二人の散歩
「え?私水着着てないよ?」
この子は海に行く用事に釣りとか観光とかを思い付かないような箱入り娘らしいことがよく分かった。
というか、このすっとぼけた顔。まさかのまさかだが、もし水着を持っていたらこいつはどうするつもりだったのだろうか?
相手が意外なところで頭が回らない少女だからか、嫌な予感がした。
というか、あれだよなー。もし、俺がありすと海で水着着て遊んでたら正義感溢れる紳士達にぶっ飛ばされるよなー。
なんか嫌な未来なのでとりあえず、回避しておこう。
「泳がなくても面白い遊びがある」
「泳がなくてもいいの?」
「海だからといって泳ぐだけじゃないんだぜ?今日はそれを教えてやろうじゃないか」
ニイィ。いたずら小僧がしそうな悪どい笑みを張り付けて俺は笑う。
ありすはそんな俺に少し引いていた。
だが、俺は気にしない。
「んじゃ、そうと決まったことだし。ほら行くぞやれ行くぞどんどん行くぞ~!はっはっは!」
「このおっさんテンション高くてついてけないんですけど……」
公園には豪快に笑って立ち上がる青年と青年の背中を見上げ呆れながら立ち上がる少女の姿があった。
さーて、海に行こうじゃないの。景色楽しみながら寄り道していくスタイルでな!
最高の気分でげらげら笑いながら歩く青年。彼の右手には水色一色の扇子があり、それを使って自らを扇いでいた。
その様子は祭りを楽しむおっさん。めんどくさがりの彼は自らに生えた髭すら剃らなかったため、さらにそれらしくなっていた。
まだ二十歳の若者だというのにだ。
そんな駄目な二十歳の青年の半歩後ろから彼の足に付いていくありすは、呆れた様子でそんな彼を見ていた。
「んー?どうしたーありすー?」
「おっさん、笑いすぎ」
「はっはっ!人生とは笑うが楽しいってな!笑うと不思議と楽しくなるもんだぜ」
「………」
「はー。分かった分かったって、落ち着くからそんな顔すんなよ」
気が付いたらドン引きされてた。
さすがに不味いかなと思ったので気分を変えることにした。
すぅ、ふー……。
頭の中からごちゃごちゃしたものを吐き出すように呼吸をし、しばし冷静になる。
「さーて、こんなもんかな」
「………」
(ありゃりゃ、引かれたままになっちった。少しやり過ぎたかね)
うむ、失敗したな。
失敗したなら、何とかするしかあるまい。
さて、どうやってなんとかしようかなー
街路樹と道路の上を走る車。そして、青天の霹靂とも言うべき青空の下で、真夏の暑さを感じながら、俺は周りの景色を楽しみながら見やる。
住宅街の集合地区であるこの場所は、店は少なく、基本的に家やマンションと言ったもので埋め尽くされている。
たまにある木造建築の古くさい店構えを見るとガキの頃を思い出すようで、俺的には懐かしみを感じる面白さがあった。
昔はコンビニとか近くになくて、こういった店で色んなものを買ってったけ。記憶の片隅にある古いアルバムをめくりながら、俺は景色を見ていた。
ふと、後ろから付いてくる少女のことが脳を掠めた。
ありすはこの古い町並みをどう思っているのだろうか?
どうにも話す限りでは箱入りっぽい少女ではあるが、夜抜け出して散歩してるところを見ると案外こういう町並みに見慣れているかもしれない。
そう言えば、彼女は何歳なのだろうか?
気が付くと俺は意外と彼女のことを何も知らないことに気付いた。
「いや、気付くのはまだ早い。まだ早いって」
「?」
いや、まだ1日しか経ってないでしょう!?
何も知らないとか当たり前じゃん!
脳内でこんな突っ込みとボケをかましてると、服を引っ張られた。
振り返ると、ありすがある一点を見詰めて、立ち止まっていた。
「うぬ?」
うだるような暑さのなか俺はその一点を探す。
すると、ありすの視線の先には、ありすと同じくらいの年をした3人の女の子達が楽しげに笑いながら歩いていた。
……羨ましいのか?
いや、女の子だしなぁ。そりゃ、こんなくっさいおっさんと一緒にいるよりかはあっちのフレッシュな少女たちの方がいいよなぁ。
しかしまあ…あの子らは一体なに話してんだろうね?
夏休みのわんぱくパーチーでも計画してんのかね。いや、わんぱくは悪ガキか…。
にしても…。
「おーい、ありす。どうしたー?」
「…………」
先生!患者の瞳孔が開いたままで反応がありません!
緊張かトラウマか分かりませんがバイタルも上がってます!
患者の汗も止まりません!
先生このままじゃ!
………………誰か至急大先生を呼んできてくれ。病名は箱入り娘病ではなく、一匹ウサギ病だったとも伝えてくれ!
了解しました!
……はっ!あまりにも暇だったのでつい恐ろしくどうでもいいトリップをしてしまった!
あかん末期やわぁ。気づいたら俺のぼっちスキル突発妄想モードが発動してわぁ。油断したあ。
…しかし、ありすが一匹ウサギ病だったとはな……。いやそれは酷くどうでもいいから、置いといて。
「…………」
「…………」
白い髪が風になびかせ、ミステリアスな雰囲気みたいなものを醸し出して、ただ3人の様子を眺めているありす。
その青い瞳は何を思っているのか分からないが、ただ何となく寂寥感を感じさせる何かを発していたような気がする。
俺は女の子じゃないし、もう小さくもない。完全大人の体をした変わり者だ。
何を考えてんのかは全く分からないが、これだけは言える。
「あちぃー……」
露骨なほどの容赦ない日差し。陽炎すら伴わせる業熱。コンクリートはまさに鉄板のような暑さを迸らせ、ありすが日陰に対し俺は完全に日差しの中だった。
いくら扇子で風送ってても暑いものは暑い!
よって、日陰に入ることを先決する!
ささっ!
「………」
「………暇だ」
なんかつまんね。
なんかないかなーっと。俺はバッグから色々なものをほじくりだすとキャンパスを取り出した。