チョロインさんの恋愛力って甘くない?
俺は自分の隣で眠る女性を見た。
金髪碧眼、ボンキュッボン。分かりやすいヨーロッパ的異世界にお約束の美女である。今は夜着をはだけ、その豊かな体を惜しげも無く晒している。その白い肌が眩しく、いつまでも見ていたくなる。
広い割には置かれた調度品で広さを感じさせず、かといってゴテゴテした感じも無い、いかにも金持ちな豪華な部屋。ここは吐いた息が白くなるほど冷たい冬の外とは違い、寒さを感じさせずとても暖か。眠る彼女の身分の高さが窺える。
そんな部屋のベッドで満足そうに眠るその顔を見ると、こちらの頬も緩んでしまう。
彼女はさっきまで俺とギシアンしていたわけで、そうとうお疲れなのだ。たとえ頬を突っついてみたところで起きる気配はない。ただ「んむぅ」と嫌がるそぶりを見せるのが可愛らしく、思わず耳を甘噛みしてしまった。
眠る彼女と離れるのは惜しいが、そろそろ夜が明ける。
俺の時間は終わりだ。後は彼女の意思に任せるだけである。
やれる事はやった、教えられることは教えた。
それだけなのであった。
数日後。
異世界から召喚された勇者パーティの中でも有名な『聖女』が勇者の元を離れたと噂で聞いた。
どうやら、彼女は自分の道を見付けたらしい。勇者との恋人関係を清算し、一人の女として生きると宣言したようだ。
そしてそれを皮切りに、勇者様(笑)から召喚された当初からいた女の子とか、女性がどんどん離れていくようになったという。全員が全員、離れていったわけじゃないようだけど。金目当てだったり立場が許さなかったりする女性もいるしね。
……ただ、その聖女様が、なぜか黒髪黒目の男を探しているという話も聞こえたような?
いやぁ。そんな外見の奴は勇者様のように、日本からの異世界転移者ぐらいじゃないですかねぇ?
日本にいた頃の話だ。
異世界転移系小説を読んでいて、たまに疑問に思うことがある。
「チョロインさん、主人公からの扱いが酷いのに、よく付いて行くよなー」
ヒロインの惚れるまでのチョロさは構わないが、たまに主人公はヒロインになった女性の扱いが悪いと思うのだ。
駄目人間、暴力男に尽くすことを幸せとする女がいるという話は聞いていたが、ものの見事にそんな女性ばかりに囲まれている主人公を見ると、ものすごく違和感を感じるのだ。
確かに最強系チーレム主人王は他を圧倒するほど強かったりするけど、惚れ続けるのは可能なのかと思ってしまうのだ。
これが一対一の純愛系ならまだ分かる。時間というリソースを同じぐらい使う対等な関係なのだし。
一対二でも、なんとか。もう一人へのライバル心とか、そういった物が働くに違いない、という事にしておける。
しかしこれがハーレムでヒロインが五人六人といた場合、話はずいぶん違ってくると思うのだ。
主人公が彼女たちに使うリソースは平等に分配されればほとんど存在せず、たとえ一夫多妻制が常識の世界といえど、ほとんど放置に近い状況になりかねない。下手すると、個人としては見てもらえず「妻たち」というカテゴリで扱われる。
妻でい続けるメリットは確かにあるだろうが、愛情が長続きするように思えなかったのだ。
なんでヒロインはいつまでも純粋に主人公を慕えるのか。洗脳でもされているんじゃないだろうか? 恋愛関係、適当で甘々過ぎね?
そこが共感出来ず、俺はチーレム主人公の話が嫌いだった。
だから自分が巻き込まれで異世界に来て、召喚された本命の男が救国の英雄、勇者として祭り上げられた時に、俺は独りパーティを離れて外から彼らを見守る事にした。
都合のいい事に彼は自分を慕う少女三人を引き連れていたし。ちょうどいいサンプルだと思ったのだ。
召喚された勇者様(笑)の快進撃は続く。
魔族に襲われた街を救い、今まで攻め込まれるだけだった状況を覆し、魔族にさらわれた他国の王女を救い、ついには魔王を討って平和をもたらした。
この世界の魔族や魔王は異世界侵略者、エイリアンのようなものだったので討ち滅ぼすことに忌避感は無かったようだ。俺も奴らを殺すことに忌避感を感じなかったので責める気は無いが。とにかく彼らは召喚した王国に従って勇者様(笑)から見事本物の英雄になった。俺の中では未だに勇者様(笑)だが。
英雄になった勇者様は王国の姫様や公爵令嬢、国境の聖女、助けた他国の姫などをハーレムとして得て、魔族の残党を狩ったり他国に睨みを利かせたりと働きながら、幸せに生きている。
かなり、性欲に忠実に。
ハーレム勇者様(笑)の生活は性欲に満ちているようで、そうでもない。
世の男性の何人かに聞けば分かる話であるが、性行為というのは日に何度もするもんじゃない。一日に五回もやれば凄い方だ。とりあえず、俺は無理。
勇者様(笑)もそこは一般的なのか、エロいことは日に二~三回が上限で、四回目以降はあんまりない。まったくないわけでもないが、せがまれ頼まれ押し倒され、ようやく相手をするぐらいだ。エロパワーで補充しようと残弾が足りない。
