初盆―怖い話をしよう―
どこで拾ったのだろう。私の足元には、金魚が一匹、漂っている。
ひらひらと赤い衣をひるがえしながら。
実に、涼しげで、実際に涼しい。だけど、歩くたびに踏みつぶしそうで、気になって仕方がない。幸いにも、この金魚は生きてはいないようで、触ることも出来ないのだけれども。
本当に、どこで拾ってしまったのだろうね。
でも、夕方になっても熱気が引かない時期に、気の進まない場所に行かなければならない私にとって、涼しいのは有り難かった。
金魚は私にしか見えないらしい。だったら、気にする事はない。
お気に入りのスカイブルーのパンツと、白と紺のボーダー柄のカットソーを着て待ち合わせの場所に向かった。
「ぴっころもんど」は、イタリアン&胡麻レストラン。
今更、合コンなんてどうかと思う。でも、ナツミに頭を下げられたし、このお店には前々から興味があったので、付き合う事にした。イタリア風料理とゴマの融合が素晴らしいって、評判だし。
合コン相手は、ナツミの彼氏繋がりの公務員だという。警察官とか、消防士とか、そのあたり。
お店に近づくと、ゴマの香りが漂って来る。足元の金魚が、嬉しそうにぴちぴちと跳ねた。
「○○病院の看護士さん? 俺も、その病院を利用するんだ」
自己紹介の後で近づいて来たのは、原田さんと名乗った男性。
コホンと、ナツミがわざとらしい咳払いをする。
「自己紹介も終わった事ですし。歓談タイムですね。まぁ、皆さま大人なので、お持ち帰りをされるかどうかは、合意の上で」
多分、あまり評判の良い男性ではないと言いたいのだろう。でも、なんて挨拶だ。
宴もたけなわになると、人間性が見え隠れして来るのが、こういう会合の怖い所で。それでも、みんな、タヌキだかキツネだかを被っているのだろうけれども。
「それで」
例の原田さんが、すわった顔で私に向かって来た。
「お前のそいつは、どこで拾って来たんだ?」
どうやら、私の金魚はこの人にも見えるらしい。どこでと言われても、困るのだけれども。あ、そう言えば。
「去年の夏の終わりに、金魚柄の浴衣を着た女の子が運ばれてきました。彼女にとっては、初盆なんですね」
言い終わる前に、原田さんが顔色を変えて立ち上がった。金魚がすいっと私から離れて、彼の周りを泳ぎ始める。
「お持ち帰りですかー?」
逃げるように立ち去る原田さんの背中に、とりあえず声をかけてみる。
「駄目だよ。それ、笑えない」
何かを察して、ナツミが呟いた。
だよね?
笑えるホラー企画なのに、笑えないで終わる展開ってどうなのだか。
と、笑って頂ければ本当に幸いです。
呼んで頂き、ありがとうございました。