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第二十二話 全知全能の門

 ついに尼二封妃こと邪神、ニャルラトホテプの目的が明らかになった。気の遠くなるような年月と世界規模の手間をかけて、彼女が呼び出そうとしているのは、自分たちより恐ろしく膨大な情報量を持った邪神の根源のような存在なのだ。

「膨大、と言う言葉では片付かないかもしれないねえ。それは全にして一、やる気になれば世界中の人間の脳味噌を発狂に追い込むことが出来るほどだ」

 ハスターはそのヨグ・ソトホースの巨きさを、こう表現する。

「ヨグ・ソトホースこそ、この世界のすべての次元と時間に同時に存在する唯一。盲目にして白痴を司る邪神、アザトースが『無名の霧』から生み出した副王が、ヨグ・ソトホースだ」

 って兄さん、空見ても何もないよ、とハスターは横向いてたしなめた。

「ッるっせえな。こちとら、早く終わりゃアしねえかッて、いらいらしてんだよ!」

「…先輩、どこ見ててもいいんで話が分からなかったら、黙っててもらえますか?」

「ッせえ萌黄!」

 毒づいて、弾正は顔を背けた。だが内心、萌黄は弾正が顔を背けたくなる気持ちも、分からなくはなかった。なぜなら母親の脳を奪っていった存在は、自分たちが追いかけている存在は、そこまで途方もないものだとは、いくら考えても想像もつかなかったのだ。

「気持ちは分かるよ。なんか、途方もない話だからねー」

「詳しく話してください」

 萌黄も、プライドがある。よく判らないながら、聞くだけは聞いて自分なりの理解を持たないと気が済まないのだ。

「…そもそも、その大きな門…ヨグ・ソトホースが顕れると、具体的にはどうなるんですか?」

「うーん…広すぎて言いにくいなあ」

 ハスターは眉をひそめると、物憂そうに首筋を掻いた。

「本来、すべての次元に同時に存在するヨグ・ソトホースがこの世界に顕れるってことは、全ての因果律が覆り、今あるべき世界の表裏が崩壊する、と言うか」

「もう少し、おれにもよく分かるように言ってくれ」

 レズリーが助け舟を出してくれて、助かった。

「見ての通り、おれには学がない。おれが分かるのは、目の前で起こることだけだ。その『門』とやらが開くことで、おれたちに具体的に何が起こるか、ってことが聞きたい」

「そう言うことなら」

 と言うと、ハスターは自分の手のひらを上に、水平にしてみせた。

「いいかい?上が、あんたたち、下がおれたち邪神の世界だ。あんたたちがこの手のひらの上に乗っているとして、そこからおれたちがいる世界は視えないし、認識出来ない。それが今の『常識』ってやつなんだ。これがこうなる」

 ぐるりとハスターは、手のひらを返した。

「簡単に言えばここは、人間の世界じゃなくなるわけさ。そのときはおれたち邪神だけじゃない、これまで見えなかった世界やその地下に封印されたものたちが、一気に顕現する。あんたたちからすれば、世界滅亡ってやつだね」

「なるほど、これ以上化け物が、おれたちの世界に顕れ続けると、おれたちは化け物の側になるってことだ」

「まー、近いかな」

「だが、疑問がある。お前は邪神なんだろ?その方が本来は、都合がいいんじゃないのか?」

 レズリーは当然の質問をした。なぜなら、目の前のハスターだって邪神なのだ。

「ああ、おれたちのこと?…そうだねえ、そう言われちゃえば、おれたちも邪神だし、その方が都合がいいんだろうけど。でもねえこの世界、そこそこバランスがいいんだよ。わざわざ崩してしまった方が、まずいんだよ。邪神が顕現しやすくなるってことは、おれたちの嫌いな邪神も当然、働きやすくなるわけでねえ。例えば、クトゥグアみたいなやつとか」

