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第二十三話 ふいの戦場

 廃虚のブームタウンにも、午後の陽が傾き出している。切り立った影が建物から伸びだしていた。その上を真夏の雲の塊が、意外な速さで進んでいる。空気の湿り気具合からしても、雨はそう遠くなさそうだ。

 新知覚能力者(ドアーズ)に『攻撃』されている。

 この状況の不可思議さは、何度経験しても、現実から遠い。

「だったら物陰で、辺りをうかがっても無駄さ」

 ハスターは無防備に立ち上がって言った。

「ドアーズが撃ってきたとして、この弾丸が能力による『攻撃』だとしたなら、遮蔽物から様子をうかがって、射線を特定するのは無意味だ」

「それは分かってるんだが、長年の習慣は急には改めきれん」

 レズリーは銃を構えたまま、首をすくめた。

「おい小僧、てめえと違っておれらはなア、一回撃たれたらそれで(しめ)えかも知れねえんだぞ!?」

 弾正も壁を背にがなった。

「わーかんない人たちだなあ。この能力で攻撃して来ている人間にとっちゃあ、それが逆に狙いなんだってば」

 ハスターが三つの指で弾丸を回すと、それは風を受けたように旋回し、手のひらの上でくるくると浮かび上がった。

「もう一度言うよ。奴はどこに隠れようと、攻撃できる。だから精々、あんたたちを怖がらせて、反撃してこないうち、仕留めようと思ってるんだって。つまり問題はね、どこから撃ったか、じゃなくて『どうやって撃ったのか』なんだってば」

「うおッ!」

 ハスターが言った時だ。第二の銃弾が突如、レズリーの胸板に叩き込まれた。

「レズリーさんッ!」

 ハスターが言ったことは、間違いない。なぜならレズリーは今の瞬間、遠くから狙撃しようのない建物と建物の間に潜んでいたのだ。

「心配するない!」

 真後ろに倒れ込んだレズリーに駆け寄った萌黄に、ハスターは言った。見るとその手のひらの中でつむじ風に巻き上げられて飛んでいる弾丸が、さっきまでは一つだけだったのに、二つになっている。

「ええっ!?」

 レズリーはどこも怪我をしていないようだった。どうやったのかは分からないが、信じられないことに今の一瞬、ハスターは出現した弾丸が肉に喰いこむ直前に、『(かす)め盗った』のだった。

「とりあえずおれの見てる範囲じゃ、さっきみたいな真似はさせない。でも撃ってきたやつを捜さないとさー、ずうっとこうやって、やり過ごしてるわけにはいかないぜ?」

「おいっ、どこにいるか分かってんなら、言ったらどうだ!?」

「あっ、誰か来るよん」

 ハスターは弾丸を弄びながら、あごをしゃくってみせた。

 邪神の言う通り、確かに二百メートルほど先の廃屋の辺りから、とぼとぼと歩いてくる細長い影が見えた。萌黄たちは思わず身構えたが、襲って来るにしては足取りが、たどたどしすぎる。

(敵か)

 弾正が斬りこもうと、しきりに目配せしてくるが、さっきの能力を見る以上、あの男が術者であるのであれば、どこから狙撃してくるのか判らない。あまりにも無防備なあの足取りは、油断を誘おうと言うものではないのか。

「油断するな。…奴は、軍人だ」

 レズリーが言う。萌黄も目を凝らしたが、ライトブルーの入った青い制服に軍帽のあの姿は、確かに軍人だ。

 思わず萌黄はぎょっとしたが、男は骸骨のように干からびきって消耗した黒人だった。足取りが怪しいのは、片足を引きずっているせいだ。銃創でもあるのか、膝がしらには古い包帯が巻かれ、旧式のエンフィールド銃を杖代わりに歩いている。銃床(ストック)が下で、銃口が上だ。

