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第十一話 黄衣の王対深きもの

(ちぇっ、どういうつもりだこの女)

 弾正はくつろげかけた日本刀の鯉口を戻しながら、内心舌打ちしていた。

黄衣の王(イエロー・キング)』。新知覚能力者(ドアーズ)である彼女は、同じ能力者であるクリス・ジャイルズに対して、これから能力戦を挑もうと言うのだろうが。

 肝心のシャーロット・エイワスは、武器一つ手にしていない。完全に丸腰に見える。よく見るとこの女はライフルを持っていなかったし、うかつにもベルトからホルスターごと拳銃(ハンドガン)を外して置いてあったのだ。

深きもの(ディープ・ワン)』であることを差し引いても、拳銃で武装しているクリス・ジャイルズの目の前に無防備に立ったことは、ただの無謀としか言いようがない。

『おいおい…つーか何だよ、この小娘はよオ…』

 クリス・ジャイルズは大きく咳払いをすると、腹立たしげに吠えた。

『邪魔だぜッ!こいつは正々堂々男と男の勝負ってやつだッ!見て判らねえかッ!判ったら、さっさとその白い(ケツ)を引っ込めやがれッ!』

「威勢だけはいいみたいね。男の勝負、嫌いじゃないけど。でも、わたしの勘違いかしら。正々堂々って言うのはあんたみたいに、お嬢様みたいに顔も出さずにこそこそ隠れてすることだったかしらね?」

『御託がうるせえッ!』

 ジャイルズが闇雲に銃を乱射した。オレンジ色の火箭が、まるでピンボールのように部屋の中を飛び交った。部屋の中は硝煙臭い、真っ黒い雷雲にような煤煙で視界も効かないほどになった。

『てめえらに言われる筋合いのことかッ!こそこそと、こんな手の込んだやり方で隠れやがってッ!おれ一人で十分だッ!ここで皆殺しにしてやろうじゃねえかッ!』

「お前一人か。だったらお前一人さえ取り逃さなかったら、おれたちの勝ちってことだ」

 レズリー・エイワスがライフルを弄びながら、寡黙(かもく)な口を開いた。

「この小屋には火薬がたっぷり仕舞ってある。どこにいるのかは知らないが、まとめて吹っ飛ばしちまえば、お前は終わりだ。小屋はまた建てればいい」

「待って兄さん」

 丸腰のシャーロットが銃を構えた兄を制した。

「久しぶりのお客様が、来てるのよ。ママが仔牛でシチューを煮てくれてる。折角来たお客様を我がエイワス家の誇りにかけてがっかりさせるわけにはいかないでしょ?」

 開拓者たちは当時、未開地への来訪者をどれだけ温かくもてなせるかを、自分たちの社会的なステータスにしていた。有名なのは農場貴族が多かった南部(サウス)であり、サザンホスピタリティの精神性でつとに知られる。

「なんだ、飯か。だったらさっさと片付けてやるから、馳走しやがれ」

 いきりたつ弾正を、シャーロットは押し留めた。

「心配しないで。どんなお客様ももてなすのが、うちのしきたりだから」

 シャーロットは片目をつむってみせると、前へ向き直った。

「あんたもうちのお客様、と言いたいところだけど、顔が見えない人はもてなせないわね。それとも女のわたしが怖い?今なら相手は、わたしだけで済むわよ?」

『ふざけやがって…』

 そうこうしているうちに、外はとっぷりと暮れていた。天井から大振りのランプが吊り下げられているものの、言うまでもなくこの猟師小屋の隅々までを照らすには至らず、部屋の四方には重たく濃い闇がわだかまり始めていた。

「この女ッ、絶対許さねえ…」

 ふと戸口の闇の中に、墓標のような不吉な長い影が立った。間違いなく、あれがジャイルズだ。エイクリーのように旅塵にまみれた丈の長いコートを羽織り、弾正に切り取られた腕の傷口を包帯で引き絞って縛っている。骸骨のようにぽっかりと空いた眼窩に血走った瞳が(またた)きもせずに、シャーロットを見つめていた。

「いいだろう。望み通りサシで()ってやるよ。てめえの銃を取りな」

 と言いつつも、ジャイルズの銃口はぴたりと丸腰のシャーロットに合わせられていた。

「ここまでしてやったんだ。まさか、これでフェアじゃねえとは言わねえよな?」

「言わないわよ。ましてあんたは片腕、わたしに勝てるはずがない」

 シャーロットが肩をすくめた瞬間、ジャイルズは急に姿勢を低く変えた。脅しに一撃、肩を吹っ飛ばしてやろうと思ったのだろう。だが、シャーロットの方が数瞬、速かった。撃ったのはテーブルの銃ではない。

「てっ、てめえっ!隠し持ってやがったなッ!」

 シャーロットの手に握られているのは、手の中に握りこんで隠せるほどの小さな拳銃だった。それは、薬室と銃身が一体化した小さな金属管を束ねて並べて造られていた。現在のデリンジャーの原型とも言われるこの銃は、その円筒形の形から、胡椒入れ(こしょういれ)(ペッパー・ボックス)と称される小型拳銃だった。

 製造が始まったのは、一八三〇年代である。単発式の銃が普通の時代に多銃身で連発が利き、しかも携帯に便利な大きさのこの銃は、軍人ばかりでなく一般人にもよく売れた、と言う。命中精度は低いが、接近戦闘では絶大な効果を発揮する。

