第21話 魔女狩りにあった女性の過去を見る
映像は一組の母娘が野草を摘んでいるところから始まった。
最初はぼやけていた焦点がはっきりするにつれ、映像の中の少女がカトリンだと分かった。
今よりもやや幼く、あどけない笑顔を浮かべている。
となると一緒にいるのは彼女の母親だろう。
「止めなさい、緑白石!」
カトリンは自分のネックレスに向かって叫ぶが、映像は流れ続ける。
カトリンの母親は薬学に詳しかったようだ。
村の者が病気になると薬を調合して渡していた。
そうして、村人からは距離を置かれつつも一応受け入れられて生活していた。
ところがある年、彼女らを取り巻く状況が一変した。
何日も雨が降り続く。かと思えば今度は日照りが大地を枯らす。
農作物は大打撃を受けた。
異常気象は魔法が使われたせいだとウワサが流れ、ある日季節外れの雹が降ったのをきっかけにカトリンと母親は魔女として捕らえられた。
家畜小屋に閉じ込められ、カトリンは失意で眠ることもできなかった。
しばらくすると、壁の隙間から赤い光が差した。
火事だった。
逃げ惑う村人たちの会話によると、近くの森に雷が落ちて火が付いたということだった。
混乱に乗じてカトリンは逃げ出した。母親は途中ではぐれてしまった。
長い間さまよい続けて最後にこの教会にたどり着き、カトリンは膝から崩れ落ちた。
「神様」
手も足もしびれて動かない。体が倒れて頬が地面に触れる。
「神様」
答える者はおらず、かすれた声が闇の中へ溶けていくのみ。
「神様」
カトリンは目を閉じた。
意識を取り戻したときカトリンはベッドに横たわっていた。
教会の神父、ローゼルが助けてくれたのだ。
カトリンは適当な空き家を探し出し、この村で暮らすことにした。
毎日教会へ通って雑用をするカトリンにローゼルは何も尋ねなかった。
それどころか、研究のために地下室を自由に使うことも許した。
カトリンはある日思い切ってローゼルに問いかける。
「何も事情を聞かないのですね」
ローゼルは写本の手を止め、カトリンと向かい合った。
「わたしには姪がいた。
戦争で亡くなってしまったが、生きていたらお前と同じくらいの年頃だ。
他人事には思えなかった」
カトリンを通して遠い誰かに思いをはせているようだった。
ローゼルの目は見たことが無いくらい悲しい色を浮かべている。
「カトリンがここに来たのは神のお導きだ。
お前はわたしたちの家族、そしてここは家。
気に入ったのなら好きなだけ居るといい」
カトリンがたどり着いたこの村は、同じような境遇――帰る家を失くした者たちが集まって作られた村だった。
よそ者ばかりの共同体の中心にいたのがローゼルだ。
やがてカトリンの家族にシュネードも加わった。
教会の前で捨てネコのようにうずくまっていた所をカトリンが見つけたのだ。
3人での穏やかな生活が始まった。
母の後を継いで薬の調合を始めたカトリンに、村の者もよくしてくれた。
村人と距離を置いていた以前よりもはるかに充実した日々。
ところが、マルティン・ルターが起こした宗教改革により再び火種が生まれる。
教会や領主に不満を持っていた農民たちが反乱を起こしたのだ。
カトリンがようやく得た住処を、敗走してきた傭兵たちが襲った。
略奪や暴行を始めた兵士たちから逃れ、村人は教会の地下室に避難した。
まさに治人たちがいるこの部屋だ。
だがここもほどなく見つかってしまう。
強引に押し入り、実験器具に手を触れようとした男にカトリンは掴みかかった。
「触らないで!」
男は無言でカトリンを引き倒し、上にのしかかってきた。
「よせ!」
ひきはがそうとしたローゼルを男は突き飛ばす。
ローゼルは壁に背中からぶつかり、一度大きくけいれんして倒れた。
「イヤ、神父様!」
カトリンの叫びにローゼルは答えられない。床を這いずり激しくせき込んでいる。
やがてカトリンの耳にローゼルのかすれた声が届いた。
「神よ、何故こんな試練を。
何故二度も絶望をお与えになるのか!」
襲われているのはカトリンだけではない。
狭い地下室に叫び声がみちている。人が次々と殺されていく。
ローゼルの言葉はやがて激しい糾弾に変わった。
「あの子はまだ幼かったんだ!
