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今夜、十六夜の見える丘の上で  作者: 書常 時雨
11/13

見えなくなった十六夜

次の日、早朝から屋敷を塀で隔てた外側からたくさんの話し声が聞こえてお月は目が覚めた。とても気になったが俊之助がここに来てから外で起きた面白い出来事を話してくれるだろう。それまでは身体を横にして庭から春の日差しを浴びようと決めた。東の空に雲がかかっているようで日の出を迎えても少し暗かった。


昼寝をして起きても俊之助は現れなかった。あれから朝食を食べて横になったらいつの間にか寝てしまっていた。春眠暁を覚えずという清の言葉があるそうだがまさにその通りだ。そして、俊之助の代わりに別の屋敷の使いが今日は庭の掃除をしていた。

「今日、俊之助はどうしたのですか?」

屋敷の使いは一瞬お月と目を合わせてすぐ逸らし「今日は具合が悪いのでしょう」と一言お月に告げてほうきをシャッシャッと音を立てて掃除をした。午後になってから昨日と打って変わって空の色がだんだんと青ではなくなっていた。

「少し寒くなってきてません?お身体は冷えてませんか?」

縁側に座り、足をフラフラさせていかにも退屈だとアピールするように俊之助じゃない別の使いに問いかけた。

「いいえ、なんの心配も必要ではありませんよ」

この時俊之助だったらなんと答えただろう。「平気ですよ!風邪、引いたことないんで。病弱ですけど」そんなふうに答える俊之助を想像した。いや、矛盾してるし。ここにはいない俊之助を想像してお月はクスッとした。その時、ポツ、ポツと空から1粒、2粒と滴が落ちてきた。庭を掃除していた使いはそそくさと中へ入って雨を屋根で避けた。お月も縁側から床の間へ入りまた1人、外の空気を吸えずに部屋に籠った。1人はもう散々だ。その時、お月の父が床の間へ入ってきて布団の枕元に座った。そしてお月も同じように布団の上で正座をした。

「お月、冷静になって聞いて欲しい」

この家に産まれてあまり面と向かって話す機会はほとんどないが物心つく前から父と同じ屋根の下で暮らしていたから直感で分かった。父は悪いことを話すときには決まって「冷静になって聞いて欲しい」と言う。

「今日の朝、俊之助が何者かに辻斬りされていた」

嘘だ。信じられない。そうか、今日が俊之助の話していた異国の国で嘘をついてもいい日なんだ。

「嘘でございますよね?お父様」

父は黙ったまま俯いていた。そして父の輪郭を伝って涙が流れてきた。

「申し訳ない。本当に申し訳ない。惜しい人を亡くしてしまった」

生まれて初めて父が涙を流している姿を見た。

「俊之助と初めて会ったとき、必ず守ると言ったのに。武士として約束を果たせなかった」

雨は激しさを増していた。そのせいか床の間もとても暗く感じた。

「嘘だ……そんなの嘘だ…」

お月はすぐに少し痺れた足を強引に動かし縁側の戸を勢いよく開けて裸足のまま所々に水たまりができ、ぬかるんでいる庭へ出た。雷雨の中、雨粒を切り裂くように走った。着ていた和服には泥がついたがそんなものはお構いなく真っ直ぐ走った。昨日、俊之助と一緒に見た桜は雨粒に当たってピンク色の地面を形成していた。そして今日の朝に野次馬でいっぱいだったあの場所へ行くために屋敷の正門を抜けて走ってその場所へ向かった。このまま熱が出て寝込んでもいい。一生床の間から出られなくなってもいい。今日までの命でもいい。ただ俊之助が無事であれば何もいらなかった。


「信じられない気持ちなのは分かる。でも今は自分の身体のためにゆっくり休んでくれ」

父はそう言って床の間を出た。明らかに熱っぽいのは分かっていた。身体の芯は氷のようになっているのに未だに外側は熱を帯びている。変な感覚だ。

目で見たら嘘だと分かるはずだ。そう思って野次馬が溜まっていたあの場所へ向かった。日没もそろそろという頃、雨雲で太陽が見えないせいか薄暗かった。無我夢中で走ったら息をすることを忘れていたらしくその場所へ着いたら酸欠と寒さで頭がボーッとした。その場に膝と手を地面に付けたとき視界が良くない状況でもその近辺だけ土色の地面ではなかったのは確認できた。もしかすると他の人の血なのかもしれない。お月はまた屋敷まで走り、今朝に辻斬りされた遺体の在り処を使いから教えてもらい、ボロボロに破けた和服を羽織って綺麗な白色の布が顔を覆っていたのでお月はその手で布を額から下へ向けて取った。

