表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/50

第14話 酔っぱらいが夢を語る

夜もなかばを過ぎ、宴会の熱狂は徐々に冷めつつあった。

とはいえあちこちに余韻(よいん)が残っており、時々笑い声が起こる。

この勢いだと朝まで飲み明かすつもりだろう。

グーテンベルクは動き回って全員と話をしたようだ。

また治人の近くに戻ってくると今度は静かに酒を口に含んだ。

思い返してみればグーテンベルクと落ち着いて話をする機会はなかった。

彼がコップをテーブルに置いたのを見計らって治人は声をかけた。


「あの印刷機、『鏡』って本の次は何を刷るつもりですか?」


グーテンベルクは真剣な目で考え始めた。

酒のせいで視線はうわついているが、頭は冷静に動いているようだ。


「確実に売れるものがいい。それも一般の人たちが手にとれるもの。

 ラテン語の教科書、あたりかな」


意外な答えだ。

グーテンベルクが名を残す発明なのだから、有名な文学とか、貴重な絵画とか、もっとスケールの大きなものを作ると思っていた。

治人の反応を見てグーテンベルクは付け足す。


「おれは大学でラテン語を学べたが、そういうやつは少ない。敷居が高いんだ。

 だから需要はあると思うぞ」


グーテンベルクはいろんな仕事をやってきた。

資金の確保には大ざっぱだが、今人々が何を欲しがっているか、どういうものが売れそうかを探ることに関しては目ざとい。


「軌道に乗ったら聖書を刷りたい」


ぽつり、とグーテンベルクが漏らした。

本音を語る人間特有の真剣さが目の中にある。

治人は姿勢を正した。


「友だちの修道士が嘆いていたんだ。

 聖書の解釈が大きくゆがめられている、本当の聖書を読む機会が少ないからだって」

「聖書が読めない?」


全てのホテルに置いてある書物、世界で一番多く刷られている本。

現代とはだいぶん事情が違うようだ。

グーテンベルクは一度コップのビールを口に含み、続けた。


「筆写で作っているから数が少ない上に、教会があまりいい顔をしないんだ。

 みんなが聖書を読めるようになってしまえば、わざわざ教会に行って教えを請わなくてもいい。

 自分たちに都合の悪い部分も読まれてしまう。

 教会ににらまれれば処刑される恐れもある」


治人は息をのんだ。事情が違うどころじゃない。


「それ……もし作ったらグーテンベルクさんも危険なんじゃ」


グーテンベルクはふっと顔をほころばせた。待っていましたとばかりに胸を張る。


「もうけを教会と山分けすればいい。上に立っているやつは大体金が好きだ。

 今話が来ているのはマインツ大司教だぞ、すごいだろ。

 教会の中じゃ最高に偉い人だ」


それでも綱渡りのようなものだろう。大きな組織との交渉には細心の注意がいる。

グーテンベルクの武器は印刷機と自身の技術のみだ。


「何でそこまで」


思わずそう言った。グーテンベルクはふと酒を飲む手を止め、遠くを見つめた。


「おれにとっては祈りみたいなもんなんだ」


そこで急に席を立った。


「よし!景気づけだ、もう一杯飲むぞ!」


グーテンベルクは自分の言ったことに照れたのかもしれない。

治人が聞き直す間もなく、騒いでいる集団の中へ行ってしまった。

そして明らかに帰りたがっているシュネードに絡み始める。

陽次は机に突っ伏して寝ている。

声をかけても起きないので、治人は近くの者に帰ることをこっそり告げた。


「おれも」


シュネードが便乗しようとしたが、数人に囲まれ身動きが取れなくなっている。

心の中で謝りながら席を立ち、巻きこまれるのを避けた。




街は夜の底に沈んでいた。今夜は満月のようだが、分厚い雲がかかっていて光はおぼろだ。

暗い道には人気もなく、治人は自然と早足になった。

小屋にたどり着き中へ入ると、ようやく一息つくことができた。

手探りでロウソクと火打石を探し、家の中を照らす。

いつものように寝室へ向かう途中でふと足を止めた。

今日は印刷機のある実験部屋で寝よう。

治人は淡い期待を抱いていた。

知識の海へ、現代へつながる扉が現れるとしたらきっと印刷機のそばだ。

今日の披露のためか、部屋の中は印刷機の周囲だけ広い空間が空けており、四方に機材が寄せられている。

扉はこの部屋のどこに現れるだろう。

前は校舎の非常口だったから、今回もこの部屋の出入り口かも。

動くたびにろうそくの炎が揺らめいた。

(だいだい)の光が一瞬大きく膨らみ、印刷機を大きく投影する。

真横から見るとミニチュアの橋のようだ。

この時代の技術の結晶。グーテンベルクの名を歴史に残す発明。

いろんなことがあった。でももうすぐ終わる。

治人は窓の近くで寝ることにした。

扉の様子を見張れるし、変化が起こればすぐ陽次に知らせに行ける。

机や機材を踏み台にして窓から外に出られるのだ。

外の地面まではかなり離れているが、窓枠をしっかりつかめば飛び降りられない高さではない。

ごちゃごちゃと寄せられた机の下に体を滑りこませ、治人は毛布にくるまった。

そしてそのまま眠りに落ちた。

次回 暴力表現、残酷な描写があります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