ただ、収集癖でもあるのか、たまに奴隷獣人少女をメイドとして連れて来たりするため、お相手は妻たちだけでなく侍女なども含まれ、月に相手をする女性の数(回数ではない)は平均して二〇人といったところか。そのうち一〇人は毎月当たり前のように入れ替わりが発生するので節操というものが感じられない。相手をされなくなろうとも相手を務めた彼女らが解放されないので、俺は勇者様(笑)のそれを収集癖と称している。
相手をした女性に優しくしているし、金銭的な意味で苦労はさせていない。ただ、釣った魚に餌をやらないがごとく、性的な意味で放置プレイが多いだけである。
性欲に忠実だがエロに満ちているようで満ちていないと俺が思う理由はそう言う事だ。
これはこれで、女性にはストレスの溜まる環境じゃないだろうか? 女性にだって性欲はあるのだし。
なのに、妻となった女性らや性欲処理につき合わされた女性から勇者様(笑)はとても受けがよく、悪く言う奴など存在しない。
普通なら誰か一人ぐらいは愛想を尽かしてしまうんじゃないかと思うんだけど。俺が観察を始めて五年、今の魔王討伐後の様子を見て二年の間に離れていった女性はいない。
不思議に思った俺は、ちょっとした実験をすることにした。
妻たちの中でも一番の不遇系、聖女様に手を出すことにしたのだ。寝取りを企てた、とも言う。
聖女様の扱いは、性的な意味で特に悪い。
月にお相手をするのは多くて二回。少ないときは、三ヶ月以上御無沙汰という事もある。
俺にとってとても都合がいい状態だ。
俺は、聖女様は本当の意味で女としての悦びを知らないんじゃないだろうかと考えている。
出会った当初は正統派美少女で今も北欧美人といっていい彼女だが、困ったことに彼女の身長は高かった。勇者様(笑)よりも。
別に人種以外の種族、エルフなどであれば問題なかったのだが、彼女は人種であった。勇者様(笑)の背は低くなかったが、それが彼のコンプレックスとなり、聖女を遠ざける原因になったのは間違いない。購入した奴隷少女は皆小柄だし。
仲間として頼れる事もあり、助けてもらった事は一度や二度じゃない事もあって嫌ってはいなかったが、女性としてみてなかったんじゃないかな? 戦闘中に違和感は全くなかったし。たぶん国教の教会の聖女だから妻として迎えたんだろう。そして聖女様も勇者の妻として、聖女だから笑って現状を受け入れていると考えたのだ。
つまりパーティメンバーの一員の感覚で、性的関係を含むようになっただけの、仲間としての付き合いだと思ったわけだ。
つまらない考察は横に置き、俺は聖女様を寝取ってみた。
とは言え、無理矢理ではない。ちゃんと手順は踏みましたとも。離婚前に事に及んだけど。
勇者様(笑)と同じく日本から召喚された俺は聖女様にとって負い目のある相手。自分たちがピンチだからと誘拐同然の方法で勝手に呼びつけたのだし、しかも日本には二度と戻れないのだからそれは当然の感情だ。初期に別れた俺には何のフォローもしていないし。
だから聖女様は恨み言をぶつけるのではなく暇つぶしというかただの話し相手、ただし勇者様(笑)には内緒でたまに会ってほしいと願った俺の言葉を跳ね除けられなかった。
俺はいろいろと話を聞かせ、人に会わせ、恋愛話の本を差し入れし、彼女の意識改革を行った。
時に男性との関係に悩む知り合いの女性と会わせることで他人の恋愛について考えさせ、更には自分の現状に照らし合わせて考えさせる。
空想物語で好まれる女性向けの恋愛話を読ませることで、一般的な女性の望む恋愛の形を教える。
一年かけて、俺は聖女様に自分の現状は外から見るとどうやって見えるのか、それを教えてみた。
勇者の愛情に疑問を持ち夫婦としての関係がおかしい事を理解させ、聖女様は悩むようになる。
そこにつけ込み、甘い言葉をささやき、聖女様を陥落させた。聖女様は多少学んだだけではチョロインから脱却できなかった訳ですな。とても簡単なお仕事でしたとも。そして聖女様は大変美味しゅうございました。御馳走様です。
結果は見ての通り。
彼女に一夜の過ちを犯させ、それを理由に俺は彼女の元を離れた。人を使って状況を把握することは止めないが、これ以上俺が関わるのは良くないと思っての事だ。
だって、せっかくチョロイン脱却の一歩を踏み出したのに、またダメな男に捕まっちゃ意味が無いだろう?
だからさ。
解放してくれないかなぁ?
「駄目に決まっているでしょう?
それに、ダメな男に捕まったわけではありません。駄目な人でも、好きになった人を捕まえただけですから」
輝く笑顔の聖女様に、俺は両手を上げて降参する。
チョロインさんってさ、ダメな男に簡単に引っ掛かる生き物なんだけどさ。同時に、恋愛以外では優秀有能な女性でもあるんだよね。甘く見てたよ。
結論。
チョロインさんは、甘いようで甘くない。
お付き合いは、計画的に。




