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今夜、十六夜の見える丘の上で  作者: 書常 時雨
12/13

今夜、十六夜の見える丘の上で

あれから2日が経ちついに十六夜の日が来てしまった。昨日、十六夜と会いたくなかったといえば嘘になる。けど十六夜に会ったら感情の川が氾濫を起こしそうな気がして会うことを拒んだ。

今日の朝、起きたときには身体が起き上がらなかった。ずっとこの街にいると思っていた十六夜との突然別れの宣告が自分にどれほどのショックだったかを物語っているようだった。今まで「付き合う」ということを何回か経験してきてはいるが十六夜は「付き合う」とかそんな低レベルな問題でないと感じた。上手く言葉に表せないが強いて現存する言葉で表現すると「かけがえのないもの」だ。その「かけがえのないもの」が明日でこの世界からいなくなろうとしている。それだけで世界が終わってしまうような感覚に陥っていた。

いても立ってもいられずに何故か日出に連絡し会うことになった。予定ができたことで少しずつ身体を動かせるようになりリビングのテーブルに置いてあったメロンパンと冷蔵庫から取り出した200mlの牛乳にストローを差して飲んだ。テレビを付けてもキャスターがいつもと変わらない笑顔で天気予報を読み上げていた。部屋の窓から見た空の景色はいつも通りの晴れ、いつも通りに時間は進んでいた。いつも通りではないのは俺ら4人だけなのかもしれない。


「気持ちは分かるよ。相当ショックだったってことも」

最初に口を開いたのは日出だった。今日も部活が午前のみだったらしく背中に学校名が書いてある部活のジャージを着てでかいエナメルバッグとスパイクを持ってあの丘へ2人で寝っ転がった。

「日出も好きだったんだろ?十六夜のこと」

「まあ、そんな感じだったな」

「あれは惚れても仕方ないな」

「まあな」

暦も気候もすでに春だった。この街では毎年3月の終わりか4月の初めに雪が降るのに今年の冬が厳しかったせいか上手く帳尻合わせされて降らなかったし予報にもなかった。

「昨日、一昨日のことが嘘ならばって思って目が覚めたの」

「俺もそうさ、あわよくば俊から十六夜を奪ってやるってまで思ってたから」

「全く、ここまで諦めが悪いとは思わなかった」

「何事も泥臭くやらなきゃ」

少し身体を起き上がらせて日出は続けて言った。

「サッカーってボールが出なければプレーは続けられる。シュートを打ったから、キーパーに弾かれたから終わりじゃないんだ。ラインを割らなきゃまたクロスでもパスで戻してでも得点を狙える。そうじゃなきゃ俺みたいなやつが点を決められることってできないからね」

「お前、意外としっかりしたやつなんだな」

「意外とって何だよ!」

日出が笑いながら軽く俊の右肩を叩いた。

「ごめんごめん、言い方悪かった」

俊も日出に笑い返した。

「なあ俊」

「ん?どうした?」

「何カップの女が好きか?」

「馬鹿野郎」

そんなくだらない話を夕方までした。丘の上から見た夕焼けは画になっていた。

「インスタ映えしそうだな」

「確かにな」

「携帯をあっちに置いて2人で跳んだらいい写真なるんじゃね?」

「傾斜があっていい写真は撮れなさそうだな」

2人で笑いあっているいた時、俊のスマートフォンから着信音が響いた。「今夜、十六夜の見える丘の上で」「待ってるよ、俊」十六夜からのLINEだった。

「いよいよだな」

「時間って過ぎて欲しくないことに関しては早いな」

「残酷だな」

「な」

2人は夕焼けを見つめてそう言った。東から登ってくる十六夜を待ちながら。


夜7時、日は長くなってもさすがにこの時間は暗くなっていた。俊と日出は手持ち無沙汰で俊が初めて十六夜に会ったスーパーで缶ココアを何本か買った。

「ここ、俺が十六夜と初めて会った場所なんだ」

「そうなんか」

「あーあ、ずっと思い出すだろうな。10年後も20年後も」

「それでいいだろ。忘れるよりは覚えていた方が本当に愛してたって証拠だろ?それでいいんだよ」

「本当に愛してた」その言葉が俊の胸の中で鈍器で殴られたような衝撃の後、何も無かったかのよくに溶けていった。そうだ。とても短い時間だった。それでも十六夜のことが愛することができたんだ。これが自分にとって誇りにもなった。


