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第10話 借金の返済を迫られる

今回やや残酷な描写があります。

翌朝工房を訪れると、騒がしい声が耳に入った。

仕事の喧騒とはやや質が違う気がする。

興奮と不安。複数の人が混乱する事態が起こっているような。

陽次が入り口に耳を当てる。

しかし今一状況は分からなかったらしく扉をゆっくり開いて足を踏み入れた。

そこで陽次は立ち止まった。一歩も進もうとしない。

様子を探ろうと治人が横に移動すると、視界を阻むように両腕を開いて振り返った。


「ハル。お前確か、じいちゃんとばあちゃんの葬式来なかったよな」


治人は口を結んだ。陽次の顔に気まずさが現れる。


「もしかして、親父やおふくろが何か言ったのか?」


治人は尚も黙った。唇に力が入る。陽次は目を伏せた。


「悪い」


妙な空気になってしまい、治人は重い唇を開く。


「……それが何?」

「じゃあこっちだ」


陽次は治人の腕を掴み、人だかりから離れた部屋の隅でようやく立ち止まった。


「何だよ、いきなり!」


治人が陽次の手を振りはらう。陽次はなおも深刻な顔で言った。


「見ない方がいい。人が死んでる。殺されたみたいだ」

「え?」


治人は人だかりに目を移すが、体格のいい職人たちの背で視界が阻まれている。


「何の騒ぎだ!」


張りつめた空気に入り口のきしむ音が響き、職人たちが一斉に振り返った。

小屋に入ってきたのは金貸しのフストだ。

すると人だかりの中心にいたグーテンベルクとメンテリンが立ち上がった。

たぶん、彼らの足元に――亡骸(なきがら)がある。


「よお、フスト」


グーテンベルクはいつも通り気さくに手を上げた。


「状況を説明しろ」


つかみかかりそうなフストをグーテンベルクはなだめた。


「後でいいか。まずはこいつを葬ってやりたい。

 病気で亡くなっただけでも気の毒なのに、遺体に傷をつけられて、このままじゃあんまりだ」

「病気だと?」


ざわめきが起こった。

グーテンベルクは周りの者たちに聞かせるように声を強める。


「これは死体に後から傷をつけたんだ」


「そういえばこいつの弟が、最近兄貴の具合が悪いって言っていた」


職人の1人が声を上げ、おれも聞いた、と何人かがそれに同調した。


「みんな、ドリツェーンを運び出してやろう。

 フストは地下室で待っていてくれ」


メンテリンは気づかわしげな視線をグーテンベルクに送ってからフストを奥へ連れて行った。

その姿が階段から遠ざかると、残りの職人たちは不安そうにグーテンベルクを囲んだ。


「グーテンベルクさん。フストが来たってことは」

「金の回収だろうな。

 妙なウワサが立って事業に出資できなくなったってところか」


言葉を失った職人たちをグーテンベルクは見回し、


「おれが何とかする。ま、やばくなったらみんなで教会にでもすがろう」


そう胸を張ってみせた。


「全く、のんきな人だな」


呆れながら、それでもいくらか救われたように職人たちの表情が和らいだ。

彼らは手袋をつけ、協力して遺体を運んでいった。

職人たちが出払い、誰もいなくなった部屋の中心でグーテンベルクは――頭を抱えてうずくまった。


「くそ!こんなことになるなんて!」

「グーテンベルクさん?」

「すまん、ドリツェーン。

 本来ならお前の冥福をゆっくり祈るところだが、今はそれどころじゃない」

「あの……」

「マズイ……本当にマズイ。事業の危機だ。金なんか無いぞ。

 どうすればいい」

「グーテンベルクさん!」

「うわ!居たのかキヅキ」


グーテンベルクは声を潜めて人差し指をびしっと突きつけてきた。


「いいか。お前は何も聞いてないし見ていない。

 だから誰にも言うなよ、特にメンテリン!」


はあ、とあいまいに治人は返した。

周りの者の手前動揺してないようにふるまっているが、グーテンベルクも不安なのだろう。

ふとある考えが口をついて出た。


「3人目の人……フストさんは待ってくれます。

 こういうギャンブル的なこと好きですよ、多分」


唐突な言葉にグーテンベルクは眉をひそめた。


「どういう意味だ」

「直接話してみましょう」


治人は地下室へ通じる階段を指した。



地下室に集まったのは事業の中心メンバーであるグーテンベルク、メンテリンとフスト。

そこに治人と陽次も同席することになった。

最初に口を開いたのはフストだ。


「脅迫状が届いたという噂は本当だったか」


噂の真偽は証明された。人の死体を使って脅迫するというおぞましい形で。


「さすがに金貸しは情報が早い」


グーテンベルクは自嘲気味に肯定した。フストがうなる。


「グーテンベルク。何が起こっている――いや、何に巻きこまれている」

「おれにも分らないが、清貧会が絡んでいるのは確かだ」


言ってグーテンベルクは困惑したように頭をかく。


「恨みを買った覚えはないんだがな。あいつらが街に現れたのだって最近だし」

「のん気に構えている場合か。

 殺された――亡くなったドリツェーンの弟は訴訟を起こすそうだ。

 もちろんお前相手に、内容は『今までの兄貴の給料を払え』」

「げ」

「他の金貸したちが手を引きたがっている」

「げ」

「このままでは事業――印刷機が完成してもすぐに回収させてもらうことになる」


メンテリンからとどめの一言を刺され、グーテンベルクは青ざめた。

やはり印刷機の回収という点は捨てておけないらしい。


「それは困る。どうすりゃいい」

「貸した金を今すぐ返せ」

「ムリだ!」


グーテンベルクがきっぱり断った後で、成り行きを見守っていた陽次が退屈そうに言った。


「どうせ事業は進んでないんだから、何か別の仕事はできないんすか?」


印刷機開発のために様々な実験を試したがすべて失敗で、職人たちの中にも倦怠感(けんたいかん)が漂い始めている。

数人を別の仕事に割くことはできそうだ。

陽次の言葉を吟味するようにフストは考えこんだが、やがて顔を上げた。


「そういえば農村で人を欲しがっていた。ブドウの収穫だ」


木材や金属の加工を生業とするこの工房とは全く関係ない話だ。

それでもグーテンベルクは飛びついた。


「分かった。うちの職人をその村に送る!」


これでは借金の()()に人質を差し出すようなものだ。

だがグーテンベルクとしても手段は選んでいられないのだろう。


「働き者の徒弟が2人、収穫期の間ずっと住み込みで手伝う。

 それ以外にも職人を交替で向かわせる。これでどうだ」


ふむ、とフストは表情をゆるめた。話がまとまりそうな雰囲気だ。

そこで治人の背筋に悪寒が走った。徒弟が2人?


「というわけだ。頼んだぞ」


何故それを治人と陽次に言う。


「ちょっと待ってください!

 そうだ、シュネード!彼の方が働き者です」


グーテンベルクは首を横に振った。


「あいつ嫌がりそうだし」

「ぼくらだってイヤですよ!ね、陽次」

「引き受けます!」


あっさりと陽次に裏切られ、治人は孤立した。


「ちょっと行ってちょっと取ってくるだけだ、ブドウを」

「さっき住み込みって言ってましたよね!?」


助けを求めてフストを見ると、彼は心底バカバカしそうに「そっちで決めておけ」と吐き捨てた。

味方がいない。

結局グーテンベルクに押し切られる形で治人は陽次と共に近くの村へと送られたのだった。

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