第6話 どんな世界でもおばちゃんはおばちゃんでした
ここでこいつらをぶっ倒せばそりゃあ清々するだろうが、目立つに決まっている。警戒しすぎだとは思うが、Lv.MAXの鑑定士に魔族とバレるのは面倒なので、できれば遠慮願いたい。
けれども、何か報復をしなければそろそろエルが暴れ出しそうなので、俺が実行する。エルにやらせれば跡形もなく消し飛ぶだろうからな。
こいつらは今、いわゆる肉欲で動いている。なら、それをなくしてあげれば良い。
『スキル【魔術LvMax】、【精神操作LvMax】を起動します』
小声で頭に浮かんだ魔法名を囁く。
「《感情制限・色欲》」
本来は大罪系統の敵のデバフ効果を減らすために味方にかける魔法《感情制限》だが、多分こんな相手にも効くだろ。
「へへへ……へ………な、なあ、もう帰った方がよくない?」
「───ああ、なんか恥ずかしくなってきた…周りの目が…」
「何、怖気付いてんだお前ら。相手はガキとじじい、そして目の前に美女。やらない手は……あるな」
動機の欲が無くなったら残るのは罪悪感のみ。そんな状態で罪を犯すことなんて出来やしない。
そして、男たちは逃げ去っていった。周りから見たら途轍もなく不自然だろうな。本人達の中では葛藤があったんだけど。ざまぁ!
「お待たせ致しました。こちらが、皆様のギルドカードです」
俺が代筆でテスのも書いてやった。読めるが書けないらしい。
受付嬢はさっきの騒動に途中で気付いたようだが、男達が逃げ去ったため、勘違いでもしていそうだな。例えば俺が彼らに絡んだ、とか。
「あのぅ…他の方に絡むのは、やめて下さいね」
───俺、この仕事が終わったら、結婚するんだ…
その後、放心状態の俺に、受付嬢は冒険者の説明は必要かと聞いてきた。この千年間での変化やゲームとの違いがあるだろうから、ぜひ、教えてもらうことにした。
冒険者とは、もちろん冒険もするのだが、それも害獣駆除のようなものだし、荷物運びやペットの世話など、いわば何でも屋だ。
ランク制であり、登録したての初心者から順にE〜Aまである。アニメでよく見るSもあることにはあるが、それはギルド側が測定不能という例外なので、普通は存在しないらしい。まあ確かにSとかアルファベット順から外れたやつをポンポン出すのもおかしいよな。
Eでは主に雑用や採取、稀にスライムやゴブリンの退治。Dから簡単な魔物退治や商隊の護衛依頼などが入ってくる。
「Cともなるとベテランさんですね。大規模なものでは国からのクエストを受けたり、ダンジョン攻略の第一人者になったりとか」
AやBはこの世界に三桁、個人でAに辿り着く者は数えるほどしかいないそうだ。そして、そのレベルとなると大体が国仕えになるので、冒険者として活動しているのはほんの一握りらしい。
「みなさんはEランクですので、頑張ってDを目指して下さい!フィスさんはCランクなのでとても羨ましい…ではなく、心強いパーティですね」
もう突っ込まないぞ。
「そういえば、東の海を越えたずっと先に遺跡があると聞いたんだが、何か知ってるか?」
遺跡とはもちろん元王都のことだ。何故、あそこが放棄されたのかギルドで働いている彼女なら知っているのではないだろうか。
「嫌だなぁ。東の遺跡と言えば上位魔獣の巣窟、新大陸の《神の遊び場》じゃないですか」
───おい?
