様子を見にきたのだ。悲惨なる主の姿にゼゼルは慌ててかけより、しゃがみこんだ。


「ああ、お労しい……このようなお姿に……」


 つっぷすラライの手を握りながら、頭をよしよしと撫でるゼゼル。まるでいつもこうやっているように。


「うぅ……もうやだぁ……裸スタートやだぁ……働きたくない……あんなに頑張ってもまた最初からなんてやだぁ……」


 ゼゼルの厚手のスカートにしがみつき、膝枕で弱々しく泣き言を呟く。


「なんでぇ……なんでまたゼロからやんなくちゃ……やだよぉ……お気に入りの家具もないし城もないしもうやだぁ……働きたくないぃ……だけど閉じこもる自宅もないよぉ……ホームレス吸血鬼になっちゃったぁ……」


「よしよし、主様は頑張ったんですよねぇ……かわいそうですねぇ……」


 優しく慰め続けるゼゼル。ラライの泣き言がやがて小さくなり、やがて止まる。しばらく間そのままの時間が過ぎて、やがて。


「……主様、そろそろ大丈夫ですか?」


「……うん」


「……頑張れそうですか? わたしもあまり状況よくわからないんですけど」


「……多分、頑張れそう」


「じゃあ頑張りましょう」


「……いよぉしッッ!」


 ガバッと美女が上体を上げる。長身と銀髪を翻し、夜の支配者は再び立ち上がった。


「立ち直りの儀式終了! さぁ仕切り直しよやるよやったるわやりゃいいんでしょ再スタート!」


「主様はメンタルは弱いですが立ち直りだけはものすごく早いところをわたしは本当に尊敬していますよ」


 ゆっくりと立ち上がるゼゼルの顔に、少しだけ疲れがあった。主のこういう性格に慣れてはいるが、やはり疲れる。そんな顔をしている。


「それにしても主様……なんですかその(ドレス)は……もう少し面積多くしたほうが……ただの痴女ですよそのドスケベデザイン。ていうか風邪ひきますよそれ」


「ドスケベっていうな。しょうがないじゃない、布地が稼げなかったのよ! 裸からスタートして慌てて血液集めて作ったのよ。外側だけで下着さえ作れなかったし! あとアンデッドが風邪なんかひくか!」


「ええ、その下ノーパンなんですか……ていうか裸って、まさか最初はそれで人前に……?」


 引き気味のゼゼルに、ラライは抗弁を続ける。


「目覚めたら全裸だったんだもん、どうしようもないわよ! 自信満々に出てきたら裸よ!? わかる? その時の私の内心の焦りとこっぱずかしさ!? 泣きながら逃げたいけど、見栄張って出てきてそっから逃げたらカッコ悪すぎるでしょ! 必死にこんなん余裕ですわー全然問題なしですわーって顔して大暴れしてやったわよ」


 支配者の余裕も、強者の隔絶も、すべては演技だ。透き通るほどの美貌の裏側、その内心はカツカツの魔力とその場をしのぐ計算で必死であった。 


「お労しい主様……でもゼゼルは嬉しいです。こんなわたしをまず最初にお側におくべく召喚してくださるなんて。主様の身を守るのに最適な眷属……無尽鋼(キャルリアッハ)海魔(ルルリア)破狼(ランガ)などいくらでもいたでしょうに一番に選んでくださるとは……あ、ランガはさすがに論外ですか」


 少女が微笑む。本当に嬉しそうだった。


「あ、お前召喚したのは召喚に使用する魔力が一番安く済むからね。あと食料作る能力が欲しかったから。もう少し魔力あったらまずキャルリアッハ喚びたかったところだけど」


 にべもない。今は主の頭はとにかくコスト最優先らしい。


「あ、そうですか……ところで魔力がほとんどないって……でも主様はわたしを再召喚する際に魔力を与えてくださってますよね? 約40人分ほども。主様は吸い取った血を己の魔力に換えられる吸血鬼の特性があるはず。わたし程度にそれほど渡すならば、主様もそれなりにもっていないと」


 血を魔力に換えることは吸血鬼の特質の一つ。魔力がないなら人間を餌に絞り尽くせばいい。


「最初に出くわしたやつらから搾り取った血は約65人分。あんた召喚して消費した分と渡した分があわせてざっと50人分として今の私には15人分の血液から作った魔力があるわね。ドレスの面積どころショーツも作れない理由がわかるでしょ?」


「そ、それだけ? わたしのほうが魔力多いじゃないですか!? なんで」


「ゼゼル、あれ貸して」


「へ?」


「あれ」


 ラライの指がなにかを弾く動作をした。


「あ、あれですか、はい!」


 ゼゼルが懐から取り出す。木製の道具。

 演算に使う補助具だ。つまりそろばんである。


「えーと、御破算で願いましては、老人と子供の比率がほぼ半々だから……あわせて食料は1.5人分と計算して1日三食で……いや二食に切り詰めるか……? 育ち盛りのガキンチョ多そうなのよねぇ……やっぱ三食か」


 パチパチと警戒に音を鳴らす。やがてジャラリとそろばんを振った。


「1日三食で25日は保つわね! あの聖騎士共がまた来るのが三日後として、森に逃がしておくならそれだけ凌げる。それまでに他の拠点を作るわ」


「あ、主様はあの村人を最後まで守るつもりなのですか……? わ、わたしはいずれ全て血を吸い尽くすつもりなのかと……ていう今聖騎士って!? 聖騎士と主様は戦ったんですか? その魔力がない状況で!?」



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