「嘘だよね……?夢だよね……?」

顔は生きていた頃と同じような、眠っているだけに見える顔をしていた。紛れもなく俊之助だった。この日の空には満月より少し欠けた十六夜が雲に隠れながらも存在感を出して光っていた。


その後、お月は笑うことはなくなった。また俊之助のいない退屈な日々を過ごした。そして持病が悪化してしまい、俊之助の後を追うようにお月も亡くなった。


十六夜が話終えると俊は黙ったままだった。

「私ね、未練が残っていたから俊に会いに来たの」

依然として俊は黙ったままだ。

「誰なのかははっきり覚えてないんだけど同じ月が5回見れるまでここにいられることになったから必死に俊を探したの。会えて良かった」

1拍置いて十六夜はまた話し始めた。

「また明後日ね」

風が吹いたら飛んで行きそうなくらい小さくて軽い十六夜が重い腰を上げて家路へ向かおうとしていた。

「後ね、帰るのを見届けた人しか私との記憶が残らないの。だから暁ちゃんと日出君も呼んで欲しいの。俊1人に私の記憶を残しても俊が辛くなると思ったから」

小さな身体は丘を下ってどんどん小さくなっていった。


次の日、俊は東高の校門前にあるファミレスで日出が部活を終える時間まで待ち伏せすることにした。全ては明日で会えなくなってしまう十六夜のために。恐らく夕方までサッカー部は部活をしているだろう。ハンバーグステーキセットご飯大盛りとドリンクバーで粘ることにした。昼時は混むだろうと予測して11時に入店。窓際の席に座り外をよく確認し怪しくない雰囲気を出すためにスマートフォンを触りつつ待っていた。しかし、思いがけないことに11時半に日出が校門から出てきていた。ハンバーグステーキもほとんど手を付けずドリンクバーもメロンソーダ半分ほどしか飲んでいないが急いで会計を済ませ、日出の跡を追った。そして11時42分、朝岡日出を確保。そして事情を説明することにした。

俊は日出に対して十六夜が前世のことがあって俊に会いに来ていること、明日には月へ帰ってしまうこと、見送りをした人でなければ十六夜の記憶がなくなってしまうことを話した。

「………ショックだったけど分かった」

「本当に申し訳ない。全然仲良くないのに知らない人からの願い事を聞いてくれてありがとう」

「いいや、お礼を言いたいのはこっちの方だよ」

日出からの意外な言葉に俊は腑抜けた声しか出せなかった。

「あんた、俊って言うんだよな?好きなんだろ?月島のこと」

「んー、普通の好きって感情と少し違う。何なんだろうな、俺にもよく分からん」

「きっと好きなんだよ。じゃなきゃここまで月島のためにしないからな」

「今やっと分かった気がするんだ。十六夜が言ってた『付き合うとかどうとかそんな低レベルの問題じゃない』の意味が」

今度は日出が腑抜けた声を出した。

「まさに今の俺なんだよ」

「もっと詳しく」

「大切すぎて失いたくないの。十六夜は前世の記憶があるから、俊之助を失って辛い思いをしているから。あんな思いしたくないからだと思う」

日出は後ろにあったこの街のシンボルでもある蒸気機関車の原寸大のレプリカに寄りかかり腕を組んで考え始めた。

「すまん、俺そこまで恋愛経験ないし国語の小説苦手だからよく分からんわ」

「そりゃ分からんな。俺も今やっと意味が分かったから難しいよな」

「おい、北高だからって調子乗ってんじゃねぇぞ」

「でも実際は俺の方が上だろ?悔しかったら勉強で勝ってみろよ」

日出は「だまれ」と小声で俊に耳打ちをして少し笑った。

「お前の姉貴も誘っとけよ」

「任せろ」

そう言って2人は軽く会釈と片手を上げて解散した。

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