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第四話 魔女の眷属

「あなただけが特別で、あなただけが私に選ばれる資格があった……」

「……まだ、信じられないですが。僕が、皇帝陛下の血を引いているからですか」

「皇帝の一族なら誰でもいいわけではないわ。あなたが随一かどうかはまだ分からないけれど、皇帝に求められる資質……魔力量の大きさという意味では、あなたは優れた資質を持っている。けれど、その使い方を知らずに大人になれば、魔力が最も伸びる時期を過ぎてしまって、ただの凡人になってしまうでしょうね」


 俺が知る中には、魔法の使い手は村の医者以外に一人もいない。それも、俺が魔法の資質に目覚めないようにというはからいなのだとしたら。


「周りの言うことを聞いて、この屋敷にこもっていたら……僕は何も知らないままで人生を終えていたということですか」

「そうなるわね。私はあなたに興味を示すこともなく、この屋敷に誰かが暗殺者を送り込んできて、ある日突然殺されていたかもしれない。理不尽に、何の理由も知らないままに」


 正直を言って、血の気が引く思いだった――俺はゴブリンに遭遇することを恐れずに屋敷を出たわけではなく、死にたがりというわけではない。


 自由がそこにあるかもしれないと思ったから、屋敷の外に興味を持った。だが、今の俺ではユークと力を合わせて森を冒険することさえできない。


「けれど、運命は変化した。あなたは屋敷を出て挫折を味わったけれど、私の目が届くところまで……森まで自分の足で歩いてきた」

「挫折……そんな、聞こえのいいものじゃありません。僕は自分の我がままに、ユークを……」

「それでも、あなたは外に出たいと思った。それの何がいけないことなのかしら。森の魔物はあなたたちを食べようとしたけれど、それも私はいけないことだとは思っていないわ。彼らはお腹を空かせていただけ……あなたは襲ってきた魔物たちを、私と契約を結ぶことで返り討ちにした。あなたは友だちの命を守り、自分もこうして生き残った。結果としては、さほど悪いものでもないわ……なんて、あまり甘やかすと、逆に傷つけてしまうかしら」


 俺の顔を見て、彼女が戸惑う。


 無理もない――自分でも、どうしようもなかった。


 なぜ、そこまで俺を肯定してくれるのか。否定されてばかりだった俺に、初めて手を差し伸べてくれたのはユークで、それ以外に理解してくれる人には、そう簡単に出会えないと思っていた。


「あ……す、すみません。格好悪いですよね、男がこんなふうに泣くのは……」


 少し時間を貰えれば、それで落ち着く。俺の心が子供じゃないことを知ってる以上は、彼女もそうさせてくれるはずだ――そう思ったのだが。


 ふわりと、身体が優しく包み込まれる。髪を優しく撫でられて、俺はようやく何が起きたのかを理解した。正面から、抱きしめられたのだ。


「子供のうちは、少しくらい泣いてもいいのよ。大人になったら、嫌でも泣けなくなるものだから」


 張り詰めていた心が、溶けていく。彼女に対して何も鎧うことも、閉ざすこともできなくなる。


 しかし俺は、縋り付いて泣くことだけはしてはならないと思った。まだ、何も状況は変わっていない――彼女に依存して、安寧を求めて、甘えることは許されない。


「……我慢するのね。前の身体のときから、そんなふうに生きてきたの?」

「い、いえ……分かりません。気がついたら、生まれ変わっていたので……」

「あなたがこの世界で新たな生を得た経緯については、私の知識からも答えを見繕うことはできない……とても興味深いわ。魂にある程度記憶が銘記されるのか、転生したあなたに何者かが前世の記憶を付与したのか。どんな方法でそれを実行したのか……」