 ジャイルズのドラグーンと言えど、近距離ではその速射性に反応するべくもない。大音量で飛び出した弾丸は、ジャイルズの拳銃を構えた腕から胸の辺りへ矢継ぎ早に命中し、その細長い身体を吹っ飛ばした。

「やったのか!?」

「いいえ、まだ」

 死体に駆け寄ろうとするエイクリーと萌黄を、シャーロットが制した。放たれた弾丸は三発、それは残らずジャイルズの身体に命中している。

深きもの(ディープ・ワン)…しっ、染み込めっ」

 ジャイルズがうめき声を上げ、二人は改めて身構えた。なんとジャイルズの身体が透き通り、床に染みた雨だれのように黒くにじんでいくのを見たからだ。

「俺の身体を早く、床に…弾丸(タマ)を抜くんだッ…まだだッまだ間に合うっ!」

「シャーロットさんどいてッ!ジャイルズが逃げちゃいますようッ!」

 萌黄は銃を構え床に向かって発砲しようとしたが、シャーロットは動じない。

「あわてないで。逃がしはしないって言ったでしょ。奴は、もう逃げられない」

「なッ、なんだあこりゃあッ!染み込めねえッ!俺の身体がッ!染みこまねえッ!」

 シャーロットの言う通りだった。ジャイルズはもはやどこへも行けなかったのだ。

「てめえっ、何をしやがった…!?」

 ジャイルズの身体は透き通りはしたが、床に染み込んでいかない。このままでは、体内に残った弾丸が、排出されていかないのだった。

「今、あんたに撃ち込んだのは、ただの弾丸じゃない。あれは、『黄衣の王(イエロー・キング)』を弾丸に変化させたもの」

 シャーロットの言葉と同時に、黒く濡れたジャイルズの身体が黄色くにじんできた。まるで黄色い水彩絵の具を、バケツの水で溶かしたように。淡くほとびた黄色い何かが、その身体を循環しつつあった。どうやら明らかにその黄色が、滴化(てきか)する深きもの(ディープ・ワン)の能力を阻害し、ジャイルズが床に浸透するのを阻止していた。弾丸を受けたジャイルズの身体は黒く濁って何度も溶けかけたが、一向にその実体を無くして消えていったりはしないのだった。

「うッうおおおおッ!深きもの(ディープ・ワン)、何とかしろッ、弾丸が喰いこんじまうッ!何とかしろッ深きもの(ディープ・ワン)ッッ!!」

「無駄よ」

 シャーロットは、ゆっくりとした所作で硝煙の匂いを放つペッパーボックスの弾倉に再び弾丸を込めた。射程と命中精度には難があるとは言え、ダブルアクションの短銃の威力は凄まじい。これが本当の弾丸だったら、ジャイルズの肉体はすでに崩壊するまで痛めつけていただろう。

「動かないことね。『黄衣の王(イエロー・キング)』は、すでにあなたの一部。あなたはもう、染み込めない。同時にどこへ行くことも出来ない。そのままとどめを刺されたくなかったら、わたしの質問に答えてもらう。いい?もう一度言うわよ。あなたはもう、どこにも逃げられない」

「くッ!くそおッ!ふざけやがってッ!」

「あっ」

 止める間もなかった。『黄衣の王(イエロー・キング)』が全身に行き渡る寸前だ。まだ利く残った片腕を使い、ジャイルズは自分のこめかみを撃ち抜いたのだった。


「さて、とんだことになってしまったな」

 エイクリー・ヴェインは、大きく息をついてすぐ足元にある死を見下ろした。

「結局、奴は何も吐かずじまいで死んじまった」

 もはや、その言葉も虚しかった。なにしろそこに横たわるクリス・ジャイルズは、もう何も語ることはないのだから。シャーロットの能力が全身を支配する前に、このならず者は、自らの意志で頭を吹き飛ばしたのだ。

「見事な自決ですね」

 死神の洞のような瞳を、萌黄は閉じてやると両手を合わせた。

「これで手がかりが途切れてしまいました」

「へッ!胸糞悪(むなくそわり)ぃ男だったが、野郎も、武士(サムライ)だったってこった」

 ジャイルズと斬り合いをするつもりだった弾正は、どこか憮然(ぶぜん)とした面持ちのまま言った。

「いずれにしても、仕方のないことよ。元々彼は、ここからどうあっても逃がしてはいけない存在だった」

 シャーロットは黄衣の王に命じると、遺体を始末した。驚異的な順応力と消化力を持つこの生物は一瞬にしてジャイルズの身体を、跡形もなく消して去ってしまった。手がかりにと、シャーロットが遺したのは、ジャイルズの衣類ばかりになった。

「ねえさっきの。武士(サムライ)だったって…どう言う意味?」

 シャーロットの質問に、弾正は萌黄を通して答えた。

「あんたが謂ってたのと同じ意味だよ。こいつも、男だってことさ」

「よく判らないわ」

「えっ、ええと。先輩が言いたかったのは、つまり、この人は組織に言われたんだとか、そう言うことじゃなくて、自分の意志で命を絶ったんだ、と」

 余りにも偏った弾正のコメントの通訳と説明に、萌黄は窮しながら答えた。

「おれ様がやってやりてえってとこだったが、まあ、まっとうな勝負だったってことだ」

 所詮、その点は自分たちと同じ人間だ、と弾正は言いたいらしかった。

「さっさと飯にしろよ。それより、さっきの話の続きだ。この農場に来たって化け物の話、続けてもらおうじゃねえか」


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