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乳ワールド-異世界降誕ノ章-  作者: 茅原
女神降誕ノ章
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VSシエロ。その1

 彼女は来てくれるのだろうか。


 きっと来てくれると信じながらも、やはり不安な気持ちは拭いきれない。勇登は放課後すぐにやってきた自らのアジト――家具も何もない1DKのアパート内をうろうろと歩き回り、りんごが姿を見せてくれるのを今や遅しと待っていた。


 すると、不意に、コンと東向きの大窓で小さな音が鳴った。


 ここは二階の部屋なのに、なんだろう? とブルーの遮光カーテンに身を隠しながら外の様子を窺うと、左前方に建っている一軒家の、ここから二メートルも離れていない距離にある広いベランダに、鬼のように眉をつり上げながら立っているりんごの姿があった。


 そんな所で何をしている。早くこっちに来い。


そう伝えようと勇登が小さく窓を開けると、その瞬間を待っていたようにりんごが怒鳴り声を上げた。


「あんた、やっぱりあたしの部屋覗いてたでしょっ!」

「りんご、落ち着け。そんなことより早くこっちへ来てくれ。乳安に見つかると厄介だ」


 りんごはさらに何か言いたげに大きく口を開きかけたが、その言葉を噛み殺すように口を閉じると、深呼吸してから静かに尋ねてきた。


「あんた、さっき、あたしに力があるって言ってけどさ、それってホントなの? ホントにホント?」

「ああ、本当に本当だ。昼休みにお前の乳を揉んで、俺はその確信をさらに深めた」

「……信じられない、っていうか腹立つけど……解ったわよ。ちょっと待ってて」


 りんごは眉間に皺を刻みながらもそう言うと、部屋の中へと姿を消した。ギロリとこちらへ目を光らせながら、厳重にカーテンを閉めて。


 外の様子を窺いつつこちらも窓とカーテンを閉め、いよいよ迫ったりんごの来訪に備える。と、部屋の呼び鈴が鳴った。


 もう来たのか。勇登は玄関へ足を向けたが、すぐに足を止めた。まだりんごが部屋に入ってから三十秒と経っていない。いくらなんでも早過ぎはしないか。となると――。


 間違いない、乳安だ。


 勇登はすぐさまポケットから携帯電話を取り出し、りんごに電話をかける。ややあってから電話が通じると、


「もしもし、りんご」

『……はい? って、あんた、なんであたしの番号知ってんのよ!』

「そんなことは今はどうでもいい。それより、今日の計画は中止だ。お前は家から絶対に出てくるな、いいな」


 そう言って押し切るように通話を切ると、勇登は急ぎスクールバッグを左肩に引っかけ、窓をそろりと開ける。


 ――今ここで乳安と騒動を起こすわけにはいかない。適当に撒いておかねば……!


ベランダを跨いでその外側に立ち、今度はその足元に手を引っ掛けて一階のベランダに足を着け、それからそっと砂利の敷かれた地面に下りる。


 すると、その瞬間だった。一階の部屋のベランダ脇から黒い何かが飛び出してきたと思うと、それは素早く勇登の背後を取り、勇登の右腕を背中へねじり上げた。


「富士岡勇登、あなたは自分の立場が解っているんでしょうかねえ?」

「お前は……!」


 シエロ。学校で自らをそう名乗った、スラリと背の高い短髪の女子生徒である。セーラー服から喪服のように黒いスーツに着替えているシエロは、肩越しに後ろを向く勇登の目を銀縁メガネの奥から冷然と見つめる。


「いくらあなたとて、いつまでも見過ごされるわけではないのですよ。確かに、あなたのお母様は乳安の副委員長であり、お父様は乳ワールドに多大な貢献をしてくださっているドクターだ。

 そんな両親を持つあなたですから、乳安もしばらくは甘く見てあげてきました。しかし既に、委員長直々に、『あなたが余りにも目に余る行動をするなら、処分しても構わない』と、そう命令が出ているんですよ。

 賢明なあなたですから、その雰囲気は感じていたはずなんですがね」

「ああ。だから、この通り大人しくしているんだ。今日もこれから家へ帰ろうと思っていたところだ」


 と言っているところへ、シエロと同じ服装をした、おそらくは乳安の調査官である女性がアパートの表のほうからやって来て、勇登からスクールバッグを奪い、それを無遠慮に漁る。


「シエロさん、ありました」


 その女性が、スクールバッグから取り出した予備のエアパイツ強化装置をシエロに見せる。シエロは勇登の腕をさらに締め上げながら、


「これは乳ワールドの機密に関わる物です。ちょっと、我々と一緒に来ていただいてもよろしいでしょうかねえ?」

「三十分くらいなら構わないが」

「そうですか。なら、ご足労願うことに致しましょうか」


 と、シエロはさらに出て来た別の調査官に勇登を引き渡すと、


「支部へ連行しておいてください。私は後から行きますので」


二人にそう告げ、勇登を『支部』へと連行させた。


 まさかこんなにも早く強硬な手を打ってくるとは、予想外だった。一区画ほど離れた路上に停められていた黒いセダン車に押し込められながら、勇登は自らの甘さを深く恥じたのだった。

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