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第二十五話 死刑台のエレベーター

(死ぬ)

 萌黄は確実に、自分のみじめな最期を覚悟した。

 身体が強引に持ち上げられ、ろくに身動きもとれない。足が地面から離れかけている状態では、片手で銃を抜いてもろくに狙いをつけることすらも出来ないのだ。この上、鐘楼の小男にロープを担がれて飛び降りられたら、窒息するどころか一瞬で頸骨が外れる。

「死ねええええええッ!」

 甲高い声を上げて、ついに小男が飛び降りた。その刹那、萌黄は死を覚悟した。

「ひゃははははあッ!どうした来いよ小僧ッ、小娘(ガキ)が、おれごと吹っ飛んじまうぞ!」

 いくら邪神ハスターの風でも、自爆を決意したコーネルの身体を吹っ飛ばすことは出来ない。

「死ね死ね死ねえいッ!どいつこいつも、ぶっ飛べええっ」

 勝ち誇ったコーネルが爆発寸前のダイナマイトを大きく掲げてみせたときだ。

 空気をえぐりこむ轟音とともに、ダイナマイトが空に舞った。

 それを握った、コーネルの手首ごとだ。

 誰かがコーネルの手首丸ごと、ショットガンで吹っ飛ばしたのだ。

 ハスターは見た。奪った馬で突進したレズリーが、ソードオフしたショットガンを片手にこちらへ突っ込んでくるのを。

「ハスターッ、今だ!それならぶっ飛ばせるだろうッ!?」

「おっ、おおう!まっかしとけえ!」

 ハスターは両手に、爆風を集中させた。放ったのは、莫大なエネルギーを含んだ小型のハリケーンだ。酸素を遮断するハリケーンはダイナマイトの導火線を沈黙させ、百メートルも上空、彼方に爆薬をぶっ飛ばした。それだけぶっ飛んでしまえば、たとえダイナマイトと言えど、ただの打ち上げ花火だ。

 耳をつんざく爆音とともに黒雲が花咲き、そこから何かを吹っ飛ばした。傷口を抑えてうめくコーネルの眼前に、ぼとりと墜ちたのは焼け焦げた自分の腕だ。

「こいつで撃ち止めだ」

 レズリーのショットガンの銃口は、ぴたりとコーネルの顔面を狙っている。

「無事か?」

「レズリー、萌黄姐ちゃんが!」

「わっ、わっ、きゃあああああああっ!」

 そのとき萌黄の身体は一気に宙に浮き、エレベーター式に上へぶっ飛んでいこうとしている。

「大丈夫だ」

 だがレズリーは、首を傾けてウインクするばかりだ。

「それより奴にも、見せ場をくれてやってくれ」

「見せ場?」


 その頃、建物の背後に降り立とうとするヒッグスである。

 小柄なこの男は、元はサーカスの旅団の中にいた。

 剽悍(ひょうかん)なクロウ族のヒッグスは筋骨たくましい体格のはしこさを活かして、ナイフ投げや綱渡りをしていたのだ。それがあるとき、南軍に強制入隊させられ砦の絶壁を命綱なしで昇らされるなど、危険な任務を強いられてきたのだった。

 得意技は、投げ縄とこの首吊りネクタイ(ハンギング・タイ)である。処刑や拷問をやらされるのは誰もが嫌がる仕事だったが、ヒッグスは進んでこの仕事に志願して、その技を究めた。

(頸の骨が外れるときの感触が、たまらねえ)

 獲物の活きの良さは、ロープを通じて伝わって来る。精一杯の抵抗から一気に頸の骨が外れ、意識が一瞬で刈り取られた後の砂袋のような身体の重さのギャップは、一度味わったら忘れられるものではない。

 他人の死を司るダイブは、何回味わっても最高だ。だがこの男は知らなかった。今度ばかりはそれが、自分のための死のダイブになると言うことを。

(あれ…誰かいやがる?)

 着地点に、黒いコートのアジア人が立っていた。長い鞘のついた剣の柄に手をかけ、にやにやと笑いながらこちらを見上げている。その男が着ているコートが、さっき、投げ縄を首にはめてやったアジア人の少女と同じものだと言うことに、ヒッグスはしばし気づかなかった。

「おいお前、反対側におれのツレを残して来たろう?」

 落下する自分を見ながら、何やら男が叫びかけてくる。ヒッグスには判らなかったが、男は日本語でこう言っていた。

「もっ回ぶっ飛んでけや」

「あっ」

 と、声を上げる暇もなかった。

 さっとその男の腰から、何かが光った。そう思ったしな、ぐん!とヒッグスの身体は一気に、自分が降りてきた鐘楼の方へ引っ張り上げられる。

(な、なんだ…)

