十三夜の大晦日
今日は十六夜だ。一見、満月だけどよく見たら少しだけ欠けている。月の光は十五夜と同じくらいの輝きを放っているのに十六夜は何故か劣って見えるのだろう。でも僕はそんな十六夜が好きだった。というか大好きなんだ。
そんな僕も27のオヤジになって子供が産まれたんだ。とても目が綺麗な女の子だった。まあそれもそのはず、僕の奥さんは輪郭がハッキリとしていて凛として綺麗な女性だからね。あ、これ駄洒落とかじゃないからね。でも、もっと綺麗な人がこの世に居たんだ。僕はその人を一生忘れることがないだろう。
十六夜の月を見ると貴女のことを思い出してしまうのです。
10年前、僕は高校2年生だった。
大晦日にばあちゃんの家へ行き、夕食の調達のためにスーパーへ買い物へ行った時だった。さすが大晦日だ。カートを引いた客が道を塞ぎ思うように身動きが取れない。ジュースも肉も野菜も全部売り切れていた。もっと早く来れば良かった。後悔した。 あと1km先のスーパーへ行くことが決定し少し落ち込んでた時、俺の右腕を引かれた。驚いてしまった俺は人混みの中で駄々をこねる子供を叱る親と同じくらいの声を出してしまった。俺の右腕にある小さな手の主を確認するために恐る恐る振り向くと身長は小さいが目鼻立ちがしっかりしていて綺麗な顔をした見ず知らずの女の子だった。
「どうしてここにいるの?」
俺はいきなり見ず知らずの女の子から問いかけられた。いや知るか!買い物に来ただけだ!なんて言えずに驚いて今度は声が出なかった。怖くなったので早足でカートを引いて出口へ向かった。
200m歩いて足音が断続的に続いているのが耳障りで後ろを振り向くとあの見ず知らずの女の子がいた。俺のイライラは山の中腹を通り過ぎ、イライラを抑えながら見ず知らずの女の子に話しかけた。
「君はどうゆうつもりで俺をつけてるの?」
「んー、顔が良いから?かな」
「いや、意味が分からない」
「意味わかるでしょ!君だって可愛い女の子をつけたいって思うでしょ?それと同じだって」
「いや、ならないから」
「君は所謂草食系男子ってやつか。そんなんだと女の子からモテないぞ」
「例え肉食系男子でもつけることはしないだろうな。それに、女の子からモテなくても生きていけます」
「またまた〜、強がっちゃって。君もそーゆーところあるんだね」
「誰と比較しているのが分からないけど君呼びは鼻につく。名前で呼んでくれないか」
「じゃあ名前教えてよ」
「そんな仲じゃないでしょ。知らない人に名前を教えるなって小学生の頃先生に教えてもらったでしょ」
「教えてくれないんだ〜、いいもん!俊君になんて名前聞かないし!」
「は?どうして知ってんだよ?」
「俊君の通ってる学校北高でしょ?進学校と呼ばれてるみんなの憧れの北高通ってるでしょ?」
「まあ、自称進学校だけどね」
「その文化祭でモノマネやったでしょ?調子に乗って先生の真似したら先生にどっか連れてかれて怒られた時に友達に聞いたの。なかなかイケメンだったからTwitterもインスタもフォローしてるよ。意外と大人しい子なんだね」
「文化祭の件で少し謹慎してるだけです。それにいつまでも煩いやつだと思わないでくれ。1人でいる時は静かなんだ」
「変わっちゃったんだね」
見ず知らずの女の子がボソッと独り言のように言った。
「この街のこと?てかこの街の人なの?この街が広いからのもあるけど君を見たことのないんだ」
「んーん、君のこと!この街が変わったのはこの街へ来て直ぐに分かったもん。ほんと私の知っている街じゃない!」
「俺と君は一度も会ったことがないから俺が変わったと言われても、いや知るかってなってしまうよ」
「ねえ!名前で呼んでよ!君呼びは鼻につく!」
「どこかで聞いた事のある台詞だね。生憎、俺は君の名前が分からないんだ」
見ず知らずの女の子は「昔は明るかったのになぁ」と独り言を言って俊に名前を教えた。
