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第十五話 時間からの影

 吹きさらしの丘の上には、二人の男が立ち尽くしている。

 一人は、死んだはずの男。自分の銃で脳味噌を吹き飛ばし、すでに埋葬されたはずの男だった。男は死体のまま、そのはずだった。ドラグーンの弾丸が開けた風穴はそっくり、そのこめかみにぽっかりと穴を開けていた。

「遠慮はいらんぞ、ジャイルズ。あれがお前を死に追い詰めた連中なんだろう?」

 古新聞を持ったその男は、幽鬼のようなジャイルズにそっと耳打った。

「派手にやれ」

 それが合図のようなものだった。ジャイルズとその男は、問答無用で発砲してきた。

「どいつもこいつも逃がさんぞッ!ここで残らず、死体にしてやるッ!」

 なんの予告もなく弾丸の雨が降り注ぐ。完全な不意打ちだ。銃を構えるのも間に合わず、萌黄たちは後退するしかなかった。

「どっ、どうなってるんですか!?」

「知るかよ!いいから撃ち返せ!」

 とっさのことで、萌黄もエイクリーも銃を抜いたものの、容易に反撃が出来ない。

「あわてるな。いつかは必ず銃撃が止む。連中は俺たちの反撃を警戒しながら、接近してくるはずだ。そのとき俺が連中を引き受ける。萌黄は弾正を援護しろ」

「俺に斬りこめってのか?」

「無理か?」

「舐めてんのかこの野郎」

「頭を冷やせよ」

 エイクリーは苦笑した。そして弾丸が当たってけたたましい金属音を立てているウェールズファーゴの運搬用金庫の方へあごをしゃくった。

「あるだろう、敵に渡せない忘れ物が。あのピンカートンの社員証(エージェント・バッジ)は、誰かから無理やり奪われたものだ。誰が殺されたのか突き止めて、ことを公にすれば、いくら連中だって大っぴらには俺たちを襲いにくくなる」

 銃撃はまだ止まなかった。弾丸は土を掘り起こし砂埃を上げ視界を塞ぎ、けたたましい銃声と跳弾音(ちょうだんおん)は、その場にいる人間の聴覚を漏れなく麻痺させる。

「大体、好きに撃たせておけばいいのさ。いくら連中が腕が立とうと、奇襲に失敗した以上、この距離で当たる確率は格段に低くなる」

 見ろ、とエイクリーはあごをしゃくった。気が付くと、辺りは真っ黒な煙に覆われている。当時の銃に使用されていた黒色火薬の煤煙(ばいえん)のせいであった。

 当時の銃に使われている火薬は燃焼力が弱く、燃焼時に盛大な黒煙を噴き上げるため、銃手の威力や射程を損じることが多かったのだ。そのため初弾を仕損じれば、よほどの名手でも遠くから相手を仕留めがたいとされていた。

 例えば先のアメリカ南北戦争などでは、遠距離での狙撃(スナイプ)を得意とする銃手が登場してきたものの、銃による戦闘はまだ一列横隊の一斉射撃によって行われており、その有効射程は約十メートル前後が関の山であった。

「残念だったな」

 挑発するように言うとエイクリーは、丘の上の煤煙の塊に向かって何発か反撃した。銃撃戦は何より、銃火から自分の位置を知られることが命取りになるが、当時はその盛大な煙がまた、絶好の手がかりになるのだった。

「聞こえるかジャイルズ、お前はドアーズだ。脳味噌吹き飛ばしても、生きてるくらいじゃこっちは驚かないが、また詰まらん助っ人を連れて来たもんだ。いいか、そいつはお前と同じ、役立たずの間抜け野郎だ。そのしょぼい腕でおれたちを仕留め損なった以上、お前もおれが頭を吹き飛ばしてやるって伝えておけ。揃って地獄へ送り返してやるよ」

 オレンジ色の火箭が閃き、エイクリーのいる場所は、銃弾の雨に晒された。

(よし、行け)

 自分に注意を惹きつけたことを確認すると、エイクリーは萌黄たちに金庫の方へ回るよう、合図する。

「どうした、怖いのか?お前らは背中からしか、人を撃てない羊野郎か?」

「ほざけ」

 と言ったのは、ジャイルズが連れて来た男の声だ。

「お前たちこそ、こそこそせずさっさと観念して出てきたらどうなんだ?もうお前たちの、逃げ場はないんだ。男らしく出て来い。さっさと決着をつけようじゃないか」

 更なる集中砲火で、煤煙は辺りを覆うほどになった。萌黄たちは煙を隠れ(みの)に、移動金庫の中から必要なものを取り出した。

(もう大丈夫です、エイクリーさん)

 萌黄の合図に頷くと、エイクリーは店の勝手口から逃げるよう合図した。ジャイルズはリピーターライフル、もう一人の男はショットガンを持っているらしく、接近されるごとにエイクリーは釘付けにされて動けない。

(エイクリーさんも逃げましょう!)

