Interude~ 奇妙な二人
その奇妙な二人組の日本人の存在が、初めて認識されたのは、一八七〇年、真夏のサンフランシスコでのことだ。
場所は、サクラメント行きの鉄道駅である。真昼の炎天下と言うことで、さすがに人影もまばらだった。そこにいたのは、仕事を求めて東部からはるばるやってきたらしいアイルランド人の移民の家族と、アジア人の召使、そしてメキシコ人らしい老夫婦くらいもので。二人の日本人は確かに、目立った。
この二人はまず、この炎天下と言うのに、フロックコートを羽織っていたのである。それがコートの重たいボタンを喉の下までしめ、革製のブーツの紐をしっかりと結んで、片意地なフランス人の士官のように、直立不動でいたのだ。見ているだけで暑苦しいと言う他ない。
そのうちの一人は、三十前後の男のようだ。一七○センチを少し越えたあたり、当時のアジア人にしては背が高い。オールバックにした髪は、暑さのせいか少し乱れ、髭もうっすらと剃り残っている。彫りの深い顔立ちの眉毛は少し薄くて、見かたによっては、ロシアか北方の民族の血が入っているようにも見えた。
もう一人は、なんと女の子だ。年齢も十代にみえる。とても小柄だ。背丈は、連れの男の胸元に届くか届かないかくらい、それなのになぜか懸命に胸を張っている。
意志の強そうな瞳は大きく、その性格を表すかのように小さなあごに見合った小ぶりな唇は、強く引き締められていた。一見、つんとしていて、どことなく、子猫を思わせる風貌でもある。
白人のブロンドにも、メキシコ女の髪にもない、みずみずしく艶めいた黒髪がカリフォルニアの日に映えて、通りすがると道をいく男たちの足を止めさせた。彼女はその豊かな髪を現代で言うツインテールにしていた。結び目に留められた白いナツツバキを象ったとみられる精巧な細工の髪留めは、まごうことなき日本製の工芸品である。
無駄に厚着をした二人は顔に汗ひとつ掻かず、暑さについては時折ため息をつく程度なのだが、お互いにちらりと視線を交わしては、あさっての方向を見ながら、ぐちぐち何かつぶやいている。たぶん、二人で厭味を言い合っているのは分かるのだが。
周囲でそれを目撃した人たちは、日本語を解したわけではない。ちなみに当時のサンフランシスコは、メキシコの一部からようやくアメリカのカリフォルニア州の一部になったばかりで、内外から雑多な移民たちの受け入れ口になっている。いわゆる、西海岸のニューヨークを想像してもらえればいい。ゴールドラッシュの好景気を求め、アメリカに出稼ぎに出たアジア人と言えば大抵は、中国人だ。長い鎖国時代を経て、国民を解放した日本人の労働者移民が現れるのは、まだもう少し先のことになる。
だから、何やらその二人が話しているその雰囲気を見て、恐らく言い争っているのだろうと言うことは分かっても、何を話しているかまでは分からない。
仲が悪そうだな。
そのとき、その現場に早くからいた、アイルランド人の男性(実はこの男は新聞記者だった)はそう、表現している。実際、この後二人は、他の誰にも分かりそうもないその言語で面と向かって言い争いを始めるのだが。
「仲が悪そうだったかえ」
ホウ、と、その男は場違いにも見える素っ頓狂な相槌を打ってあごを摩っていた。
ところ変わってここは、日本。東京府下、現在の赤坂五丁目である。
「で、他には? 何をやらかしたのかい? 情報はないのかえ」
彫りの深い顔のその男は四十輩、渋味のある顔を歪めて、ひと癖もふた癖もありそうな表情をするのが印象的だ。さらに口元を歪めると、ちょっと人を小馬鹿にしたような皮肉げな顔つきになる。
この男は持参した客から、英文で書かれた新聞記事を黙読していたのだが、やがてゆっくりと顔を上げると、ちょうどそんな不遜な表情で、この言葉を吐いたのである。
「放っておけ」
「しかし」
「もう横浜を出たってんだろ。此の方にも、あんたにもこれ以上何の関係がある」
言われて、先方は返す言葉に窮した。
「で? これだけかい? 話はサ」
と、挑むように相手を見る。江戸っ子気質と言うのか、そうした向こう気の強さで、この男は自然と世間の憎まれ役になってきた。そして、またそれが板についているのも分かっている様子ではあったが、面と向かって話をする方はたまったものではない。
「ところで、何を話していたかってことだが」
記事を持参したのは、今朝方、横浜から戻ったばかりの内務省の役人である。権突くの役人嫌いだった男は、ことさらぶっきらぼうに、その英文記事を弾き飛ばす。その隣にあったのは、横浜山の手にある外国人武器商人の邸が焼き打ちされたと言う三か月前の記事だった。
「大かた、此の方の悪口だろうよ…」