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乳ワールド-異世界降誕ノ章-  作者: 茅原
異世界降誕ノ章
50/61

牢の女神。part2

 長い髪をポニーテールに纏め、やや汚れてはいるが、白と黒のメイド服らしき衣服を身につけている。皆に見つめられて驚いたのだろう、その円らな目はギクリとしたように丸くなって、そのためにその緑色の瞳が薄暗い中でもキラキラと輝いて見えた。


 だが、その瞳よりも目立っていたのは、横へと突き出すように尖ったその耳である。皆に耳を見つめられていることに気がついたのか、少女は恥ずかしそうに顔を伏せる。


「あの、お食事をお持ちしたのですが……」

 

 少女は確かに、パンと、そして水の注がれたコップをトレイに載せて持っていた。


 言われてみると、勇登はいま空腹だった。しかし、そのような感覚は既に空の彼方へと消し飛んでしまっていた。

 

 勇登は思わず目を奪われていた。食べ物にではない、そのトレイの上にどかんと載ってしまっている翠花並みに大きな乳房に、意識を根こそぎ持って行かれていたのだった。


「あ、あなたは……!?」

「す、すみません、お話のところお邪魔して……!」

 

 少女は慌てた様子で牢の前に屈むと、二枚重ねに持っていたトレイの一枚を牢の中へ差し入れて地面に置き、その上にパンとコップを移して置く。そして、ポケットから何かを包んだハンカチを取り出すと、


「あ、あの、これ……わたしが昼食に持って来たチーズです。もしよかったら、どうぞ……」

 

 と、二切れのチーズをトレイに載せる。勇登は尋ねる。


「なぜ、あなたの昼食を僕たちに……?」

「え? あ……すみません、ご迷惑でしたか?」

「いえ、そういうわけではありません。ただ単純に、なぜあなたの食べ物を分けてくださるのかと……」

「それは、えと、なんというか……自分で決めたルールなんです」


 立ち上がりながら、少女ははにかむように笑う。


「ここへ連れてこられた方に初めて食事をお出しする時には、何か少しでも美味しい物をつけ足すって。きっとみなさん、とても不安でしょうから……」

 

 そう言って、少女は空になったトレイを胸に抱き、その微笑に悲しげな影を覆わせる。


「そなた……エルフの血を引く者だな」


 と、ダインが牢の奥から少女を見て尋ねた。


「はい、母が」

「ということは、父親はヒトか?」

「はい……たぶん」

「……なるほどな」

 

 ダインはそう呟き、それきり静かに目を閉じて沈黙する。何が『なるほど』なのだろうか? 少女以外の皆がその言葉の続きを待つと、ダインは重くその口を開いた。


「おそらくは……その少女の母は無理矢理ここへ連れてこられ、何者かによって身籠もらされたのだろう」

「身籠もらされたって……え? どういうこと? なんで……」


 りんごが尋ねると、ダインは小さく嘆息し、


「エルフは美しい。それゆえに、彼女らを捕らえ、『商品』にしようとする人間が多くいるのじゃ。エルフは強い力を持ってはおるが、戦うこと……何よりも相手の命を奪うことを好まぬからな。どうにか逃げようとはしても、捕らえられてしまう者が後を絶たぬだ」

 

 りんごは絶句し、俯いたまま顔を上げない少女を見る。ダインが少女に尋ねる。


「今、母は息災か?」

「いいえ、六年前に、もう……」

「そうか……。ところで、そなたはカロンの出身ではないか?」

「は、はい、そうですけど……?」

「やはりそうか。カロンのエルフは、エルフ族の中でも特に美しい血筋の者たちであると聞く。そして、村は既に滅ぼされたとも……」

「滅ぼされたって……誰がそんなこと……?」

「カロンは、(いにしえ)よりこの国の領内に棲まうエルフ族たちじゃ。そしてこの国は今、ヒト以外の種を『魔族』と呼び、嫌悪し、迫害しておる……。とすると、これ以上は言うまでもなかろう」

 

 翠花はギュッと眉根を寄せて、


「どうして王様はそんなことを……」

「この国の王――ハイゼルベルトは、ヒト以外の種を憎んでおるのじゃ。隣にあるレザルという国が、様々な種族と手を組んでこの国を攻め滅ぼそうとしているがゆえに、それも仕方のないことではあるのだが……」

「だからといって、無辜の民を虐げていい理由にはならない」

 

 勇登は今日、貧民街で目にした光景――老若男女の人々に入り交じって自分を見ていた、ヒトではない種の者たちの怯えた目を思い出しながら言い、少女の目を強く見据える。


「失礼ですが、あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか」

「あ、すみませんっ、自己紹介してなくて……! えと、わたし、リラっていいます。どうぞよろしくお願いしますっ」


 と、リラはわたわたと礼儀よく頭を下げる。何をするにも初々しいその姿に、勇登は思わず微笑を浮かべながら、


「リラさん、ですか。美しい名前です。申し訳ありませんが、もう一つだけ、お願いをしてもよいでしょうか」

「は、はあ……?」

「あなたの乳を見せてはいただけませんか」

「ち――え、ええっ!? と……わわっ!」


 リラが、抱えていたトレイを手から滑り落とした。慌てて空中でそれをキャッチしようと前屈みになるが、すぐ目前には鉄格子がある。それへ頭をぶつけそうになって、ハッとした様子で仰け反ると、そのままバランスを崩して鉄格子に倒れかかった。