(俺に構うな)

 エイクリーはうるさそうに手を振ると、より大声で相手を挑発した。

「ジャイルズ!お前のような戦争の人殺しがピンカートンのエージェントとは、笑わせてくれるな。しかもあれは、人を殺して手に入れたバッジじゃないか?さては、お前のそのしょぼくれた相棒も強盗まがいの人殺しか?」

「黙れ」

 応えたのはジャイルズではなく、もう一人の男の方だった。

「お前たちの方こそ、海を越えてまで罪を犯しに来た下らんごろつきだろう。悔い改めて出てくるんだな。楽にとは言わんが、牧師と棺桶代くらいは負担してやる」

「いちいち笑わせてくれるな。お前たち鉄道会社の人間が、この辺りの邪教団と組んで不正な用地買収や搾取に動いている証拠は挙がってる。俺たちはお前らを残らず葬るためにはるばるやってきたんだ。そもそも聞くが、お前らが用意するその牧師ってのは、まともな人間の牧師なんだろうな?」

「減らず口を!殺してやるッ!さっさと観念して出て来い!」

「エッ、エイクリーさん!そ、その辺に!死んじゃいますよう!?」

 萌黄の心配の声も虚しい。ジャイルズたち二人はすでにすぐ傍まで迫っている。煤煙で視界が悪くとも、接近すればショットガンなら十分に相手を仕留めえる。無茶苦茶に撃っているようだが、効果的な撃ち方だった。エイクリーは一歩も動けない。

(俺はいいから行け)

 エイクリーがもう一度、あごをしゃくったときだ。

「馬鹿、萌黄、あいつらの荷物ン中に。いいものがあるじゃねえか」

 弾正が移動金庫の中から盗り出したものを見て、萌黄は目を見張った。なんとそれは、ダイナマイトだった。

「なっ、投げて下さい!それを早く!」

「へへッ、外すんじゃねえぞ萌黄ッ」

 弾正は片頬を歪め歯を見せると、それを大きく放った。六文銭の銃を抜いた萌黄が、一撃でそれを中空で撃ち抜いた瞬間だ。

 けたたましい爆音と衝撃波が煤煙もろとも辺りを吹き飛ばし、さしものジャイルズたちも沈黙を余儀なくされた。その一瞬に萌黄がエイクリーを助け出し、まんまと店の勝手口から中に避難することが出来たのだ。

「おっ、おいお前たち!何をやってくれてんだ!?」

 カウンターの中ではジョン・ダブリンが、フライパンを被って悲鳴を上げていた。幸い空いている店だが、さっきのダイナマイトの爆発でこの小さな酒場(サルーン)は外壁が軋み、斜めに傾いたのだ。

「いいから早く逃げろよおっちゃん、どうせ客もろくにいねえ店だろ?」

 弾正が適当に言い捨てて、外へ出ようとした時だ。入口のスウィングドアを開けて、なんと家族連れが入ってきたのだ。夫婦連れに子供二人、何の変哲もない旅行中の家族だったが、何かが異様だった。よく見ると彼らの衣装は穴だらけで、焼け焦げた弾痕まみれだったのだ。

 萌黄たちは思わず立ち止まった。

「こっ、この人たち…?」

 萌黄は次の言葉を思わず呑み込みかけた。皆まで言う必要はない。彼らは紛れもなく、死人なのだった。萌黄たちはすでに目撃している。彼らが棺桶もなく、馬車の荷台に載せられて往来を通過したのを。

 彼らは死体だった。こんなことは、有り得ないのだ。ドアーズと相対するとき、肝に銘じたはずなのに。思わず自分が当たり前だと思っていた常識に頼った自分に、萌黄は愕然とした。

(有り得ない、ことなんてなかったんだ)

 それが彼らとの戦いである。

(思い直せ。そして常識そのものの方を改変するんだ)

 理屈ではなく、肌で憶えなくてはならない。新知覚能力者(ドアーズ)たちの前では、有り得ない、と言う概念そのものが通用しないことを。今、まさに萌黄の前でそれが起こっている。

 そしてそれは紛れもなくクリス・ジャイルズの深きもの(ディープ・ワン)の能力が為しえることではなかった。今まさに、別のドアーズが攻撃してきている。

(あの男だ)

 萌黄は、ジャイルズとともに現れた古新聞をもった男の姿を思い浮かべた。自らこめかみに銃弾を撃ち込んで、死んだはずのジャイルズ。あのジャイルズはやはり、完全な死人だったのではないか。そして死人を連れて襲撃してきたあの男こそが。

(また、新たなドアーズッ…!)

「萌黄ッ、いいからどっか隠れろッ!」

 弾正の叱咤が、萌黄の想を破った。

 青白い顔をした父親らしき男が合図すると、家族連れは一斉に銃を構えたのだ。店内を揺るがすほどの銃撃は、逃げ遅れたエイクリーに集中した。無数の弾丸はこの哀れな男の全身を無慈悲に刺し貫いていったのだった。

 上半身がカウンターに乗り上げるほどに銃弾を喰らったエイクリーは、踏ん張った足をハの字にくねらせた後、倒れ込んだ。一瞬にして十数か所の弾丸を受け、着ていたコートから大量の血が、床に沁み出してきた。

 ドン、と裏手のドアが開いたのはその時だ。青白い死人のジャイルズを連れ、ショットガンを構えたのは、新たなる新知覚能力者(ドアーズ)と思われるあの男だ。その男がはっきりと見せたのはピンカートン探偵社のエージェントが誇示する、まっさらなバッジだった。

「二つ、訂正しよう」

 男は、瀕死のエイクリーを見下ろすと、言った。

「私はピート・ブレイカーズ、お前らのようなならず者を取り締まるためにここへ派遣された。言うまでもないが正式なピンカートン探偵社のエージェントだ。そしてジャイルズの相棒が私なのではない。彼らが私の相棒だ」

 死んだはずのものたち。自殺したジャイルズと、自らが射殺した強盗一家たちにあごをしゃくって言う。

「彼らは正義を行う。その罪をつぐなうため、私のルールに従って。それが私の能力、『時間からの影シャドウ・アウト・オブ・ザ・タイム』」


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