乳魔法。part1
「あ、あの……?」
リラが戸惑った様子で声をかけるが、シャルナクは腕組みをしたままピクリとも動かない。その黒い瞳は、射貫くように勇登を睨み続けている。
彼はひょっとして、昨夜、自分たちが勝手に飲み食いをしたことに怒っているのだろうか。どう見ても好意的ではないその表情を見て勇登がそう思っていると、洞穴の中からふらりとダインが出て来た。側頭部をさすりながら、
「ドワーフは小心者のクセに――否、小心者であるからこそ、どうしても上下関係をハッキリとさせたがる連中でな。そなたと勝負がしたいそうじゃ」
「僕と……?」
思わず驚いてしまったがしかし、すぐに落ち着きながら言う。
「申し訳ありませんが、お断りします」
「ナゼダ? 逃ゲルノカ?」
シャルナクの眼光がいっそう鋭さを増す。勇登は静かにその目を見返し、
「どう捉えていただいても構いません。ただ、僕にとっては上下関係など、全くどうでもいいことなのです」
「ユートさん、ドワーフの言葉が話せるのですか?」
「……?」
驚いたように尋ねてくるリラに首を傾げると、ダインが長い髭をさすりながら訊いてくる。
「というか、昨日から気にはなっておったのだが……そなたは異なる世界から来たというのに、この国の言葉をまるで母語のように扱っておる。そなた、なぜそのようなことができる?」
「解りません。というか、僕はただ普通に話しているだけで……むしろ、皆さんが僕と同じ言葉を使っていることを不思議に感じていました」
「ふむ……そなたは本当に『導かれた』のやもしれぬな」
「俺ハ人間ノ言葉ヲ上手クハ話セナイ。ダカラ、オ前ガ俺ノ言葉ヲ理解デキルノナラ、都合ガイイ」
シャルナクは組んでいた腕を解き、筋肉を見せつけて威嚇するように拳をグッと作る。
「俺ト戦エ。ソシテ俺ニ勝タナケレバ、俺ハオ前ヲ認メナイ」
「先程も言いましたが、興味がありません。あなたに認められようが認められまいが、それは僕にとってどうでもいいことだ。それより、僕にはやらねばならないことがある」
「そう言ってやるな、ユートよ。これは、そなたが強くなるためのよい機会じゃ。――そうじゃな、では一つ、そなたに課題を課そう」
「課題?」
「シャルナクと戦い。その力を認めさせてみよ。それができぬのなら、修行はここで終わりじゃ」
「……なるほど」
『短期間にあらゆることを詰め込む、そなたにとっては体験したこともない辛い日々』、ここへ来る前、ダインは確かにそう言っていた。
これしきのことができないようでは、この先は何も望めない。死ぬ気で乗り越えろ。そういうことなのだろう。
そう覚悟して勇登が嘆息すると、ほぼ同時、リラが口を開いた。
「あ、あのっ! わたしも、ユートさんと一緒に戦います!」
「お嬢さんも……?」
ダインが驚きに目を丸くし、それはシャルナクも勇登も同じであった。
「ダメです、リラさん。あなたにはまだなんの力もない。危険です」
「それでも、ユートさんは戦うのに、わたしだけ離れて見てるなんて卑怯です。わたし、そんなのイヤです、絶対にイヤです!」
「リラさん……」
「し、しかしな、お嬢さん、シャルナクは女性が苦手で、女性とは目も合わせることもできんのじゃ。じゃから、気持ちは解らんでもないが……」
「……そう、ですか」
リラは寂しげに、悔しげに目を伏せ、身体を拭いた布と髪留めの紐を持った手をぎゅっと握り締める。
そのような顔をされては、仕方がない。勇登はしばし考え……そして、ふと思い出した昨夜のダインの言葉をヒントに、ある案を思いついた。
「ならば、これはどうでしょう。お互いにフラットな状況からスタートして競争をする、というのは」
「競争?」
と、ダイン。勇登は頷き、
「はい。そもそも、シャルナクさんと僕とが文字通り戦うというのでは、あまりにもこちらが不利というものです。ですから、お互いにまだ使えない力を、どちらが早く習得できるか……という競争にしていただけると、僕は非情にありがたいです」
「なるほどな。それで、その『お互いにまだ使えない力』とは?」
「ダインさん。あなたは昨夜、この世に存在するもの全ては精霊により作られたモノである、と言いましたね」
「酔っていたせいか、そのことを話した記憶はないが……いかにも、その通りじゃ」
「それならば、『乳の精霊』というのも存在するのではないでしょうか。そして、『乳の精霊』が存在するならば、乳の魔法――つまり乳魔法もまた存在するはずです」
「ち、乳魔法? そのようなものは聞いたことがないが……しかし、解らぬ。確かに、この世の万物は精霊により作られている。ならば、乳の精霊もまた……?」
「では、可能性があるなら試させてください――と言いたいところなのですが、その前に一つ、ダインさんにお訊きしたいことがあります。『精霊への働きかけ』とは、一体どのようにして行うものなのでしょうか」
「ふむ……基本となるのはやはり、そのものに直に触れることじゃ。自らの身体で触れ、感じ、その存在を自らの内へと受け入れる。それによって、精霊はこちらを自らの仲間と感じ、力を貸してくれるのじゃ」
「そうですか」
やはり、そのようなものだと思っていた。勇登は安堵しながら、リラを見る。
「では、リラさん、どうか僕に力を貸していただけないでしょうか」
「え? えーと……今の話からすると、も、もしかして……?」
「はい、あなたの乳に触れることによって、僕に乳魔法を習得させてください」
「え……ええええっ!?」