「クトゥグアとニャルラトホテプの目的は、同じなのか?」

「今のところはね。ただ、クトゥグアとニャルラトホテプは、元々仲が悪い。協力しあったとしても、最終的には判らない」

「そしてお前は、両方を阻止しようとしている。複雑だな」

「そんなに難しい話じゃないだろ?クトゥグアとニャルラトホテプがおれたちの共通の敵。それにドアーズ」

 ハスターが言った瞬間だった。くるりと振り向いたハスターの足を、何者かが狙撃した。なんの警告もなくいきなりだ。小さな足に弾痕が開き、硝煙の不穏な臭いが漂う。

「ハスターくんッ!」

 萌黄がとった行動は、反射的だった。レズリーと弾正は物陰に逃げたが、彼女だけ負傷したハスターの上に覆いかぶさって庇ったのだ。

「もっ、萌黄ちゃん!?」

「いいから身体を起こさないで!」

 萌黄は頭上を見回した。とっさにしか見えていないが、銃弾は確かに後方の建物の上から飛んできた。

「危なかったな。相手は相当の凄腕だ」

 レズリーが、狙撃手の射程距離を測っている。恐らく一番近い場所から目算しても、三百メートル近いはずだと言う。当時のライフルでは驚異の射程だ。

「ふうん。あっちは、誰もいないみたいな感じだけどなあ」

 全員が臨戦態勢になって警戒する中、ハスターは呑気そうに向こう側を眺めている。

「あ、あの、動かないで」

「あの…萌黄ちゃん。おれ…邪神だって話したよね。銃弾とか、大丈夫だからさ」

 ハスターは言うと、撃たれた(もも)の穴から弾丸を取り出した。すると出血するはずの空洞からは砂のようなものがこぼれ、穴を塞ぎ、しばらくすると傷などどこにも見えなくなった。

「えっ、すごい!」

「いや、注目するのはそこじゃなくてさ、おれが持ってるもの!」

 とハスターは、指でつまんだ黒ずんだ弾頭を、萌黄に見せた。

「拳銃の弾丸だろ?恐らくは、あんなところから、ここまで届かないと思うんだ」

 言われて萌黄は、レズリーが図ったとみられる狙撃地点を確かめた。給水塔のついた廃屋の屋上だ。恐らくはライフルを使ってもよほどの凄腕でないと、小さなハスターの足を撃ち抜くのは不可能だ。と、なるともっと近距離になるが、萌黄が見たところそれより手前には、狙撃に使えそうな高い建物や崖はなかった。

「おおいッ、なんだよッ!?一体どっから撃ってきやがった」

 一番事情が分からないのは弾正だ。遠距離狙撃になす術のない彼は、日本刀を腹に呑んで物陰から辺りをうかがうことしかできない。

「あっちの奥の家かよッ!?萌黄、どこだ早く言え!お前らが援護してる間におれが、とっとと回り込んでぶった斬ってやらアッ」

「ちょっと黙ってて下さいよ!」

「あンだあ?てンめ、見えなかったてのか!?」

「そうじゃないですってば」

 反射的に言い返したものの、言われてから何かに初めて気がついた、とでも言うように萌黄は目を見開いた。

(あれ…?今のは本当に見えたんだっけ)

「なんだよ萌黄!見えたのか見えてねえのか!」

「見えましたよ!どっから撃ったか見えましたってば!」

「いいや」

 遮るようにレズリーが言ったのは、そのときだった。

「俺は見えなかった。少なくとも、俺には、な。俺が認識出来ていたのは、弾丸が彼の足に風穴を開けるまでだ。それ以前は発砲音はおろか、飛んで来る弾丸の風切音すらまったく聞こえなかった」

 萌黄は愕然とした。なぜなら自分も、だったのだ。

 確かに弾丸は、こちらを狙って発砲されたものに違いない。しかし、どこから撃たれたのだ?そう言えば、『あるとき』弾丸は突然、出現した。いくら思い返しても、ハスターの足に穴が開いてからのこと、しか思い出せない。

「ちょっと待てよ。話に夢中になってたからとかじゃアねえのかよッ!?」

「違うね」

 断言するように言ったのは、なんとハスターだった。

「兄さんの言うことが正しいね。おれも感じられなかったもん。いいかい?…弾丸は、飛んできたんじゃない。いきなり、おれの足のところに現われてぶち抜いてきたんだ」

「まさか…?!」

 有り得ないことは有り得ない。再び萌黄の脳裏にその言葉がよぎる。

「これは言っとかなきゃね」

 ハスターが指で弾丸を弄びながら、うそぶいた。

「おれたち、新知覚能力者(ドアーズ)に『攻撃』されてるぜ?」


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