月の見えない大雪の日に
午前中に録画していた番組を全て見終わった。昼食も家にあったカップ麺で済ませた。罪悪感が芽生えきて食器を洗って風呂場の掃除をした。普段やってないせいか、気付いたら時計の短い針は3を差していた。それでもスマートフォンは十六夜からのLINEを受け取らなかった。そのままスマートフォンのキャラクターが描かれているアイコンをタッチしゲームを始めた。が、あまり上手くいかずにすぐに止め、ベッドの上で横になった。窓は真っ白な銀世界を描いていた。10m先の家すら見えないくらい雪が降り、今以上に積もりそうな予感がした。そんな傍ら、俊はいつの間にか夢を見ていた。俺と頭一つ分背が小さい十六夜が長くて綺麗な髪の毛から溶けて吹雪と一緒に消えていってしまうそんな夢だった。俺はベッドから起きてスマートフォンを取り出して十六夜に電話をかけた。「繋がってくれ……」そんな思いでスマートフォンを両手で持って右耳に近づけて寒さを堪えるために縮こまった。それは小さい頃に読んだことのあるマッチ売りの少女がマッチに火を着けるような体勢だった。耳に呼び出し中の軽快な音が流れる。それが俺の気持ちを鞭を叩くように焦らせた。そして、3回目の軽快な音が流れ終えた直後、スマートフォン越しにとろけるような甘い声が聞こえた。しかしその声は不機嫌に聞こえた。
「何?いきなり通話とか」
「あのさ……」
なかなか言い出せず、数秒間沈黙が現代の技術を使って2人のスマートフォンからスマートフォンへ流れた。
「だから何?」
「昨日さ、なんか、ごめん」
「え?あ、え?」
「なんかさ、なんか分からないけど、ごめん」
再び2人は沈黙に包まれた。
「あたしも、ごめん、なんか、機嫌損ねちゃって」
音を立てずに降っていた大粒の雪はいつの間にか止んでいた。
半月を過ぎて月が膨らみ出した頃、十六夜がLINEで「通話したい」と珍しい言葉を送ってきたから俺もそれに応えて通話することにした。それでも次のLINEで送られてきたのは「俊からかけて!」だった。完璧に誘導に乗ってしまった。前々から十六夜って誘導上手いな〜って感じていた。LINEでも誘導でクラスの中では静かで陽キャから嫌われていないが話したい気持ちのない、卒アルを見て「あぁ、こんな人もいたね。喋ったことないけど」と言われるクラスメイトってことを自分から暴露してしまう羽目になった。
「もしも〜し」
「もしもし」
少しの間沈黙が続いた。
「いや、なんか喋ってよ」
「あ!」
とろけるような甘い声がくすぐったいほど心が良かったので俺はふざけてみた。あまりにも容易に喋ってしまうとついには性癖暴露までしてしまいそうで少し様子を見るために黙った。
「そーゆーのじゃない!喋ってって話してってこと」
「んー、特にないんだよな〜学校も変わっていることはないし」
「え〜、つまんねーの」
「自称進学校って所はそんなもんなんです〜」
「なんも変哲もない学校でも何かしらあるのに進学目指している人たちが集まる高校で何もないのはおかしいぞ」
「それが本当にないんだよな〜」
本当に何もなかった。なんせ俺は所謂陰キャってやつだし陽キャのように騒がしくせずに静かに学校生活を送っていた。
「前に話したクラスのある人、覚えてる?」
ああ、好意に嫌気が差してたあの人ね。忘れることはない。なんせあれで俺が嫌われたかと思って胸が締め付けられたんだから。
「あぁ、うん、一応ね」
「まだ諦めてないみたいでちょっと引いてるんだよね〜、マジで気持ち悪いんだけど」
十六夜は笑いながらそう言った。いやマジか、こんな笑顔で言う言葉じゃないんだけど。
「う〜ん、やっぱ受け止められないか」
「うん、無理」
「じゃあ、無視すれば自然と収まるかな」
「出た。腹黒サイコパス」
「それはどっちの方でしょうかね」
「さあね〜」
2人はスマートフォン越しに笑いを共有した。
「あ、そうだ。また十六夜の夜7時にあの丘で待ってるよ」
「また十六夜?十六夜好きだね〜」
「私は十六夜が好きなだけだからな。別に名前を意識してる訳じゃないから」
「ふ〜ん」
今は冬真っ只中。それでも俊の心はクリスマスプレゼントをサンタさんから貰った子供のように踊っていた。
「ただいま〜」
日出は家に帰ってきてリビングのソファーに寝っ転がった。
「ねえ、臭いんだけど。早くお風呂に入ってきてくれない?」
暁がだらしなくソファーで横になった日出に冷たく言葉を吐き出した。
「疲れたの、もう動けな〜い部活しんど」
「じゃああんたが取っておいたケーキ食べるからね。1歩も動けないんでしょ」
「それはないっすよ〜、暁さ〜ん」
ソファーの上で小さい子供のように手足をバタバタさせて駄々をこねた。
「あ、そうだ。ねー、姉貴」
「何?ケーキの引き止めは受け付けないからね」
暁は日出が大切に保存しておいた冷蔵庫に向かっていた。
「好きでもない人からの好意って邪魔かな」
「あんたには珍しく大人びた質問だね」
暁は冷蔵庫へ向かう足を止め、日出の方に体を向けた。
「さては、あんた好きな人ができたんだね」
「いや、それはないかな」
「まあ、どうせ無理だろうけどね。高校ではどうだか知らんが10戦未勝利のあんたの事だしまた無理なんだろうね」
「黙れ」
「ほう、あんたの可愛い可愛いたった1人だけのお姉ちゃんに向かって言う言葉かな」
「誕生日は同じですー。歳も変わらないのに俺より少し先に産まれたからって姉貴面しやがって」
「はいはい。で、好きでもない人からの好意だって?」
「うん」
「そうだね〜。悪くはないかな。けどナチュラルにウザい」
「うわ〜、ド直球だわ〜」
「あんたが聞いてきたことでしょ。ありがたく思いなよ、彼女いない歴=年齢の分際で私に歯向かうなんて出来ないでしょ」
「それだから彼氏が出来ないんだよ」
「それはあんたの方でしょ。ほら、今日お母さん夜勤だから夕食出来てるよ。冷めないうちに食べなさい」
「ほう、今日は暁お姉様が作ったお食事ですか。これが俺の最後の晩餐か……」
「いらないんだったら私が全部食べるよ」
「あれ〜?ダイエット中じゃなかったっけ?最近やけに張り切ってたみたいですが」
「あんたには関係ないでしょ。ほら、食べなさい。あんたが食べ終わったら食器を洗うこと。あとはあんたの部屋のゴミをまとめること。いいね?」
「へーい」
よく出来た姉だな。そんな風に思いながら2階へ上がる暁を目で見送った。