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第8話 現代の輪転印刷機を提案して却下される

抜け穴から地上へ這い出た時には辺りが暗くなっていた。

密談はまだ続いているようで、小屋の中からグーテンベルクたちが出てくる気配はない。

陽次は何度か振り返っていたが治人は足を早めた。

今歩いている郊外と工房のある街の中心部は運河で隔てられている。

街の中へは橋を渡って入るのだが、日の入りまでに行かないと橋の門が閉じてしまうのだ。

しばらく歩いていると陽次が後ろから問いかけてきた。


「結局どういうことなんだ?鏡を作った後で印刷機を作るのか?」


さっきのグーテンベルクの話だ。治人は足を止めずに答えた。


「ちがう。『鏡』っていうタイトルの本を作るって話してたんだよ」

「そうだったか」

「聞く?」


会話を録音しておいたのだ。

治人がスマートホンを操作して後ろ手で差し出すと、陽次は治人に追いついて受け取った。

話の中で、確かに宗教書を作ると言っている。


「すげえ。めっちゃ聞こえる」


再生を終えると陽次は感動したようにスマートホンをながめた。

録音機能はアプリを作った時に改良していた。アプリと同じく、どうやって改良したのかは全く覚えていないが。

すでに普通のスマートホンの質をとっくに超えている。何か別の機械に変わってしまったようだった。


「生徒会で問題になってた授業の音声データ、ばらまいた犯人ってまさか……」


余計なことを思い出しかけている陽次を治人はすかさず遮った。


「今は関係のない話だろ。それよりも、これからどうする」

「そうだ、ハル。お前のアプリで調べればいいんだ。

 どうやってグーテンベルクさんが印刷機を作ったか」


やはりそういう発想になるか。

治人はアプリを立ち上げ『ヨハネス・グーテンベルク』と入力した。

わざわざ入力しなくとも音声だけでアプリは使えるのだが、職人たちに『妖精(コボルト)と話している』という噂を立てられてしまったのだ。

周りからすれば、治人が突然ひとり言を始めたりさっきまで知らなかったはずのことを理解したりするので、奇妙に思えたのだろう。

やがてスマートホンの画面に検索結果が表示された。

以前と同じ肖像画、同じような説明文。

しかし、『印刷機の開発者』という部分が抜け落ちている。


「グーテンベルクさんのデータが変わってるんだ。

 印刷機の方は項目ごと消えちゃったみたいで、調べても何も出てこない」


治人がスマートホンを渡すと、陽次は難しい顔で画面をにらんだ。


「……アプリの更新か?」

「ぼ・く・が!作ったんだよ!」

「だったら分かるだろ、原因」


う、と治人は返事につまった。

開発者のくせに仕組みが分からないとは言いにくかった。

陽次はまだ何か考えこんでいるようで、また違う話題に変えた。


「さっきグーテンベルクさんの小屋から逃げてったやつ、見たか?」

「黒い布をつけた……清貧会、だったっけ」

「何でコソコソ探ってたんだろう」


コソコソ探っていたのは自分たちも同じだ。治人は特に興味もないし、深入りする気もない。

治人は諭すように語気を強めた。


「ヨハネス・グーテンベルクは自力で印刷機を開発するんだ。

 さっきそれを確認できた。

 ぼくらはあの人を邪魔しなければそれでいい」


必要以上に関わるな。言外にそう含んだ。

橋の前に着いた時、日は沈む直前だった。人々が急ぎ足で橋になだれている。

治人はその流れに乗ろうとしたが、陽次は立ち止まっていた。


「どうしたの、陽次」


尋ねても返事はない。ずっと考えていた難問の答えが出たように陽次は顔を上げた。


「アプリ無くてもおれ知ってるじゃん」

「は?」

「いいこと思いついたぞ、ハル」


嫌な予感がした。どうせロクでもないことだ。


「行くぞ」

「どこに」


答えることなく陽次は走り出す。治人は仕方なく後を追った。

夜の街を横断し、やって来たのはグーテンベルクたちがいる小屋の前。もう工房には帰れない。

陽次がコンコンと入り口の扉をたたき始めた。


「な、何してるんだよ!」


すぐに治人は止めようとするが、陽次の勢いにのまれて手を引っこめてしまった。

数秒の沈黙。あたりを警戒するようにゆっくりと扉が開いた。

中から出てきたのは面食らったような表情のグーテンベルクだ。

