テラーさんの『そーだんしつ』
テラーさんって知ってるかい?
悩みを聞いて願いを叶える、そんな不思議な人さ。
会いたいなら歩くといい。
人の繋がりが薄い街で、彼はビルの間で待ってるから。
―――少女に届いた迷惑メール
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灰色に染まった雑踏を抜け、私は歩みを進める。
人々は疲れ切った顔を引っ提げて道路を往来していた。
高圧的なビル街を抜け、路地裏に入ると男が一人佇んでいる。
歳は二十歳くらいだろうか?
『そーだんしつ』と書かれた簡素な看板を壁に立て掛け、場にそぐわない豪華な椅子に座り、金髪黒目の彼は退屈そうに半目で空を見上げていた。
「あ、あの……!」
私は勇気を出して彼に声を掛ける。
「ん?あぁ―――」
彼は気怠げに私の方に目を向けると、僅かに目を細めた。
「―――テラーさんの『そーだんしつ』へようこそ」
¤¤¤¤¤
「で?ここに何しに来たの?」
テラーさんと名乗る男は頬杖を付きながらそう聞いてくる。
相談室と言いながら此処には屋根はおろか壁すらない。
壁の代わりになっているのはビルの外壁であり、室外機が轟々と熱風を吹き出している。
正直暑い。
「その前に、一ついいですか?」
かろうじて笑顔を保ちながら私は尋ねた。
「え、何?」
「貴方は本当に『あの』テラーさん何ですか……?」
「あのテラーさんっていうのが何かは知らないけど、僕は今も昔もテラーさんだけど?」
もう良いか?と言いたげに彼は溜息を吐く。
本当に彼は願いを叶えてくれるのだろうか?私は一抹の不満を抱えながら渋々話を切り出した。
¤¤¤¤¤
「私、好きな人がいるんです」
「へぇ」
欠伸を噛み殺し、テラーさんは相変わらず半開きの目で話の続きを促した。
ありきたりな語り出しなのは自覚してたけど、ここまで淡泊な反応を示されると流石に傷付く。
「でも彼には恋人がいるんです!しかもその女の子、私の親友で……」
私はめげずに声をぶつける。
「ふぅん」
気の抜けた返事を返し、彼は腕を伸ばして体を解した。
正に暖簾に腕押し。
「だから……だから私は身を引こうと思うんです」
恐る恐る言いながら、私はテラーさんの顔を窺う。
私の話が切れると、彼は私に初めて笑顔を見せた。
「あっそ、なら解決だね。じゃ、気を付けて帰って」
「え、え?待って下さい!願いを聞いてくれるんじゃないんですか!?」
羽虫を追い払うように手をヒラヒラさせ、彼は不機嫌そうに私を睨む。
「君はここを何だと思ってるの?そーだんしつだよ?自己解決できてるなら帰って欲しいんだけど」
「え、だって願いを叶えてくれるって、メールで……」
激変した彼の態度に私は戸惑いを隠せなかった。
しかし彼の攻撃染みた言葉は止まらない。
「ここは諦められない人が来る所だ、君みたいのはお呼びじゃない」
挑戦的な目で私を見つめながら、彼は椅子から立ち上がった。
思ったよりも高い身長は無作為の内に、低身長の私を威圧する。
「それとも諦められない事があるの?」
相変わらず気怠げな声だが何か真っ直ぐな物を感じ、反射的に私の背筋はピンッと伸びた。
「諦めたくないです……好きですから。でも、でも叶わぬ恋なんです」
「ふーん、だから?」
問題など何処にある?と言うように彼は首を傾げる。
「え?」
「叶わぬ恋をしない、なーんて言う人も確かにいるけどさ、正直僕は馬鹿みたいだと思うんだよね」
先程まで罵倒されていた筈なのに何故か今は彼に励まされている。
本当に意味が分からない。
目を白黒させる私を他所に彼は話を続ける。
「君たちアクターの人生は1回きりだ、僕は好きに生きればいいと思うよ。例え人に怨まれようとね」
彼が仄めかしているのは恐らく略奪の二文字なのだろう。
「……上手くいくと思いますか?」
彼の目を真っ直ぐに見据え、私はそう尋ねた。
「さぁね?僕は知らないよ」
楽しそうに目を細めながら、彼は大仰に肩をすくめる。
その目は応援しているように見えた。
「分かりました、ありがとうございました!」
そう言うと私は彼に背を向け、路地裏から走り出す。
不思議と体は軽かった。
¤¤¤¤¤
走っていく少女の背を見送りながら、彼は悪辣に笑う。
「まさかあの娘は男が二股を掛けるとは思わないだろうな。しかもソレが発覚して殺人事件になるなんてね」
これだからストーリーテラーは辞められない。
路地裏にはしばらくの間。若い男の含み笑いが響いていた。