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今夜、十六夜の見える丘の上で  作者: 書常 時雨
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二十夜の通話

俊は十六夜と帰り道が分かれてからボーッとしながら十六夜のことを思い浮かべていた。やはり不思議で凛としている綺麗な子だった。芸能人で誰に似てるかな。とか、十六夜の傍にいて香ってきた甘い匂いの正体はどの柔軟剤を使っているんだろうか。とか、スリーサイズ聞き逃したけど本当はどのくらいなんだろう。などを考えていた。ハッと我に返る時があったがとても恥ずかしい気持ちになって赤面し、俺も男子高校生なんだなと実感した。そんな家路へ向かう途中、TwitterでDMが送られてきたことを伝える着信音が聞こえた。スマートフォンを開いてみると十六夜から「今歩いてる途中?変なことでも考えてた?」と。俺は慌てて辺りを見回しカメラがないことを確認し、自分の体を触って盗聴器がないことも確認した。何もない。よし、返信しよう。「歩いている途中だよ。なわけないでしょ、俺を誰だと思っているの」と。送信。十六夜の心の中は見えないのに心を見透かされている気がして怖くなった。また少し家に向かって歩いき始めた。家に着いたのはもう9時半をとうに過ぎていた。十六夜と会うことができた興奮に加えて30分歩き続けた疲労感がどっと自分を襲った。それと同時にスマートフォンから着信音が聞こえた。「画像を送信しました」「これ、会って交換しようとしてたのに忘れてた(手を合わせている絵文字)」内容を確認するとLINEのQRコードが送られてきた。それを保存しLINEに追加して「LINEきたよー」と送り画面を消した。そこに写る自分の顔は自然と笑みが零れていて気持ちが悪かったので思わずスマートフォンと自分の顔の距離を離した。これだけで溜まった冬休みの課題を消化出来そうな気もした。


冬休みが終わり暫くした頃、未だに十六夜とのLINEは続いていた。最近は学校の話もするようになり、十六夜の得意教科と苦手教科を知った。そんな時十六夜から「通話しよう?」と誘われて通話することにした。あの口の中でチョコがとろけるような甘い声が聞けることを想像するだけで心臓の鼓動が速くなった。俺はすぐに「いいよ、丁度暇だったし」と返信した。本当は冬休みの消化不良となった英語の課題をやらなければいけないが、物事には優先順位というものがあるから仕方がない。そしてLINEを返した数分後に通話がかかってきた。本当は直ぐに出たいがあからさまに好きということがバレそうで3回目の着信音が鳴り止んだ後に通話に出た。

「もしもし」

「もしも〜し」

とろけるような甘い声が俺のスマートフォン越しに聞こえてきた。

「こんばんは」

「どうしたん?いきなり通話かけてきて」

「何となく!真ん丸お月様が綺麗で!」

「もう半分以上欠けてますよ。君の目は節穴かな」

「ちぇ〜、つまんねーの。月になんて全く興味ないかと思って騙してやろうとしたのにな〜」

昔まではそうだった。けど今は、というより十六夜と月を見上げてから月を見るようになった。日の出後も月が見れることは最近発見した。昔の歌人はそんな月を見上げて「いとおかし」だとか「あなわびし」のような心情を抱いていたのだな。あれ、「あなわびし」ってなんだっけ。