「イザヨイ?凄く珍しい名前だね。どんな字を書くの?」
「十五夜の次の月の名前なの。十六夜って。かっこいいでしょ!」
「うん、かっこいいと思うよ。俺なんか何処にでもいる名前だから。名字の方が珍しくて名前呼びされたことないよ」
「へえ〜!じゃあ、私だけ俊って呼んでるんだね!嬉しいな〜!私だけって!」
「厳密と言うと母親もね」
「お父さんからは何て呼ばれているの?」
十六夜からその事を聞かれたとき、俊は少し寂しそうな顔をした。
「父親は小さい頃に母親の他に女作って出て行ったみたい。ほんと情けないことだよな」
「そうだったんだ……」
沈黙が2人の間をすきま風のように通っていった。これでいいんだ。やっと煩いやつが黙ってくれた。もうすぐスーパーに着くだろう。そうしたら何処かへ行ってくれるはず。時刻は5時半を回ったが周りは暗かった。クリスマスに今シーズン最強寒波が押し寄せた頃と比べればまだ寒くない。また寒波がやって来てこの街に雪が降るのだろう。そんな事を思いながら十六夜と俊はあれ以降会話がないまま1km先のスーパーへ着いた。店内へ入ると明日の正月を彷彿させるようなBGMが流れていた。俊が雑に置かれていたカートを引っ張りそこに買い物籠をセットして右側の入口から店内へ入った。
「俊は何買うの〜?」
さっきの話がなかったかのような口調で話しかけてきた。ほんとにコイツは能天気だ。
「今日の鍋の材料と蕎麦とあと1000円渡されたからそれで自由にお菓子とかジュースを買うよ」
「へえ〜!おつかいか!」
「そういうこと。十六夜は?」
待ってました。これを聞いて欲しかった。ということを示す万遍の笑みを浮かべて十六夜は「ココア!」と言った。俺は拍子抜けた。だったらさっきの場所で良いだろ。
「あっちで買えば良かったじゃん」
「だって俊がここに行くんだから着いてくしかないでしょ!ずっと探してたんだから!」
「俺は有名人でも何でも有りません。ただの男子高校生です」
「いやいや〜、誰かに似てるの!思い出せないけど」
「言われたことない。小並感漂う根暗な男子高校生ですよ」
「そんなに卑下しないでよ〜。顔は良いんだから〜」
「顔が良いと言うのは辞めてもらえるか。鼻につく」
「また鼻に何か付いてるの?ココアに乗せた生クリーム?」
「どうしてココア限定なんだよ。それはどうでもいいんだけど、前に付き合った人に振られる時に、顔が良かったから告白して付き合ったけど顔だけだったんだねって捨て台詞のように言われたから顔だけで判断する人は嫌なんだ」
「へえ〜、そんな君にも彼女がいた事があるんだ〜。意外」
「意外とは失礼だね。まあ、あながち間違ってない」
2人はレジへ並んで時を待った。十六夜は缶に入ったココア1つだけしか買わない為、大晦日の買い物に来た主婦に前を譲ってもらい、最終的に俊の遥か先に並んでいた。俊がレジを済ませてスマートフォンで時刻を確認すると6時半を回っていた。外は相変わらず雪は降ってないものの空はご機嫌斜めだった。外で十六夜が俊のレジが済むまで待っていた。キャラメル色のチェスターコートを羽織り、暗い色のマフラーに鼻まで突っ込んで寒さに耐えていた。よく見ると晴れた夜空のように黒目の部分が澄んでいて端が綺麗に切れているアーモンドアイだった。
「おーそーいー」
「待ってなくても良かったのに。こんな寒いのに先帰ってなよ」
「どうしても話したいことがあったから待ってたの。こんなんだから顔だけって言われて振られるんだよ〜」
「煩い。その話は一生しないでくれ。で、話って何?」
「3日後の夜、東高の近くにある街を綺麗に望める丘でまた会おう」
その言葉を発した十六夜の目はとても綺麗に見えた。いや、目だけじゃない。まるで別人のように凛としていた。
「じゃあ、待ってるからね」
何か言いたがっていたのかも。いや、気のせいか。十六夜は俊の元から離れていった。