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第三話 血統と契約

(二回も魔女って言った……森には魔女がいるって話だったけど、あれっておとぎ話でも何でもなく、本当のことだったのか……?)


 彼女に頼まれた通りに服を探すが、子供向けのシャツなどでは、腕を辛うじて通せても前が閉じられそうにない。体型に関係なく、とりあえず身につけられそうなものをチェストを開けて探すが、これと言うものをなかなか選べない――いきなり自分の服から、年上の女性に着せる服を選べと言われても無理がありすぎる。


「この大きめのガウンがあればいいわ。あとは、新しい包帯を使わせてもらうわね。『もう必要ない』はずでしょう」


 後ろからにゅっ、と手が伸びて、俺が肌寒い夜に羽織ることのあるガウンを手に取って持っていってしまう。恩人に対してケチなことを言うつもりはないのだが、傍若無人な振る舞いだという印象は否めない。


「……って、ちょっと待ってください、包帯なんて使って何を……わっ……」


 振り返ろうとしたところで目を塞がれてしまう。こんなふうに女性に触られるのがあまりに久しぶりで、身体が硬直してしまう――まるで心まで少年になったかのようだ。


「後ろを向いてはだめ……ええと、やっぱり少し心もとないわね。ショースと、スカートも貸してもらえる?」


 この世界では、男性でも子供のうちはスカートを穿くことがある。ショースというのは足全体を覆う、タイツの一種のようなものだ。片足ずつ穿いてベルトで留めるものだが、彼女とは足の長さが違うので、膝上丈くらいになってしまうだろう。


「は、はい……ええと、その、持っていかれるのは正直を言って困るんですが……」


 この魔女と名乗る女性に服を貸して、それがバレてしまったとき、どう弁解するか――まずユークか他のメイドに譲ったのではないかと疑われるだろうが、彼らがやってもいないことで詰問されるのは心苦しい。


「そんなことは心配しなくてもいいのよ。私があなたに提示した契約がどんなものだったか、思い出してごらんなさい」


 彼女は俺の目を塞いだ手を外す。そうしても俺が目を閉じたままでいると、彼女は「良い子ね」と囁いて笑った――なぜ、そんなにも楽しそうなのだろう。


(転生したとはいえ、元の俺はおっさんなんだが……女子高生にからかわれてるような気分にさせられるんだけど)


「女子高生……上級学府の生徒に相当するものかしら。年齢的には妥当なところだから、あながち的外れでもないわ。最も、魔女の肉体と精神は七年に一度しか歳を取れないから、百年以上は生きている計算になるけれどね」

「っ……僕の心を読んだんですか……?」


 魔女だからといって当たり前のように読心術を使うのは、心臓に悪いのを通り越して、何を考えていいのか分からなくなるのでやめて欲しい。


「精神防御をしていない相手なら、幾らでも心を見ることができてしまうのよ。今のあなたは、精神的には素裸の状態と思ってもらっていいわ。悪意のある魔法使いがやってきたら、いいようにされて……」

「……ど、どうしました? もう、服は身に着けて……」


 急に彼女の言葉が途切れたので、目を閉じたままでは落ち着かなくなる。しかし彼女は質問に応える前に、俺の前髪を分けて、自分の額をつけてきた。


「……そう。あなたが何も知らないのは、こういう理由だったのね。何かあるとは思っていたけど、思った以上に……」

「何かあるって……え、ええと、僕の精神は、そんなに無防備なんですか」

「むしろ、守られているわね。あなたの『血』が目覚めないように、固く封印を施されている。眠ったままでいることを強制されていたのよ」


 額をつけていた彼女が、そっと離れた。恐る恐る目を開け、初めて正面からまともに向き合う。


 流れるような黒髪。片側の目が眼帯に覆われているが、右側の瞳だけが見えている。


 一度見てしまったら、囚われてしまう。深く、深く魅入られ、魂ごと持っていかれる。


「まるで詩を詠んでるみたい。魅入られたのはどちらでしょうね」

「僕の、何が眠ったままだって……」

「……あなたの身体に流れているのは、この国の支配者となる資格を持つ血なのよ。その血が持つ力を、あなたは引き出したいと思う?」

「……え……?」


 時折この屋敷を訪れる村の人々とは違う、上質な衣服。執事と侍女がいて、監視されてはいるが、食べるにも住むにも困らない環境。自由意志を押さえつけられてはいるが、俺は生まれてからずっと、『裕福な家の子』として扱われてきた。


 その扱いに見合う作法などは教えられたが、『自ら学ぶ』ことに関しては厳しく制限されていた。俺が転生してから知っている世界はこの屋敷の中だけで、外を見たのはユークと共に脱走した短い時間だけだ。


 どこかの金持ちの男性が、望まれぬ子として俺を儲け、世間の目をはばかり、山奥の屋敷で母親と一緒に住まわせた。そんな筋書きを想像することはあったが、父が『この国の支配者』――皇帝だなんて、欠片も想像したことはなかった。


「……なんて、急に言われても困るでしょうけど。あなたがこの屋敷で籠の鳥か、飼われた犬のように生きていることに変わりはないし、状況によっては命を狙われることもありうる。あなたのメイドが敵意を向けてくるのは、あなたがここに居ること自体が、自分の身を危うくすることを知っているからよ」

「そんなところから見ていたんですか……どうやって、僕の状況を把握していたんですか?」

「もう忘れてしまったの? あなたの首筋に、残しておいてあげたでしょう。魔女と契約した印を」

「っ……」


 初めて聞いたとき、氷のような声だと思った。美しいが、それだけではない。


 彼女は俺の首に巻かれた包帯を解く。俺はされるがままに任せていることしかできない。


 ひんやりとした指先が、俺の首筋に触れた。レイシェンの言っていた、牙のあと――それは、魔物がつけたものではなく。


「俺の血を……貴女が、吸った……?」

「……ええ。私はあなたの血の匂いに惹かれていたのよ。もう一人の少年もついでに助けてあげたけれど、あの子は良くも悪くも普通の子ね。血は吸っていないから安心しなさい」


 首の傷に触れられても痛みは感じなかった。傷は、全てふさがっているのだ――おそらくは、この魔女が俺に与えた力によって。

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