第3話 雨の聖獣
「な、何だこれ……」
王都に着いた俺は街がずいぶんと廃れている事にようやく気が付いた。
その廃れ具合と言えばマチュピチュにパルテノン神殿をいくつかぶつけて更に燃やした後のようだ。
こんな意味の分からない面白くもない説明をするほどテンパっているようだ。
AIが動かす大国兼、運営のお膝元。この国は絶対に無くしてはならなかったはずだ。それが示すところは……
「見るからに景色は王国だけど、こんな朽ち果てた姿、数百年、最悪数千年経っていてもおかしくはない、よな…まあ、ゲームの次回作ってわけでもないのに、アップデートで数千年後、とかはいくらなんでもおかしいか」
王都が本来の姿から正確に何年経っているかなんて、遺跡の研究者でもないから分からん。だがこれだけボロボロで腐ったり錆びているどころか、これほどまでに風化した家は数十年で形成されないだろう。それに、千年経っているのならば、俺の《千年を生きし者》という称号も理解できる。
カースヴァンパイアは本来、あるダンジョンのラスボス用の種族、ヴァンパイアの王族らしい。日光、十字架に耐性を取得しており、それによって受けるダメージは無効化され、ステータスのデパフも通常のヴァンパイアの2割ほどだ。設定上は眠る必要もなく、食事や排出物もない。完全に空気中のマナと嗜好品の血液だけで生きる存在だ。
ちなみにニンニクに対しての耐性の記述はなかった。だが、ゲームで普通のヴァンパイアにニンニクを投げつけても0ダメージだったし、ニンニクが駄目なわけではないのだろう。
「まあ、それは設定でしかなかった。転生や進化でもプレイヤーはカースヴァンパイアにはなれなかったんだからな。
だが、現に腹も減っていないし、疲れも感じない。俺は完全に吸血鬼になったのかもな…信じられないけど」
ゲームで建物が朽ちるなどということは有り得ないし、人気のゲームで運営が「次のアプデで数千年後の世界にしまーす」とは考えにくい。だが、数千年後の俺の意識が残っていることもあまりに奇想天外だ。まだ転移の方が信じられるな。
それも、ゲームを元にした異界か…いや、ゲームの方が異界を元にしたものだったと考えるのが妥当だろう。
ただ、アップデートという可能性もやはり無くはない。その場合はプレイヤーがどこに行ったのか気になるが……
「それにしてもなんなんだよこの寂しい空気。異世界転移系のラノベならラノベで、ヒロインくらい出せよ……人っ子一人いないぞ…」
──ポタ
いや、よく考えてみればこれは俺の夢、妄想の可能性だってあるんじゃないか?これ自体が追加コンテンツのソロプレイかもしれないし…だが、その考えで行って、死んだらそのまま本当に死んでしまっていたとかだったら元も子もないな。まあ、どれだけ強い敵が来ても負ける気がしない…ん?あれ?ステータスのエラーってもしかして一撃で死んだりする?
──ポタポタ
「ん、雨か」
王都で比較的屋根が残っている建物に駆け込む。雨漏りはしているが、1人分位のスペースならある。
──ザーーーー
「なんかなかったっけ……インベントリ。お、これならいいや」
ヒュエトスコート+99
耐久値2995
聖獣ベヒモスの皮を使ったコート。硬質ではあるがよくしなるので、動きにくくはない。完全防水。
【魔法耐性・大】魔法攻撃を軽減する。【水属性無効】水属性の攻撃を無効化する。
【土属性強化・特大】土属性の魔法を強化する。
装備欄を開き、元々着ていた黒龍の翼外套と入れ替えるが……何も起きない。
「もしかして…」
そう思って、自身が着ている外套を脱ぎにかかるが、どうやって着ているのか分からず少々苦戦した。
なんとか脱いでそのままコートを着てみると、すんなり成功。
──ザーーーー
「装備は自分で着替えろと……ますます現実感が出てきてしまったな。待てよ、これならまさか…」
俺はもう一度コートを脱ぐ。そしてインベントリを開く。
黒金の神鎧+99
耐久値7922
四龍神を司る黄龍に認められた者のみが装備できる白金の聖鎧を、黄龍に対なる者、黒龍の素材で強化したもの。災厄と奇跡を呼ぶ。
【攻撃絶対耐性】自身のHP5%以下しか与えられないダメージを全て無効化し、それを超えるダメージを軽減する。
【天の恵み】会心撃の発動率が25%上昇する
【地の怒り】与えたダメージの25%の無属性追撃を行う
【聖魔属性付与】【耐久強化・特大】【攻撃強化・大】【俊敏強化・大】【使用者選定】
空帝の銀靴+99
耐久値1070
空の観察者のレアドロップ。幸運を呼び、空を駆ける。
【空駆】魔力を消費し、空中を歩くことができる。
【天の恵み】【風属性強化・大】【俊敏強化・特大】
黒金の神鎧は鎧と全身を覆う黒のインナーのなのだが、何故か靴もセットであり、別の脚装備は装備できなかった。だが、今、俺は空帝の銀靴を装着できている。
そしてこの上にヒュエトスコートを羽織る。
──ザー…ゴーゴー…
「着れたぞ!よしっ!」
一度やってみたかったのだ。装備効果の重ねがけ。ステータスが他のアクセサリーとも合わせて、尋常じゃない。倍率強化に関してはそれだけで常軌を逸する。
「よくよく考えると、これ以上強くなってどうするんだって感じだけどな。今ならソロで黄龍と黒龍を同時に倒せる気がする」
などと物騒な事を言っている間にも次第に雨は強くなっていく。
──バギャン!!ゴガン!!ドォン!!!!
───家々を粉砕するほどに。
「なんだこれ……天候魔法だったりしない?」
『スキル【探索LvMax】を起動します』
「お、おう」
まさか、ここでもシステム音声が聞こえるのか…
【探索LvMax】の効果の一部、魔力感知で魔力の流れを見つけた。これは完全に魔法だ。そして聖獣「レインベアード」の姿も確認できた。
聖獣は天候すらも操る魔物。いわば中ボスだ。稀に意思疎通出来る種もおり、土地神として崇められていたりもする…とwikiに書いてあった。
「この国ならNPCだけでも、被害は出るだろうが100%勝てるはずだ。年月が経って平和呆けでもしたのか?」
街道に向かって歩き出す。一旦聖獣くらい相手に試し斬りでもしよう。その後は…人間を探しに行こうか?あ、俺魔族か。
そんな事を考えている内に、レインベアードが近づいてきた。相手もこちらに気付いているようだ。
木々の隙間から出てきた大きな影。ほとんど青い体毛だが腹は白い毛に覆われた、某未来の青狸を思い出させる獣。毛の上からでも分かる筋肉質な体と巨大な爪を持つ大熊
まあ、大熊と言っても5mは悠に越しており、木々をなぎ倒しながらこちらに来るような化け物なのだが。
『スキル【鑑定LvMax】を起動します』
「おいおい……嘘だろ…」
俺の驚愕の表情に、レインベアードは勝ち誇った表情を見せたような気がした。
俺は一歩も動かない。否、動けない。レインベアードはズシン、ズシンと一歩ずつこちらに向かって来る。このまま俺を嬲り殺し、優雅なランチでもするつもりなのだろう。そこまできてようやく俺の口は動いた。
「引くほど弱いぞこいつ!?!????」