表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/50

第34話 襲撃を受ける

「とりあえずぼくの開発した複写(コピー)技術を帝国に売り込もうと思うんだ。

 神聖ローマ帝国は昔から印刷技術を高く買い取っていたが、特に今の宰相は最新の科学が好きだからね。

 偉大なゲルマン民族は学問においても常に先導していなければ、という考えらしい」

「いいんじゃねえか。

 もともとそのためにこの国へ来たんだろ」


咲太郎が気のない相づちを打つと、チェスターは「そう!」と語気を強めた。


「アメリカではどこも複写技術を買い取ってくれず借金まみれ。

 助手からも妻からも見捨てられ、この国が最後の希望なんだ!」


周りの者が聞き流す中で、チェスターはついでのように言った。


「ああ。もちろんきみのことも書いておいたよ。

 本物のキヅキハルトがここにいるって」


場が異様な静寂に包まれた。


「おい。それがどれだけ危険なことか分かってやがるか?

 信頼できるやつがその手紙を開けるとは限らないんだぞ」


咲太郎がすごんで見せたが、チェスターは眉1つ動かさず答えた。


「あのマルティン・ルターが書き残した人物だよ?

 危害を加えたら何が起こるかわかったもんじゃない。

 殺しはしないさ。大人しくしているうちは、ね」

「まあ、そういう不気味さはあるかなあ」


咲太郎はしげしげと治人を頭からつま先までながめた。


「……おれたち病気になったりしねえよな?」

「しません」


治人は脱力して答えた。

人を呪いの財宝みたいに言わないでほしい。

咲太郎は治人から再びチェスターへと視線を戻す。


「お前、ただの科学者じゃねえな」

「一般人だよ。君たちと同じ」

「おれたちと同じ、か」


咲太郎が伝介と目を合わせ、苦笑した。


「とりあえず、話はお客様が帰ってからにしないかい?」

「お客様?」


治人が尋ねた瞬間。

ガシャン、と大きな音が響いた。

伝介、咲太郎、そしてチェスターが部屋の三方に飛ぶ。

治人は伝介に肩を押されて床へ後ろ向きに倒れた。

さっきまでチェスターがいた空間をナイフが空振りした。

部屋の真ん中に突如として現れた人影。褐色の肌。

シュネード。

二つの光景が頭によみがえる。

床にうずくまったグーテンベルク。

血だまりに倒れていったエティエンヌ。

今度は誰を殺しに来た。ぼくか。

冷静になれ、と治人は自分に言い聞かせ、恐怖ですくんだ頭を冷やした。

シュネードが2人を殺したのは彼らが印刷技術の歴史に大きくかかわっていたからだ。

ローゼルにはローゼルなりの殺人を犯す理由があり、その条件に治人は当てはまらない。

この場合……


「危ないな。この少年、本気でぼくを殺そうとしたぞ!」


チェスターはシュネードを警戒しながら治人に近づいた。

複写機の開発者。

おそらく標的はチェスターだ。

シュネードは舌打ちする。

天井の明り取り用の窓を壊して入ってきたらしい。

3人ともよく気付いたものだ。


「彼が本物のキヅキハルトだよ。あいにく証拠はないけど」

「必要ない」


シュネードは治人を一瞥し、部屋に居るものの顔を確認する。


「カトリンはどこだ」

「いないよ。知識の海に沈んだ」


シュネードは目を見開いた。声が鋭くなる。


「お前が連れてきたんじゃなかったのか!」

「カトリンさんは、君とローゼルを待つって。

 君たちを信じてあそこに留まることを選んだんだ!」


あの時、繋がれることのなかった手。彼女の選択が胸に痛い。

シュネードは奥歯をかんで顔を俯かせた。

そして何かを振り切るようにチェスターを見据える。


「どけ。そいつを生かしておくわけにはいかない」

「クソガキが物騒な話しやがって。

 そう言われて誰が突き出すか」


咲太郎がチェスターを庇った。

伝介も無言でチェスターの前、咲太郎の横に立つ。

その時扉を激しくたたく音がした。


「ケンカなら外でやりな、あんたたち!

 いい加減に警察呼ぶよ!」


女将(ヴィルティン)の大声に、シュネードは机を踏み台にして高く飛び上がった。

天井の窓枠に手をかけ、あっという間に窓から姿を消す。

気配が遠ざかったのを見計らい、場の緊張がほぐれた。

チェスターが治人に話しかける。


「個性的な知り合いだね」

「ええ、まあ」


治人は顔がひきつるのを自覚した。

一方伝介は廊下への扉を開け、ヴィルティンと向き合った。


「あれでよかったかい?」


尋ねるヴィルティンに、伝介が手をあげる。


「恩に着るよ」


彼女がここに来たのは偶然ではなかったらしい。

争う気配がしたら来てくれ、とでも言ってあったのだろう。

考えてみれば、密航者であるチェスターをはじめ訳アリの連中がそろうこの宿へ警察を呼ぶはずがない。


「そういえば、ハリー。あんたの部屋から物音がしたよ。

 ここでバタバタ音がするちょっと前」


治人の部屋で物音?

疑問はすぐにシュネードの姿へと結びつく。


「誰かいましたか」

「客の部屋は覗かないことにしてるんだよ。

 女でも連れこんでるのかと思って」

「連れこんでません」


ため息をついて自分の部屋に戻ると、窓が開いており、荷物を探られた形跡があった。

衣類や貴重品はそのまま残っている。

爆弾や盗聴器の類がつけられた形跡はない。

ということは。

治人はポケットに手を入れた。

緑白石と共に紙の感触がある。

免罪符だ。

先に治人の部屋へ来たということは、チェスターの殺害よりも免罪符を優先していたのだ。

こんなものがそんなに大事なのか。

治人はシュネードが消えた窓の外の闇に問いかけた。

こんな紙切れ1つで犯した罪が帳消しになると、本気で信じているのか。

後をついてきたチェスターが、治人の肩ごしに部屋をのぞき込んだ。


「ドアのカギはかけない、窓のレバーは全開の位置。

 きみはどうも平和ボケというか、危機感が薄いな」


チェスターは(ふところ)から黒い鉤型の金属を取り出した。

一目で分かる。拳銃だ。


「これは?」

「お守り。きっときみに必要だ」


ためらう治人に、チェスターが後押しする。


「撃つふりだけでも効果はあるよ」


割れ物を扱うように受け取る治人を見て、チェスターは実に楽しそうにほほ笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