俊と日出は缶ココアの入ったレジ袋を持って丘を登った。もうすでに十六夜と暁がいるみたいだ。しかしいつもの十六夜ではなかった。何かを着込んだように膨れた影があった。俊は駆け足で丘の上へ登った。そこにいたのは今にでも飛んで行きそうなくらい小さくて軽い十六夜ではなかった。

「十六夜……」

赤、緑、紫……十二の着物を羽織っていた。重いのを少し我慢しているのか顔が歪んでいたがそんなことを忘れるくらい綺麗な十六夜だった。

「十六夜ちゃん可愛いでしょ!とても綺麗だよね」

暁の口から発したものは普段女子が空気のように吐く「かわいい」という男子からしたら意味を持たない言葉ではなかった。心の奥底から出てきた暁の本音だったと感じた。

「うん……言葉が出ないや」

「嘘つき、言葉が出てるじゃん」

「それはさ…」

俊が十二単から十六夜の顔に目を移した瞬間、言葉に詰まった。今前にいるのは十六夜に変わりがない。でも何故か違うように感じてしまう。

「これは私の勝ちかな〜。屁理屈ばかりの俊に初めて勝った〜」

これ以上何か言ったら泣きそうになってしまった。まだウルっと来てはいけないと思い涙を堪えた。

「さて、4人揃ったし桜も咲いてないけどお花見みたいにしよ!」

「うん!お花見しようよ!」

一昨日話していたことを思い出した。お月は俊之助と最後の日を桜の花を見て過ごしていた。十六夜は何を思って十二単を羽織っているのだろうか?

「てか、いつの間に2人は仲良くなったの?」

日出が十六夜と暁に向けてそう話した。

「今日会ってからだよ!」

「へ?」

「だって私たち初対面だもん!」

その反応が当たり前だ。本当に女子は分からない。

「ほら!乾杯しよ!コーラとお茶どっちがいい?」

「俺コーラで」

「じゃあ俺も!あ、十六夜にはココアあるよ!」

「ほんとに!?さすが気の利く俊君ですな〜」

「都合のいい時だけそういうこと言うの止めて」

そう言ったが今日で会うのは最後だ。信じられないけど明日にはいなくなってしまうんだ。

「そういえばさ十六夜ちゃん、いつ帰らなきゃいけないの?」

「うーんと、月が南中する時刻!だから12:50かな。日付が変わって少ししてからだね」

「あと、どうして十二単なの?」

「これは儀式みたい。この儀式が終わればもうあの世でしか生活ができないみたい」

十六夜は他人事のように淡々と理由を話していた。

「まあ、乾杯しよ!最後は湿気て終わりたくないしね!」

日出がそう言って1.5L入っているペットボトルのコーラを開けた。プシュッと音と共にペットボトル内で起きた泡が溢れだしそうになった。

「あんた!気を付けなさい!」

「うるせぇな、言われなくても気を付けます〜」

暁と日出のやり取りから少しだけ羨ましく感じた。これが姉弟なんだなと俊は感じた。

ブルーシートを敷きジュースを百均で売っている紙コップに入れ、お菓子を百均で売っている紙皿に盛って乾杯をする。あとは主役の桜さえ咲いていればお花見と呼べただろう。

「俊、音頭取ってね」

突然、乾杯の音頭を任されて俊は少し戸惑ったが出任せで言ってみようと開き直った。

「それでは、十六夜との別れと残された俺ら3人の今後の平安を願って」

「古くっさ」

日出からポロリと本音がこぼれ落ち丘の上では笑いが起きていた。

「ごめん、続けて」

「こんな状況で続けられるかよ」

「すまんすまん、じゃあかんぱ〜い!」

いきなり音頭を取る人が日出に変わり少し間があった。あと5時間20分、今は十六夜にエイプリルフールの後遺症が残っているのではないかと思うくらい信じられるような話ではなかった。

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