 魔女の瞳が好奇心の光を宿す――まるで、真夜中に出会う猫のように。


 彼女の知的欲求が、俺の転生した経緯に向けられている。それもまた、俺を助けようと思った理由なのか。


 そんな大層なことではなく、ただの好奇心なのかもしれない。しかしその推測を否定するように、魔女は微笑んで首を振った。


「あなたをこのまま死なせるのが惜しいと思っただけ。きっと、いい『眷属』に育つと思うから」

「眷属……僕は、命を助けてもらう代わりに、貴女の眷属になったんですか」

「本来なら、説明してから助けてあげるべきだけれど。あなたの友達を守るために、先払いということにならざるを得なかった……そのことは、了承してもらえる?」


 問答無用で彼女の眷属として扱われ、命令には絶対服従させられる――というようなことはなかった。


 しかし俺も、彼女から受けた恩を無かったことにするという選択はない。


「……あれだけ血を流していた僕から、さらに血を吸うというのは、魔女と呼ばれる人らしいという気がします」

「ふふっ……可愛い顔をして、皮肉も言うのね。さっきの女にちくりと言い返した時も、見ていて胸がすいたわよ。何も言い返さなかったらつまらないわ」

「あ、あれは……僕ももういい年齢なので、動ける状態なのに下の世話をされるのは御免こうむりたいだけです」

「まだ十歳でしょう? 血から得られる情報でそれくらいは分かるわよ。でも、自分の貞操を守ろうとするのは当たり前のことよね。十歳の少年であっても」


 貞操を狙われているというのは違って、レイシェンは俺に屈辱を与えることに喜びを感じる、厄介な人だというだけだ。


「そういう人間が一番危険なのよ。放置しておいたら増長していく一方だもの。魔女の『魅入り子』であるあなたは、ただの人間に脅かされることなんてあってはならない。あの女のしたことは、許されざるとがと言えるわ」

「っ……い、一体、レイシェンに何を……」


 ゴブリンを貫いた、血を鋭い槍に変える魔法――あれが魔女が与えてくれた能力の一環であるとしたら、魔女自身の力はより強大なものと見て間違いない。


「あなたが今後自由に動くためにも、『しつけ』をしておかなくてはね。友達のお見舞いに行くにも、彼女に見られては面倒になるでしょうし」

「レイシェンは、もう眠っていると思います。今のうちなら、ユークのいる離れに行っても……」


 普通ならもう、屋敷の皆が寝静まっている時間だ。そのはずなのに、魔女は俺をじっと見つめたままでいる――暗に、俺の予想を否定しているのだ。


 今外に出れば、レイシェンに見つかる。それは、再び弱みを彼女に握られることに直結している。ユークを屋敷に残すようにという働きかけも、全くできなくなるだろう。


「『魔女の眷属』は、契約で結ばれた魔女、つまり私の持つ力を、修練を経て習得することができるようになる。ゴブリンを倒すために『真紅の棘(ブラッドソーン)』を使ってみせたけれど、あれはあなたの血を使って私が代わりに行使したのよ」

「代わりに……僕も、あの魔法を使えるってことですか?」

「そうなるわね。あれは『湖の魔女』にとっては、護身に用いる初歩的な魔法にすぎない。けれど殺傷力は高いし、魔法に慣れていない人間に恐怖を与えるには有用でしょうね」


 それは――レイシェンを魔法で傷つけるということか。しかしこの屋敷の中でそんなことをすれば、母やノーマン爺に露見したとき、彼らにとっても俺が恐れられる対象になってしまう。


「……少し記憶を見せてもらったけれど、あの女から相当な迫害を受けていたんでしょう? 事故に見せかけて殺してしまうことを、考えたりはしないのね」

「確かに……身体も、心も、両面でじわじわとやられましたが。彼女は僕を殺そうとまではしていなかった。僕が窮地に陥れば迷いなく見捨てるでしょうが、自分の手でそこまでしようとは思っていなかった。それなら、あの血を槍にする魔法を使うのは、行き過ぎていると思います」


 俺がレイシェンから受けた仕打ちで最も酷いものでも、母親にあらぬことを告げ口されて、離れに閉じ込められたというくらいだ。


 今、ユークは同じ目に遭っている。離れは隙間風が入ってくるし、ネズミや虫も入り込んでくるので、落ち着いて休めるような環境ではない――そんなところに、一晩中彼を置いておくことはしたくない。


「優しい子ね。普通は悪意を向けられただけ、人の心は少なからず歪むもの……なのに、その歪みが極めて少ない。妬ましいくらいにね」

「そ、そんなことは……無いです。僕はレイシェンの行動にも一理あるなんて思ってはいない。血を槍にする魔法で脅かすことだって、実際にやってみたらさぞ愉快だろうと思いました」

「ふふっ……やってみたら、と想像するだけで実行に移さない。あなたは、今までにない力を得ようとしている。その可能性を示されたら、誰だって飛びつくものだと聞いているわ」


 それはそうだろう、何の不思議もない。俺だって、正直を言えば、期待に鼓動を早まらせている――魔女の力を習得できるのなら、どんな修練でも積む。


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