 

 と、一本の鉄格子がその大きな胸にぬぷっと呑み込まれ、深い胸の谷間が服の上から露わにされた。巨大マシュマロのような二つのふくらみが、牢の中へとむにゅりと顔を出す。


「やはり……。リラさん、どうかお願いします。あなたの乳を見せてください」

 

 勇登は確信を深め、その前に星座をして頭を下げる。すると、


「あんた、もしかして……」

 

 と、りんごがこちらの意図を察した様子で言った。


「リラさん、あたしからもお願い。この人に、あなたのおっぱいを見せてあげて」

「い、いやですよっ! どうして、そんな……!」

「お願い。勇登は『力を見極める』ことができるの。もしあなたに『力』があると解ったら、その……あたしたちにとっては仲間が増えて嬉しいことだし、それに、あなたにとってもいいことだと思う。あたしたちと同じで、あなたもきっとこれが転機になるはずよ。その転機をどう活かすかはあなた次第だけど……。

 

 でも、どうかお願い。あなたと同じ女として、あたしが保証するわ。勇登はバカだけど、こんな時にふざけたりする人じゃない。本当に目的があって、あなたのおっぱいを見たいと言っているの」


 りんごが必死に説得をしてくれている。その言葉から溢れるこちらへの信頼に感動を覚えながら、勇登はリラを見つめる。


「はい、どうか勘違いはしないでください。僕は、単に見極めたいだけなのです。あなたがこの世界の女神になりうる存在なのかどうかを……」

「め、女神……?」

 

 リラはくりくりとした円らな目をより丸くしながら、


「あの、わたしにはよく解らないですけど、その……皆さんが嘘や冗談を言っているわけではないことは解りました。でも、ここには他に人がいますし……」

「大丈夫よ。あそこに立ってる兵士には見えないようにあたしが陰を作るし、お爺さんにもあっち向いててもらうし」

「う、うむ。よく解らんが、わしのことは気にせんでくれ」

 

 そう言って、ダインは再び奥の壁の方を向く。


「は、はあ……」

 

 りんごと翠花に挟まれる形になって、リラは観念したというように俯き、その使い古したメイド服の上着の裾に手をかけ、それをゆっくり、下着と共に乳房の上まで捲り上げた。


「これは……!」


 たゆんたゆん。

 

 瑞々しく弾みながら、それは恥ずかしげに勇登の前に姿を見せた。

 

 思わずゴクリと唾を飲む。そして、鉄格子から手を差し出して、その大きなふくらみにそっと触れてみる。


 柔らかい。肌には若々しい張りがありながら、それは翠花やりんごの乳房に比べて一際ふわりと柔らかかった。

 

 全体の大きさは翠花とほぼ同じだが、その頂の桜色は翠花のそれよりも一回り大きい。しかしそれは微かにふくらみながら綺麗な円形に整っていて、まるで一輪の花のように愛らしい。触れると、リラが唇を噛みながら微かに艶やかな声を出す。


 吸い込まれていた視線を一旦外し、広く全体を見る。

 

 形、バランス、共に理想(イデア)を具現した彫刻のごとく整っている。全てを包み込むように優しい、それでいて冷徹なまでに完璧な設計によって、それは目の前に存在している。

 

 肌の白さ、体毛の薄さ、母性を感じさせるふくよかな腰のライン――女性の肉体が持つナチュラルな美の力が、勇登の頭に軽い酩酊を覚えさせる。


「……ありがとうございます」

 

 これ以上、見つめ続ければ精神を持っていかれる。そう判断して、勇登はリラの乳から手と目を離し、


「やはり、間違いありません。あなたは力の――強大なヴァイスの持ち主です。それに、併せ持っているその心優しい、温かな人格……間違いない、あなたは『女神』になりうる方です」

「ば、ばいす……?」


 リラは服を整えながら目をぱちぱちする。翠花が驚いたように、


「本当に……? でも、こんな都合のいい偶然が……」

「僕たちがここへ来た――いいえ、『呼ばれた』のは、リラさんと出会うためであったのかもしれません。僕たちは乳によってこの世界へ導かれました。ならば、いま起きているこの出来事には必ず理由があり、意味がある。僕はそう思っています」

「あ、あの、それで『ばいす』って……?」

「リラさん」

 

 勇登はリラの前に跪き続けながら手を伸ばし、赤く水荒れをしたその細い手を取り、


「僕はあなたと出会うためにここへ来たのかもしれません。あなたはまさに、今の僕にとっては希望の光です」

「は、はい……?」

「そう。それはよかったですね」

 

 妙に不機嫌そうな声で、翠花が言った。見ると、なぜか翠花は不機嫌そうにそっぽを向いて、こちらと目を合わせようとしない。


「翠花さん……?」

 

 と、りんごも訝るが、翠花はりんごとも目を合わせようとはせず、リラを一瞥して、


「でも、この世界の女神を本当に見つけたところで、それが本当に私たちの助けになるの? 帰り方なんて何も解らないのに」

 

 翠花の言葉と表情がなぜか刺々しいことが気に懸かるが、その指摘は正しい。


「はい、情けないことに、僕にはまだ何も解りません。だから――ダインさん、あなたにお願いがあります」

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