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第44話 偉人ラッシュ

パスツールに導かれて治人は海の中を進んでいく。

やがてたくさんのおぼろげな人影がすれ違っていくことに気付いた。

その中の1つにパスツールは声をかける。


「また歌っているな、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト」


おぼろげだった人影が急にくっきりとした輪郭を持った。

丸鼻で人懐こい大きな瞳を持つ柔和な顔立ちの男だ。


「この少年を昔のストラスブールへ」


そういってパスツールは治人を前に押し出した。


「シュトラスブルクか。

 サントマ教会のオルガンは人生最高の音色だったな。

 ゲルマンとフランス、2つの旋律が重なり、ねじれ、時にぶつかりながら絶妙なハーモニーを奏でている。

 歴史の潮目となる実に稀有な街だよ、あそこは」


しゃべりながら前を進んでいくモーツァルトに治人はついていく。

時折鼻歌を交えて上機嫌にモーツァルトは進んでいたが、急に歩みを止めた。


「おや、ゲーテ殿」


モーツァルトの前に細面で目鼻立ちがはっきりした気難しそうな男が現れた。

またノーシスが小声で紹介する。


「ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ。

 詩人であり生物学者でもある。

 『ファウスト』という有名な詩物語の作者」


モーツァルトは明るくゲーテに話しかける。


「ゲーテ殿も共にどうだ?

 案内先はシュトラスブルク、懐かしいだろう」


シュトラスブルクの名前が出たとたん、ゲーテは思い出に浸るように感嘆の声を上げた。


「ああ……あの美しい街で学生生活を過ごせた私は本当に幸せ者だ。

 文学の同志、自然科学の奥深さ、何よりも忘れえぬ恋。

 全てはあの街からだった」


こちらへ、と治人を誘い、ゲーテはしっかりした足取りで歩き始めた。

治人は内心ほっとする。

陽気なだけのモーツァルトではどうにも心もとないと思ったのだ。

案内人たちと治人はゆったりと海の中を歩く。

体を進めるたび抵抗を感じるし、水の感触はある。

それなのに息は普通にできるのだ。

つくづく奇妙な場所だと思った。

しばらく進んだ時、ふとゲーテが足を止めた。

漆黒の大渦が行く手を遮っている。


「ふむ、まいったな」


ゲーテはつぶやき、責めるような目で治人を振りかえった。


「どうしてくれるんだ。進めない」


「なんでぼく!?」


「案内人がそばについていながらどうして我々に案内させると思う?

 このままだと海に飲まれてしまうからさ。

 正規の手続き――気が遠くなるような思考の鍛錬(たんれん)を経ずに、案内人を創造するという裏口でこの海を渡った()()だ。

 くわえてきみの案内人は心変わりを期待している。

 やはりとどまることを。

 そういったゆがみが押し込められた結果の大渦だ」


治人が反射的にノーシスを見ると、ノーシスは顔を伏せた。


「どうしたらいいんですか」


ゲーテは腕を組んで考える。


「私は、迷ったときにはいつも自分を信じている。

 そこに他者からの信頼が追随(ついずい)する」

「そーれっと」


ゲーテの言葉を最後まで聞くことはできなかった。

モーツァルトが治人の背中を押したのだ。

わ、と声を上げ踏みとどまろうとするが、治人は大渦に引きこまれる。


「治人!」


ノーシスが悲鳴まじりにこちらへ駆けてくるのが見えた。

非難の視線を投げかけてくるゲーテにモーツァルトは肩をすくめて見せた。


「どっちみちぼくらが案内できるのはここまでだ、ゲーテ殿。

 後は彼次第。

 女神(ムーゼン)の微笑みを勝ち取れるのは己の苦悩を乗り越えた者だけだからね」

女神(ムーゼン)の寵愛を一身に受けた神童が言うのなら間違いないだろうな」


やれやれ、と首を横に振り、ゲーテはやや心配そうに治人が巻き込まれて行った渦をながめた。


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