奥からメンテリンも顔をのぞかせた。金貸しのフストはすでに帰ったようだ。


「帰ったんじゃなかったのか、オトワ」


やや困惑して尋ねるグーテンベルクと陽次は正面から向かい合った。


「じいちゃんは印さ……『事業』をやってました! 協力させてください!」


奥のメンテリンは目が点になっている。一方グーテンベルクはすばやく落ち着きを取り戻した。


「ほう。どうしてその話を知っているんだ」


どこか詰問の調子を帯びるグーテンベルクの問いに陽次は頭を下げる。


「すみません!聞いちゃいました」


このバカ。治人は内心つぶやいた。


「お前の祖父が印刷――事業をやっていたって?

 おれより前に始めたやつがいるのか。何年前だ?」

「えーと、大体600年後です!」


胸を張る陽次。場の空気が一気に白けた。

ただ1人グーテンベルクは冷静だ。


「その言い方だと、お前が600年後?の人間だと聞こえるんだが」

「そう言ってるんです。な、ハル」


頭痛がした。ぼくに振るな。

グーテンベルクは腕を組んでしばし目を閉じた。


「聞きたいことが山積みだが、まず1つ。

 どんな方法だ。600年後のお前の祖父さんがやっていた事業は」

「うーん。正直機械をたまに見たくらいなんですけど」


紙と筆を借りて陽次は説明を始めた。

ドラム缶のような円筒型の金属に凸凹がついている。

インクを付けた円筒が回転し、長い一枚の紙に印字していく。

紙もやはり金属の円筒にまかれていて、円筒が回転することで印字済みの紙が巻き取られていく。


「どうっすかグーテンベルクさん」


陽次はそう尋ねた。グーテンベルクは顔をしかめている。


「メンテリン、どう思う」

「論外です」


メンテリンは陰気な声でばっさりと切り捨てた。

えー、と陽次が不満の声を上げる。

メンテリンは大げさなため息をついて奥から近づいてきた。


「では教えろ。インクを塗る金属の筒、どれくらいの大きさだった」

「……おれの両腕でわっか作るより大きい感じ?」

「その表面に文字が浮き出ているわけだな。左右逆に、正確な配列、同じ高さで」

「絵もいけます。マンガ刷ってたから」

「……どこにそんな高度な技術をもった金属加工職人がいるんだ」

「600年後?」

「もう1つ。巻くとその金属の筒よりも太くなるほどの長い紙だと?

 どこにそんな高度な技術を持った紙職人がいるんだ」

「それも600年後?」

「お前の提案はキバツを通り越してぶっ飛んでいる。

 ちゃんと地に足をつけて考えろ」

「おれが考えたわけじゃないんだけど」


メンテリンにまとめられ、陽次は困った顔をした。

グーテンベルクがなだめるように割って入る。


「アイディア自体は悪くないぞ、オトワ。ちょっと飛躍しているが」


そう笑ったグーテンベルクはふと何かを思い出すように腕を組んだ。


「よし。お前たちこの小屋に住んで警備してもらえないか。

 ここの周りをうろつくやつとか、鍵を外そうとしてあきらめた跡とか、最近誰か事業を探っているようなんだ」


小屋の入り口にはカギが厳重にかかっていた。

予防のためではなく実際に不審なことが起こっていたのだ。

治人は隣家へ逃げていった人影のことを思い出し、グーテンベルクに告げた。


「入り口以外の場所から人が出てくるのを見ました。

 その人が出てきた場所を調べてたら、グーテンベルクさんたちがいた地下室とつながっていたんです」

「どんな奴だった!?」

「一瞬だったので……ただ、黒い布をつけてました」

「その意味は、知っているんだな」

「ええ」


治人は大聖堂の前であった清貧会とのトラブルを話した。


「清貧会に絡まれた!?そりゃ災難だったな」

「信じられますか。こいつらがその探っているやつかもしれません」


メンテリンが疑り深い目を向けてくる。

治人はムッとしたが、反論する前にグーテンベルクが笑い飛ばした。


「さっきオトワの話聞いただろ」

「……そうですね」


あっさりとメンテリンは引き下がった。


「どういう意味だと思う、ハル」

「だからぼくに振るな」


治人はため息をついた。こんないわくつきの小屋で寝泊まり。

しかしどのみち門は閉まって工房へ帰ることはできない。

それに事業――印刷がどう進むのかを間近で見られるようになった。

前進は前進だ、と思うことにした。

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