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第二話 美しく冷たい声

 ノーマン爺は所用で屋敷を離れており、夕方になって帰ってきたようだったが、俺のところに見舞いに来てくれたものの、ユークのことについて話をする時間はもらえなかった。


「リュカ坊っちゃん、ご無事で何よりです……爺は坊っちゃんが魔物に襲われたと聞いて、屋敷を離れなければ良かったと……」

「僕は大丈夫だよ、爺。僕こそごめん、あれほど言われたのに抜け出したりして」


 ノーマン爺の瞳には涙が滲んでいた。彼はただ、母の言いつけを守って俺を外に出さないようにしているだけなのだ。


 しかし、このまま部屋にいてはユークの処遇が決まってしまい、取り返しのつかないことになってしまう。


 怪我をしているということで、俺は夕食の時間になっても食堂に出向かずに済み、従者がパンと木皿に一杯のスープを持ってきてくれた。いつもなら燻製肉くらいはついてくるのだが、無断で外に出た罰のつもりか、レイシェンが食事の量を減らしたらしい。


(……彼女が拗ねるのもわからなくはないんだが。それを俺にぶつけられても、正直困るんだよな)


 俺は前世において一人暮らしをしていたが、風邪をこじらせて死んだらしい。そんなことで命を落とすと思っていなかったが、実際こうして異世界に転生してしまったのだから、死んだのだと受け入れるしかないだろう。


 死んだとき三十歳だった俺からすれば、レイシェンは半分の年齢でしかない。子供のすることだからと耐えられている面もあるのだが、こちらも子供の身になって受ける嫌がらせは、かなり精神的に厳しいものがある。


 レイシェンは子爵家の末娘なのだが、帝都の貴族に嫁がされることになっていたのに、顔合わせで何か失態をしたらしく、この屋敷に奉公に出されることになったという――他のメイドたちが噂をしているのを聞いただけなので、本当のことなのかは分からないが。


 しかし俺に悪意をぶつける分にはまだ耐えられるが、ユークにその矛先を向けたことだけは、どうしても見過ごせない。


(だが、俺に何ができる? 母上は俺を疎んでいて、話に取り合ってはくれない。ノーマン爺だって、レイシェンが少し愛想良くするだけで何も疑いもしない。この状況をどうすれば変えられるんだ。時間が経って何かが変わるのを、この屋敷の中でただ待っているだけなのか……)


 自分がユークを連れ出したとだけは、母に伝えておかなければ――そして、味気ない食事であっても腹には入れておかなくてはならない。栄養を摂らなければ傷の治りが遅くなるだけだ。


 治癒の魔法が使える人材は貴重で、俺がもっと幼い頃に流行病で生死の淵をさまよった時に世話になったきりだ。今の重傷と呼べる怪我でも呼ばれないというのは、そのまま俺のこの家における待遇を示してもいる。


 俺の父親がどういう人物かは知らないが、この状況で俺のことを放置しているということは死んでしまっても構わないのだろうな、とは思う。悲観しているわけでもなく、ありのままの事実だ。


 だからこそ、自由が欲しい。与えられた環境に依存しなければ生きていけない状況を脱したい――そんな俺の我がままに、ユークを巻き込んでしまった。


 レイシェンは俺のことをどこで見ているかわからない。ユークのいる離れに向かうまでに見咎められ、告げ口をされるかもしれない。


 それなら、見られないように細心の注意を払う。もしくは、レイシェンが確実に眠りに就いたあとの時間に部屋を出るしかない。


 俺はベッドを下りると、机に移動して食事を摂ることにした。全く動けないような状態ではないし、立ち上がってみてもめまいも何もない。


 ――それどころか。


「……あれ?」


 ゴブリンに頭を殴られて出血したはずだが、まるで痛みを感じない。


 全身に巻かれた包帯には確かに血が滲んでいて、確かに負傷していたはずなのに、試しに腕の包帯を解いてみても、そこにあるはずの傷が消えている。


 そうだ――俺は、意識を失う前に、確かに誰かの声を聞いた。


 生まれてこの方聞いたことがない、心ごと持って行かれてしまいそうな声。その声が、何と言っていたか。


「俺が……望むなら……」


 ――あなたを傷つける全てのものから守ってあげると、そう言ったわね。


 俺の声に応える声は、『眼の前』から聞こえた――目の前にある、スープの入った皿の中から。


「うわっ……!!」


 次の瞬間、皿の中から水柱が立つ――明らかに皿に入る量を遥かに超えた質量の水が飛び出して、飛沫で視界を奪われる。


 俺は辛うじて目を開け、正面を見ようとする。そこにあるのは、白い足――それも、女性のものだ。


「ふう……チャンスが来るまで時間がかかってしまったけど……あら。食事の邪魔をしてしまったみたいね」


 ――水柱の中から現れ、机の上に立っている人物。その足先から膝のあたりまで視線を上げ、その先にあるものを見そうになって目を逸らす。


「っ……い、一体、何が……」

「私は『湖の魔女』だから、水を媒介にして転移を……って、こんな格好のままではさすがに落ち着かないわね。この部屋には子供の服しかなさそうだけど、何か借りてもいい? 服まで転移させると、びしょ濡れになってしまうのよ。スープがしみた服では格好がつかないわ」

「て、転移……? 湖の、魔女……?」

「説明は後にさせてもらえる? さすがに魔女といえど、裸のままでは風邪を引いてしまうから」


 まだまともに姿を見られていないが、声は間違いなく、ゴブリンに襲われた時に助けてくれたらしい人物の声と同じだった。

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