恐れと迷い。(りんご視点)
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ちらりと様子を窺うと、勇登は何食わぬ顔で板書を写している。
と、こちらの視線を感じたのか、その目がこちらを向く。りんごはすぐに目を逸らし、顔を前へと向ける。
人にあんなことをしておきながら、平然と授業を受けていることがムカついたが、何よりもそれを含めて、勇登の頭のおかしさにりんごは戸惑っていた。
勇登は男にも拘わらず、『乳ワールド』――女の世界のことを熟知している。それなら乳安委員会の怖さも知っているはずなのに、どうしてこんな大それたことを大真面目に考えられるのか。
――やりたいなら、一人でやってよ。なんであたしを巻き込むのよっ!
『女神派』の設立? 正気とは思えない。そんなことを本気でやれば、間違いなくただでは済まない。本当に死んでしまうかもしれない。
いや、死ぬに違いないのだ。死ぬに違いないのに、どうして無関係の自分を巻き込もうとするのか、その神経が信じられない。しかし、
『君には誰か、想いを伝えたい人がいるんだろう?』
まるで急所を突くような勇登の言葉が、頭から離れない。
『りんご、君には確かに力がある。そして力を持つ者には、戦う義務がある』
――力? あたしに、本当に戦う力なんてあるの……?
真っ白なノートの上にシャープペンを転がし、目を窓の外へ向ける。
咲き誇るように真っ赤に染まったもみじの葉が、秋の高い青空を背に、何か言いたげにさやさやと揺れている。
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