 よく見て、目方は計算してある。背丈はそれほど変わらないとは言え、自分があの萌黄と言う小娘より重いはずがない。だが、何かがおかしい。

 熱いのだ。今の拍子になぜかぐっと持ち上がった左半身が。だが、ようやく事態の異常さにヒッグスが気づいたときには遅かった。何しろ、無いのだ。自分の左腕と左足。手足が一本ずつ。信じられないことに、綺麗に斬り離されていた。斬られた本人すらも、気づかないほどの鮮やかさで。

 喪われた手足は血しぶきの花を咲かせながら、はるか足もとに墜ちていた。まさか、今の一瞬だった。こちらの足が地面に着くか着かないかのうち、さっきのあのコートの男は、飛び上がって、ヒッグスの左足と左腕を、たった一太刀で斬り飛ばしたのだ。

(そんな馬鹿なッ)

 真上にいる自分を見上げ、その男は満足げに大笑いすると声を放った。

「おーいッ、そいつで大分目方が軽くなったろうが!?」

「畜生オオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 引っ張り上げられる。あの小娘の体重で。だが、無理もない。身体の半分が、無いのだ。しかも、

(誰か、引っ張ってやがる)

 そう言えばいつまで経っても、ダイナマイトは爆発しないじゃないか。

「コーネルッ!何してやがるッ!?くそったれええええええッ!」

 尾を引く絶叫とともにヒッグスは天高くぶっ飛んで、反対側に墜落した。


 べしゃり、と音を立てて墜落したヒッグスは、すでに死体になっていた。あとはもう、手首を吹っ飛ばされたコーネルだけだ。銃を持った腕ごと散弾に噛み砕かれたヒッグスは、脂汗を掻き、唇は半開き、目がうつろになっていた。

「こいつは潮時って奴だろう」

 レズリーがショットガンを頭に突きつける。

「話してもらおうか。お前たちのボスは、どこにいるのか」

「へッ…へへへへッ、へッ!…そうかッ、がはッ…そうかい」

 コーネルは朦朧(もうろう)として、もはやその銃口を見上げる気力すらないようだ。

「…そうかそんなに聞きたいかい。おれから、聞きたいか。おれたちのッ!偉大なる将軍さまの話を…ッ!」

 だがコーネルの話は続かなかった。乾いた銃声とともに、コーネルの身体は吹き飛び、まるで糸の切れた操り人形のように壁に叩きつけられたのだ。コーネルの胸に大きな穴が開いている。

「すまねえなホーク」

 コーネルは血を吐きながら、最期の一声を放った。

「てめえらに話すのなんてざアな、最初っから真っ平御免だ…」

 死体がうなだれるとはっと息を呑んで、レズリーたちは背後を見やった。今のは半分、背後から狙撃した男に宛てたものだ。気配を読む間もなかった。いつの間にかそこにステットソンハットを目深に被った黒ずくめの痩せぎすのカウボーイが、死神のように立っていたのだ。

「悪いが、楽にさせてもらった。あんたたちの希望に添えなくて悪いが、死なせてやれ。そいつは、とっくにこの世から足を洗いたがってた」

 アーモンド形のぎょろりとした猛禽類(もうきんるい)の眼差しに、日焼けしにくいのっぺりとした白い肌。スペイン系の顔立ちをしたホークは、使える物腰だ。白のグリップに銃身の長いシルバーメタリックの鷹を掘りこんだコルトを二挺、無造作に携えていた。

「死ぬのは、あんたたちの勝手だ」

 レズリーは首をすくめると、ショットガンをホークと呼ばれた男に向けた。

「だが、この歓迎はいつまで続くんだ?自己紹介もしないまま、全滅する気か?」

「安心しろ。おれで最後さ。…それより、あんたらに、将軍が会いたがっている」

 ホークはその名に相応しい(うずたか)鉤鼻(かぎばな)を振った。レズリーは傍らのハスターに目配せをした。この上まだ、誰かが隠れていないか、警戒しているのだ。

「へへッ、だっせー萌黄、もうちょっとで照る照る坊主になるところだったじゃねえか。おういッ、さっさとおれ様に、礼を言わねえか!」

「先輩、いっつも出てくるの遅いんですよ!大体、なんで無事でよかったなの一言が言えないんですか!?」

「バーカ!お前もぶっ飛べ萌黄!」

 弾正と萌黄は相変わらず、何も気にせず言い争っている。

「五人で全部か?」

「そう思うならな」

 レズリーは覚悟を決めて言った。そう言えば、さっき以来、特殊能力(ドアーズ)による攻撃が来ていない。実際はどうだか判断しにくいが、なんらかの事情で局面が変わったと見るのが、妥当だろう。

「ついてこい」

 ホークは、あっさりと背中を向けた。そんなレズリーの解けきれていない警戒を見透かしたようである。

「道すがら、おれたち消耗品の悲劇についても話をしてやろう」


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