「物語にもなってる通り、あそこには聖獣と呼ばれる神様の使いがいるんですよ?人間が近づいたら瞬殺です」
俺がチート級に強くなれただけなら、素直に喜べたものの……ここまで差があると、なんとも微妙だな。プレイヤーと競ったりもできやしない。俺神様の使いワンパンして死体持ち歩いちゃってるぞ。
その後は特筆するようなこともなく、感謝の意を伝え、ギルドを後にした。外に出ると日が暮れる直前だったため、そのまま宿もとった。
宿は朝夜2回の食事と、タオルとお湯の張った桶の貸し出しがあって、1人銀貨3枚。2人部屋を3部屋借りているので、部屋代銀貨1枚と合わせて、1日銀貨18枚だ。
俺の手持ちはゲームで使われていた全く別の貨幣しかないため、フィスに支払ってもらった。いくら配下と言っても、返さなきゃな。本人は要らないと言っているが。
宿をとってから更に時間がかかった。部屋割りが難航したのだ。
俺は普通に男と女で別れようとしたら、フィスに畏れ多いと辞退された。すると、女性陣が我先に俺と一緒がいいと言うのだ。途中から喧嘩までし出したので、一喝して2人部屋に纏めて放り込んだ。
人間時代にこんなモテ期はなかったので正直かなり嬉しいのだが、配下たちはどちらかと言うと、子供のようなもの(子供がいないから、本当にそうなのかは分からないが)で、性的欲求は一切無い。というか、この体になってから、3大欲求はどこかに消えた。楽になったような、物足りないような…
部屋に入って落ち着くと、俺はすぐに寝た。朝起きてから、自分に睡眠が必要ないことを思い出した。二度寝した。
朝起きると、宿のおばちゃんに朝食を頼み、料理が出てくるまで雑談をしていた。
やはりおばちゃんと言うべきか。悪気はないのだろうが、根掘り葉掘り聞いてくる。なんで旅してるのとか、配下連れってどこかの貴族なのとか、どうして子供がいるのとか。
なんとか【話術LvMax】と【回避LvMax】でのらりくらりと話を躱し、宿を出た。しかしこれだけの力を得ても未だにおばちゃんという存在には感服せざるを得ない。というか、【回避】ってそんな使い道あったのね。
◆◇◆◇
新しい生活の2日目だ。まずは雑貨屋に向かう。物価を見たいし、薬やポーションのレベルを確認したい。
俺のインベントリには最高品質、最高レベルのHP・MP回復ポーションが99個、カンストして入ってある。それが3スタックと少し。
魔物や人間が弱ったなら、ポーションもレベルが低い可能性がある。そこでこんなものを売りにでも出したら、面倒事しか見えない。
店に入ると店主と思われるぽっちゃりした主人と、棚を眺めているお客さんが数人いた。
「…」
いや、睨むなよ!店主さん!
しっかりとこっちをガン見した後、無視したので思い切り心の中で突っ込んでしまった。店員さんからしたら金のなさそうな薄汚いコートを着た客などいらんということか。
こういう色合いなんだけどなあ……これが聖獣のコートって知ったらどんな反応するんだろ。下に着てるキラッキラの黒金之聖魔鎧を見せてやろうか。
「こらっ!あいさつせんか!」
「…っ!?い、いらっしゃいませ!!」
だが、考えていたことも、後ろにいたおばちゃんに頭を叩かれ、欲しい言葉を口に出したため必要なくなった。
周りも苦笑いで眺めている。いつものことなんだろうか?丁度、身なりのいいフィスたちも入ってきたので、金持ちだと思っているのか揉み手をしている。変わり身早!?
俺は最初の予定であったポーションを探す。
「あったよー!」
「ありましたわ」
テスとエルが教えてくれた。それをモナが持ってきた。
「ああ、ありがと、う」
そして落とした。
「モナ。ハウス」
意味は分からなかっただろうが、指を外に向けるジェスチャーで分かったのか、渋々外に出て行った。涙目で見るな。俺が罪悪感感じるから。
「はぁ…店主さん、弁償する。いくらだ?」
店主さんは少し考えると、金額を口にした。
「───1金貨」
「ぼったくんな!」
今度は杖で頭をしばかれる店主。自業自得だな。
というか、滅茶苦茶焦った。この下級ポーションを薄めたみたいなやつで金貨1枚もするとなると、俺の手持ちポーションは一切使えなくなる。今は心苦しいがフィスにお金を借りているので、自身の財産を確保するためにも何かを売りたいのだ。
「うちの主人がごめんねえ。銀貨4枚よ」
いや、それでも多いと思うが…ゲーム時のHP固定回復の下級ポーションが100ゴールド(今で言う青銅貨1枚)だぞ。
「フィス、すまないが」
「ええ。勿論です。それに、私のものは貴方様の物です。遠慮なさらなくてもいいのですよ」
「そうかもしれないが、俺は尊厳が汚されると思うから嫌なんだよ」
奴隷がある世界で言えた事ではないし、まさに自己満足の偽善なのだろうが、自分の周りくらいだけでも日本と同じような人権の尊重をしたい。
結局、弁償代を支払った後、1つだけポーションを買った。早く宿に戻って、モナを慰めないといけない。美味しいものを食べさせれば忘れるだろうか。
ちなみに、店主さんはずっとおばちゃんの尻に敷かれていた。やはり女性には頭が上がらないのが世の常なんだなと、他人事のように思った。
───今から女性の機嫌直しに行く奴が考える事ではないのだが、それに気付くのはまだ先のことである。
《神の遊び場》
千年前の天災まで、多くのプレイヤーが集まっていた5つの初期大都市のうちの1つ。人族のスタート地点であり、初心者のチュートリアル場となっている。
今では遺跡となり、天敵がいなくなった魔獣が進化を遂げて聖獣として徘徊している。といっても、数も少なく、ゲーム時代の聖獣には及ばない。
???国の貨幣
カイトたちがいる???国で使われている貨幣。順は金貨、銀貨、青銅貨、銅貨まであり、銅貨が約10円、青銅貨が約100円で、1桁ずつ上がっていく。ちなみにゲーム時の世界共通貨幣であり単位、ゴールドは廃れてしまった。
感想、ブックマーク、評価、よろしくお願いします!