それなのにあなたの御許へ帰ってしまった。
やっと手に入れた新しい家を、家族を奪わないでくれ!」
熱を帯びた赤い光が生まれた。
ローゼルが立ち上がろうとしてしがみついた机の上のロウソクが倒れたのだ。
火は机の布から村人の服へと燃え移り、密室に広がっていく。
傭兵も村人もパニックに陥り、出口近くにいた人々をなぎ倒す。
ガラスの割れる大きな音がした。
棚に置いてあったビンが割れ、中に入っていた宝石が光る。
突如として水が部屋の中に満ちた。それなのに火は消えない。
地下室の火事はそのままに、波立つ水が薄いフィルターとして視界に現れる。
部屋を荒らしていた傭兵たちが水の中を力なく漂っていた。
呆然とたたずむカトリン達の前に扉が現れた。
鏡の向こう側に海と青空が広がっている。
兵がなだれ込み、狭い地下室に混乱が満ちる中で、知識の海への扉は現れた。
何が起こっているのか分からないまま、カトリンは夢中で扉をくぐった。
地下室には気まずい沈黙が下りていた。
今流れていたカトリンの過去は、彼女の沈痛な表情を見る限り本当に起こったことだろう。
治人が高校で見た映像はカトリンが知識の海へ渡る直前のものだったのだ。
やがてカトリンがため息をついた。
「気が付いたらわたしはここに居た。見た目は同じなのに、誰もいない村。
村のみんなも神父様もザシャも、どこに行ってしまったか分からない。
でも、必ずここに帰ってくるわ。
それまで水をくんで、麦を育てて、掃除して、ここを守って。
そうやってみんなを待つの」
腹をくくったようにカトリンは話した。
見られてしまったものは仕方ない、そんな所だろう。
そして治人はようやくローゼルたちの目的を悟った。
映像の中でザシャと呼ばれていた少年は間違いなくシュネードだ。
カトリンは平和だった頃の村に戻ることを望んだ。
一方、ローゼルたちはおそらく宗教改革を止めることを望んだ。
自分たちの村が襲われる原因そのものを。
その結果、知識の海の案内人、ノーシスはそれぞれ別の時代へ導いたのだ。
カトリンは元の時代へ、ローゼルたちは宗教改革への流れを止められる時代――ヨハネス・グーテンベルクの印刷機開発を阻止できる時代へと。
宗教改革には印刷技術が深く関わっていた。
ルターの抗議が印刷を経て国中に広がり、やがて大きな改革運動へとつながった。
だからこそ彼らはグーテンベルクを殺した。
そして今、シュネードは、おそらくはローゼルもこの時代に来ている。
改革を確実に止めるために。
「あなたはルターさんが宗教改革を起こすことを知っていた。
でも兵士に差し出しはしなかったんですね」
治人の言葉に、カトリンは焼印があるひじの辺りをギュッと握った。
「ありもしない罪で追われているって聞いて、つい。
ルターがグーテンベルクの遺産を手に入れたら同じことの繰り返しかもしれないのにね」
自嘲の混じった笑みを浮かべてそう答えた。
「グーテンベルクの遺産なら聞いたことがあるわ。
錬金術の傑作、最高の成果。
それに関わっている以上、あなたたちも錬金術師かと思ったけど……違うみたいね」
「ええ。ぼくと陽次は学生です」
「じゃあ、緑白石はどこで手に入れたの?わたしのと同じだわ」
カトリンは巾着の中身を手のひらに乗せた。
淡い緑の石。
「ぼくは人からもらっただけで」
「これが何なのかは知っている?」
治人が首を左右に振ると、カトリンは石――緑白石を握り、耳に押し当てた。
「この石は知識の海とつながっているの。
こうやって石へ語りかけると、頭に答えが返ってくる。
知りたいことは何でも教えてくれるし、異国の言葉も理解できる」
治人はシュトラスブルク大聖堂でローゼルが知識の海へ渡った時のことを思い出した。
あの時ローゼルは緑の宝石を掲げていた。
「たとえば、たまたま知識の海とつながってしまったら。
その石を介して知識の海を渡って、過去を変えることは?」
治人が尋ねるとカトリンは驚いて目を見張った。
「可能……ね」
カトリンはうすうす気づいているはずだ。
混乱の中で緑白石を持ち出したローゼルたちが、歴史を変えようとしていることに。
「ぼくが見た人が死ぬところっていうのは、シュネード――ザシャがグーテンベルクさんを殺すところだった」
え、とカトリンが目を丸くする。
治人の言葉の意味が分からないという感じだった。
「ぼくと陽次は100年前のシュトラスブルクに行った。
そこでローゼルとザシャが歴史を変えてしまったんだ」
「うそよ……そんなの」
「だったら何でルターさんは追われているんですか。
本当なら宗教改革で戦争が起こって、村が襲われた時期なんでしょう」
ルターはここでは改革を起こさず、教会が派遣する兵から逃げている。
「だれかがグーテンベルクさんを殺すことで宗教改革を止めたんです。
この村を守るために」
カトリンは目をつむってしばらく考え込んだ後、ぽつりと言った。
「しばらく1人にして」
何故だかカトリンを直視できなくて、治人は黙って地下室を立ち去った。




