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第50話 新しい現代に戻る

「ハル!」


名前を呼ばれ、治人の意識は目覚めた。

深い眠りの後のように頭が重い。


「何ぼおっとしてるんだよ。

 もうインストール終わったんじゃねえの?」

「……ここは?ぼくは?」


辺りを見回す。

長くまっすぐに伸びた道で、同年代の少年や少女が数人ずつ固まっていた。

いずれも紺色の同一の衣装。

高校の廊下だ。


「おい、大丈夫か。

 お前は木月治人(きづきはると)、おれは音羽良次(おとわりょうじ)

 ここは高校で、おれのスマホにお前の作ったアプリをインストールしてもらってたんだ」


目の前でしきりと騒いでいる少年に視線を移す。

明るい茶色の髪と瞳、背は治人よりもわずかに高い。

髪形など細部が違っているものの、治人にとってはよく見知った顔だった。


陽次(ようじ)……?」

「りょ・う・じ・だ」


治人は手に持っていたスマートホンの画面を確認した。

日付は間違いなく現代を――徹夜してアプリを作った日を示していた。


「ああ、そうか。現代に帰ってきたから」


陽次そっくりの少年は神妙に治人の顔を覗きこんだ。


「徹夜だったんだろ。保健室行くか?」

「いや、いい。よう……良次。使い方は後でいい?」

「おお」


やや面食らった風の良次は、治人の左手首に石が付いているのを見つけて指をさした。


「それ、着けてるんだな」


治人は良次の視線をたどり、ブレスレットに目をやる。

陽次の祖父母から受け継いだ遺産。

良次はしばらく考え、イヤな笑顔を浮かべた。

少なくとも治人はそう感じた。


「久しぶりにあそこ行かねえ?『ざひょうえっくす』」


突飛な提案に治人はポカンとした。


「何で今さら」

「どこ、って聞かねえの?」


治人が嫌う笑みを深め、


「んじゃ、今週の日曜日な。

 午前中はおれ部活あるから、3時現地集合で」


良次は一方的に言い放って教室に戻った。

治人が抗議の声を上げようとした時、授業開始のチャイムが鳴った。

たった4音を組み合わせて奏でられる懐かしい響き。

廊下のあちこちにいた生徒達が教室へ戻っていく。

治人は何気なしにポケットへ手を入れ、中にものが入っていることに気付いた。

取り出してつぶやく。


「ガムよりチョコレートの方が好きだったんだけどな」




車から降りた治人を迎えたのは、盛大に顔をひきつらせた良次だった。


「おっまえ……この距離でタクシーかよ」

「この距離で自転車の方が『ナイ』よ」


治人は皮肉の響きをたっぷり込めた。

立ち入り禁止の柵を軽々と超え、治人は工場の敷地に入った。

陽次の祖父、源治(げんじ)が社長をしていた印刷会社の工場だ。

すでに機械類は運び出され、空洞が広がっていた。

治人はポツリ、とつぶやく。


「こんなもんか」


治人の声は空洞の中に吸い込まれていく。

良次が問うような視線を寄こしてきたので、治人は続きを言った。


「ヨハネス・グーテンベルクが活版印刷を作って。

 でも必要が無くなったらあっという間だなって」


彼の思いは受け継がれた。

そしてここは彼が目指したものの終焉(しゅうえん)のひとつ。

森閑としたコンクリートの天井を仰ぐ。

良次はそんな治人の後ろを黙って付いて行き、建物の中央あたりに着いてようやく口を開いた。


「実はさ、お前にアプリ入れてもらってから変なことが起こるんだ。

 シンレータイケン?」

「心霊体験?」


治人がオウム返しすると、良治は真剣な顔でうなずく。


「寝る前にスマホいじってると、坊主頭の美人が目の前に出てきて。

 その人が消えると映像が流れるんだ。

 お前が昔のヨーロッパに行って、1人で印刷技術を守ろうとする映像。

 何だと思う?」


治人は迷いなく答えた。


「夢だよ」


「妙にリアルなんだ。

 ハルが誰からも見てもらえなくて、でも1人で街を走り回って……」


「ゆ・め。スマホのやりすぎで頭おかしくなったんだろ」


「ひでえ。そんないじってないって」


首をかしげながらも、良治はそれ以上話を続けなかった。

治人の右手は無意識のうちにブレスレットに触れていた。

それに気づき、良次は治人と向き合った。


「会社を辞める前にじいちゃんが言ってた。

 技術っていうのは根深く残るものだ。

 海みたいに1つにつながってるんだよ。

 一度沈んだ技術はいつかまた出番が来るのかもしれないし、ずっと眠ったままかもしれない。

 それでも確かにそこに存在し続けるんだ。

 だから絶対になくなったりしないって」


胸につっかえていたものが1つ、解かれたように感じた。

源治と桜は、きっと不幸でも無念でもなかったのだ。


「500年も前に作られた仕組みがまだ残ってるんだ。

 そっちの方がすごいと思うけどな」

「そうだね」


皮肉をはさまず肯定した治人を、珍しい物でも見つけたように良次は目を丸くする。

そしてそれ以上茶化すこともなく、静かに両手を合わせて弔ったのだった。

治人は良次に聞こえないよう、そっとスマートホンにつぶやく。


「余計なことするな、ノーシス」


すぐにメッセージが入った。たった一言。


――うむ。

これでお話は終わりです。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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