「ねーね、俊って本読む?」

「んー、あまり読まないな。中学生の頃は読んでいたけど最近は時間が取れないし」

「どーせゲームしてるんでしょ?勉強もしないで来年センター試験ありますよー」

「バレちゃあしょうがないな。勉強しようとすると拒絶反応が起きて気が付けば右手にスマホ持ってるの」

「いーけないんだ〜。北高の落ちこぼれはこんな感じなのか〜。絶対課題が終わらくて溜めちゃう人じゃん」

指のささくれに塩を塗られたように心に鋭く十六夜の言葉が刺さった。目の前にはやらなきゃいけない英語のプリントが3枚置いてある。

「それより、本が好きか聞いたのは他でもなくちょっと聞きたいことがあってね」

「ふーん、何?」

「好きでもない人から向けられる好意って嫌?」

え?それって遠回しに俺の事嫌いって言ってるのか?まさか嫌われた?俊の頭の中は少しの間思考がピタリと停止した。

「ねー、聞いてた?」

「あぁ、うん。んー、どうだろう。分からないや」

「実はさ」

俺は覚悟した。まるで死刑判決が決まった死刑囚が自分の死を待つように固唾を呑んでじっと待った。嫌わば嫌え。これが短い間の恋の結末だ。

「同じクラスのある人が私のことが好きらしいの。その人あからさまってゆーか、何だろう」

十六夜の声が少し途切れて

「行動が気持ち悪いの」

十六夜、ついに毒吐いたな。

「なるほど」

パニックになっていた頭の中は呆気のない言葉によって何もなかったかのように動き出した。

「気持ちは分からなくもないんだよね。その人」

「うんうん」

「多分、空回りしちゃってるんだよ。ほら、好きな人の前になると素直になれないだとか素の自分が出せないってあるじゃん。というか感じたことがないよね」

「うん」

だろうな。初対面の俺にあそこまで堂々と話せるのだもの。

「そう感じたことがないなら分からないかもしれないけど、沢山人がいるし自分と同じような人ばかりじゃないからそういう人もいるんだなって感覚で大目に見てやって。好きじゃなければ軽く受け流せばいいからさ」

よっしゃ。俺いい事言った。十六夜はうんうんと、頷き少し考えたのか会話が途切れた。

「いい事言うな」

だろ。ほら、やっぱり。

「いや、これが当たり前だって。何となくその人の気持ち分かるから」

「じゃあ、もし俊が好きでもない人から好意みたいなもの向けられたらどうする?」

「んー、正直なこと言うとその人の気持ちが痛いくらい分かって好きになってしまうかも。断られた時のショックって大きいからそんな気持ちにさせたくないな」

「優しいな」

「考えていること実は腹黒いから」

「知ってる」

「改めて言われると腹立つな」

「ついでに短気でもあるのかよ、顔は良いのに残念なイケメンだな」

「そうかもしれませんね〜、顔は良くないと思うけど」

あ、そういえば。俺も感じていた。ナルシスト発言になってしまうかもしれないが、去年の11月に教科書を忘れて友達から借りに行こうと廊下を歩いていた時、俺の目の前に漢文の教科書が飛んできた。飛んできた先を見るとパンパンに詰めていたロッカーをほじくっていた名前も知らない女子だった。両手いっぱいに教科書を抱えていて漢文の教科書を取りに行けないような様子だったため、俺は取って名前も知らない女子に渡した。その日は何も無かったが、次の日以降1日の何回かはすれ違うようになっていた。今まで関わりがなくて意識してなかっただけなのか、よく俺の教室の前を通ることが分かった。そのうち担任に質問をしにショートホームルームが終わった後に名前も知らない女子は俺の教室に訪れるようになった。確信はないがよく見かけるようになっただけでなく視線も感じるようになった。視線を感じて体を伸ばしながら視線の感じる方を見るといつも名前も知らない女子がいた。

それを十六夜に話した。

「なるほど、君はナルシストでもあったのか」

「ですよねー、気の所為だよね」

「うん」

あれ?素っ気なくなった?いつもなら波状攻撃にいじってくるくせに?

「もう、寝る」

「え?早くね?」

時刻はまだ8時半だった。

「今日は疲れたの。私狼女だから満月の9時に狼になっちゃうの。じゃなあね!バイバイ!」

「だから今日は満月じゃな……」

通話の終了を伝える効果音が俺の鼓膜をくすぐった。憎たらしい音だった。外を見ると空が厚い雲に覆われて音を立てずに大きなぼたん雪が降り注いできた。


翌朝、大雪で電車が止まったため、学校が休校になったというメールが届き、寒さに加え雪で憂鬱になっていた重たい体を起き上がらせて制服に着替えていた俺は鼻を折られた気持ちになった。暫くボーッとしていたら玄関の方から「家の事頼んだよ」と、母親の声と扉の鍵がしまる音がした。電車が止まっているため北高だけでなくこの街の高校全てが休校だろう。つまり十六夜も学校を休んで家でくつろいでいるのだろう。最近受験を意識して土曜日も授業をしてくるブラック高校に通う生徒にもこんな日が必要だろう。今日は勉強をせずに贅沢にゴロゴロをして時間の無駄遣いをしようと考えた。スマートフォンを開くとふと思い出した。昨日の通話以来、十六夜から連絡の1つも来なかった。これが心にポカリと穴が空いていた原因だとすぐに気付いた。少なからずうるさい、しつこいと思っていたLINEがないだけでとても寂しく感じた。「何か」送ろうと思ってもその「何か」が見つからなかった。そんな満たされない気持ちのまま今日という時間の無駄遣いをする日がスタートを切った。

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