「撃つな」

 男は干からびた声で言った。おずおずと、小銃を持ってない方の手のひらを見せた。

「こっちも、撃つ気は()。とにかく、おらの話聞いてくれ」

「…なんて言ってるんですか?」

 萌黄は眉をひそめた。この距離で理解しがたいのも、無理はない。ひどくブロークンな英語だったからだ。

「心配するな。まだ、大丈夫そうだ」

 レズリーは、黙眼で合図をした。萌黄には聴き取れなかったようだが、強い南部訛りだ。

「南軍の兵士か?おれも、従軍していた」

 男はかすかに頷いた。だが、格別、レズリーに親しみの表情は見せたわけではない。むしろレズリーが話しかけたことで、どこか緊張した表情に男はなった。

「さっき銃弾を撃ったのは、あんたか?」

 男はその表情のまま、首を振った。

「おらじゃねえ。おらが撃ったわけじゃねえ。…が」

「あんたは撃った人間を知っている?」

 男は銃を持ったまま、両手を拡げて頷いた。

将軍(ジェネラル)は、あんたたちをここで全滅させる、と言っている」

「まさか、軍隊がいるのか?あんたたちの?」

 男は応えなかった。そのとき萌黄は見た。骸骨にはまった目玉が、心なしか泳いでいるところを。

「将軍は本気だ。あんたたちを、殺す。一人残らず、全員、これは『呪い』だ。逃れることは出来ない」

 と言うと、男はライフルを構えた。ありうべからざる事態が、起きた。見る限り衰弱しているように見えるが、男はこちらを狙撃するつもりらしい。

「上等だ」

「やめろ」

 レズリーは刹那、弾正を制した。弾正が侮って、抜刀してこの男に迫ろうとしたからだ。

「奴の銃口の動きを見ろ」

 レズリーはあごをしゃくった。注意深くみるとあれだけ衰弱しているにも関わらず、男がこちらに向けた銃口は、少しも上下にぶれない。

「黒人の古参兵は、狙撃の腕利きが多いんだ」

 レズリーが注意を加える。当時、奴隷制度から解放された黒人の従軍兵は、特に戦闘経験が豊富だと言われた。どれほど衰弱していようとも、油断は禁物である。

「名前は?」

 穏やかにレズリーは聞いた。黒人は軋るような声を出した。

「おらはハンク。ハンク・ジョーンズ」

「おれはレズリーだ。ハンク、そっちの目的は?」

 レズリーが尋ねた。

「見ての通りだ。そっちの少年(ボーイ)、あんたに来てもらう」

 ハスターは仔犬を呼ぶみたいに、短い口笛を吹いた。

「おれが?あんたたちについてくの?」

「そうだ。お()、こいつらから離れろ。んで、あんたたちはどっかへ行け。それがおらが将軍の要求だあ」

「ハスターくん、行っちゃダメ!」

 萌黄が叫んだが、ハスターは平然と答えた。

「分かってるって、萌黄ちゃん。おれが簡単に言うこと聞くと思う?…てわけで悪いけど、その要求は飲めないなあ、ドアーズさん」

 手のひらに、つむじ風を作りながら、ハスターは言った。

「てゆか逆に聞いていい?それ指示してんのさー、クトゥグアの馬鹿?それとも尼二封妃(ニィアルフェンフェイ)ってクソ女?」

「将軍の命令だあ」

 ハンクが、警戒して銃口を向けた瞬間だった。甲高い風切り音とともに、ハスターの手のひらの中のつむじ風が弾け、その中で舞っていた弾丸が一つ、鋭角に空を切って飛んだ。銃で撃ち込んだのと変わらない。弾丸は射撃体勢をとったハンクの膝頭に喰いこみ、血肉を炸裂させたのだ。

「オウッ!オウッオアアアアッ」

「うるせえよ、おっちゃん。めんどいこと言ってると、次は頭にぶちこむよ?」

 ハスターは、慈悲の欠片もない声で言った。ハンクは冷や汗を掻いて呻いている。弾丸は膝の骨に喰いこんで停まったらしく、ハンクは倒れたまま起き上がれなかった。

「反撃は、なしか。じゃあ、やっぱりその将軍って言うのが、能力者、なわけだねえ」

 残りの弾丸を弄びながら、ハスターはハンクに近づいていく。

「じゃー今度は丁寧に聞いてやるよ。そのあんたの将軍とやらに、おれらの足止めを依頼した人間の名前は?あ、あとその将軍ってやつの名前は?」

「もっ!」

「も?」

「ッ…もう沢山だあ…!」

 その瞬間だ。傷口を抑えるのもやめて、ハンクが頭を抱えだしたのは。

「おッ…おらあッ!もう戦いたくね…十分だあ!楽にしてけえ!おらを介抱してくれ!主よ…もうッ、嫌だ!戦うのは嫌だああッ!あっ、あんな男の部下になってッ、あんな悪魔のッ!命令を聞いちまったばかりに!神様あ…」

 男は冬の湖にぶちこまれたかのように身もだえし、ぶるぶると震えていた。ハスターは面倒くさそうにため息をついたが、レズリーと弾正は思わず顔を見合わせた。これは典型的な戦時恐怖症である。

「殺してけ…ああっ、殺してけえ!今すぐ!今あすぐに!」

「あー、その独白、いつまで続くわけ?どーでもいいけど、おれが聞いた質問、どれでもいいから答えてくれないかなあ?」

 ハンクは血走った目で、こちらを視た。そして合わない歯の根をがたがたと鳴らしながら、何度も頷いた。それから蚊の泣くような声で、

使い切られた男(ワーステッド)…」

「ん?それが、将軍てやつの名前?」

 がくがくと、ハンクは頷いた。

「使い切られた男…だって?」

 変過ぎる名前だ。レズリーが少し、失笑しながら問うと、

「もうあいつは、とっくのとうにお(しま)いなんだ。足も、手も、目玉も、脳味噌だって…とっくに使い切られて。…まだ生きているのは、おらたちを苦しめるためなんだ。おらたちを永遠に、戦わせようと…」

「そいつはどこにいる?」

 聞くまでもなかった。レズリーが質問を発した瞬間、ハンクは額をぶち抜かれたからだ。

「おれは撃ってないぜ」

 ハスターは首をすくめた。

「分かっているさ。今のも、どこから飛んできたのか見えなかった。その、『使い切られた男(ワーステッド)』とか言うやつの能力だ」

 ビシイッ!と、硬いものがしなってほとばしる音がしたのは、そのときだ。もう一人、ステットソンハットに革ブーツのブロンド男が一人、馬車の前で鞭をしならせて立っていた。ハンクの一味だろうか。

「おれより先に死んだかアッ、ハンクのくそったれえ」

 大笑いする男の左目は刃物でえぐりとられた痕があり、そちら側の頭半分は、金髪がひき(むし)られていた。男は火のついたダイナマイトを、馬車の荷に挿し込んでいた。

「あの馬車の荷、火薬ですよおッ!?」

 萌黄が叫んだ瞬間、男は暴れる馬の尻に鞭をくれた。

「ようこそ地獄へッ」


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